千葉大学大学院園芸学研究院の深野祐也准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の矢守航准教授、内田圭助教、東京都立大学大学院理学研究科の立木佑弥助教、かずさDNA研究所植物ゲノム・遺伝学研究室の白澤健太室長、佐藤光彦研究員らの共同研究グループは、都市の高温ストレス(ヒートアイランド)によって、カタバミの葉の色が赤く進化し高温耐性を獲得していることを発見しました。この成果は、ヒートアイランドによって植物が進化していることを明らかにした初めての成果です。今後、温暖化が進んだ世界の生物動態の予測や、高温下で栽培される農産物の開発につながる可能性があります。本研究成果はScience Advancesで2023年10月20日(米国東部時間)に電子出版されました。
研究の背景
都市の最も顕著な特徴は、アスファルトやコンクリートで地表面が覆われることです。このような不透水性の地表面は、熱を吸収・発生させる効率が高く、ヒートアイランドと呼ばれる都市部の高温化を引き起こしています。都市の高温ストレスを最も受けているのが、路傍に生える雑草たちです。都市の雑草は、時として地温が50℃を超える暑い日でも高温に耐えて生きています。このような都市の高温ストレスは、都市雑草の高温耐性を進化させているかもしれません。近年、私たちの研究グループを含む世界中の研究者が、都市の生物で急速な進化が起きていることを報告しています。しかし「都市の高温」が植物をどう進化させるのかは、誰も調べていませんでした。
研究グループは、カタバミという世界中の都市や農地に生えている植物に注目しました。カタバミには、明確な特徴があります。通常の緑の葉を持つ個体だけでなく、真っ赤な葉を持つ個体まで種内に葉色の変異があるのです(写真1)。そしてカタバミの赤葉は、個体内で緑から赤に変化する樹木の紅葉などと違い、生まれたときから赤いままです。つまりカタバミの葉色の違いの多くは遺伝的に決まっている遺伝的変異といえます。都市のカタバミは路傍に生えており、高温ストレスを強く受けているように見えます。研究グループは、都市部では赤いカタバミが多いことに気が付き、これは都市の高温に対する適応進化かもしれないと考えました。そこで、この仮説を生態学・植物生理学・遺伝学アプローチで多角的に検証しました。
研究成果
東京都市圏の26地点で野外調査をしたところ、芝生や農地など緑地に比べ都市部では赤い葉のカタバミが多くなるという明確な傾向がありました(図1)。緑葉と赤葉の変化は急激で、公園の芝生と住宅を比べると、たった数十メートルしか離れていないのに、葉の色が大きく変わっていました。
次に、都市-赤葉、緑地-緑葉というパターンが高温ストレスという選択圧によって生じたのかを調べました。もし高温ストレスによって赤い葉が進化したのならば、高温環境では赤葉の方が有利になる(光合成、成長、種子生産が良くなる)はずです。逆に、通常の栽培環境(25℃)では、緑葉の方が有利になるはずです。
研究チームは、都市を模したレンガ圃場、温室、人工気象装置での栽培実験や葉の光合成活性の測定など様々な手法でこの予測を検証しました。その結果、どの実験でも予測を支持する結果が得られました。つまり、高温下(35℃)では緑葉よりも赤葉の方が、高い光合成活性を示し成長が良かった一方で(図2)、通常の気温では赤葉よりも緑葉の方が、高い光合成活性を示し成長が良かったのです。これは、都市の高温ストレスによって、都市で赤葉を進化したことを強く示唆します。
さらに、都市の赤葉の進化プロセスを集団遺伝学的手法注1)によって推定しました。東京都市圏の都市と緑地のカタバミ136個体を対象に、ゲノムワイドなSNP注2)の多型を分析することで、集団の進化の歴史を推定しました。すると、赤葉は一度だけ進化し東京中に広まったわけではなく、色々な場所で緑葉から赤葉への進化が何度も起こったことが示唆されました。
最後に、この進化の普遍性を検証しました。もし都市の高温ストレスがカタバミを赤く進化させるなら、東京都市圏以外の、世界中の都市でも同じようなパターンが観察されるはずです。研究チームは、この予測を、世界的な市民観察プラットフォームであり、観察データがオープンに利用できるiNaturalistのデータベースを使って検証しました。世界中からアップロードされた9561枚のカタバミの写真を分析すると、予測通り都市部のカタバミは赤葉の割合が高いことが分かりました(図3)。
これらの結果をまとめると、都市の高温ストレスによってカタバミの葉の色が赤く進化し高温耐性を獲得していることを示しています。生態学者、植物生理学者、遺伝学者がチームを組むことでヒートアイランドへの適応が包括的に理解できました。
今後の展望
近い将来、世界は今よりさらに温暖化することは避けられません。都市はヒートアイランドによって周囲より数℃以上暑くなっているため、都市は未来の温暖化を先取りしているともいえます。本研究のように、都市の高温環境でおきる急速な進化を解明することで、今後温暖化が進んだ世界の生物の動態を予測し、うまく対処することに繋がるはずです。また、高温適応にかかわる遺伝子が解明されることで、将来の高温下で行われる農産物の開発の役に立つと期待されます。
現在、かずさDNA研究所を中心に、「みんなでカタバミプロジェクト」と題して、市民参加型のオープンサイエンスで赤葉の進化の遺伝的背景を探ろうとしています。どこにでも生えていて、誰でも観察・採集できる都市の雑草だからこそできる新しい科学の在り方かもしれません。今後も、都市の雑草で起きている高温適応を、多様な専門を持つ研究者と市民のチカラで解明したいと考えています。
研究者からのコメント
世界中どこにでも生えているカタバミの葉の色の進化は、世界で最も観察しやすい進化の事例と言えるかもしれません。都市の赤いカタバミを見たら、「お、進化が起きているやつだ」とダーウィンの顔を思い出してくれたら嬉しいです。そして興味があれば、「みんなでカタバミプロジェクト」にぜひ参加してください! (プロジェクトHP:https://sites.google.com/kazusa.or.jp/oxalis/)
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用語解説
注1)集団遺伝学的手法:遺伝学の一分野で、個体が集まって生活する「集団」全体の遺伝的な特徴や進化を研究する方法です。集団がどのように遺伝子を受け継いできたかを理解することで、集団の進化の歴史や個体の移動を推定したりします。
注2)SNP:一塩基多型のことで、DNAの塩基配列の中で1つだけ異なる塩基に置き換わった配列で、集団遺伝学において非常に有用な遺伝子マーカーです。様々な集団に所属する個体の大量のSNPパターンを分析することで、集団の進化を追跡したり、集団間の移動を推定できたりします。
論文情報
タイトル:From green to red: Urban heat stress drives leaf color evolution.
著者:Yuya Fukano, Wataru Yamori, Hayata Misu, Mitsuhiko P. Sato, Kenta Shirasawa, Yuuya Tachiki, Kei Uchida
雑誌名:Science Advances
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.abq3542
問い合わせ先
<本研究に関するお問い合わせ>
千葉大学大学院園芸学研究院 准教授 深野 祐也
電話:047-308-8814、Eメール:yuya.fukano@gmail.com
※可能な限りメールでのご連絡をお願いいたします。
かずさDNA研究所 植物ゲノム・遺伝学研究室室長 白澤 健太
電話:0438-52-3935、Eメール:shirasaw@kazusa.or.jp
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東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
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かずさDNA研究所 広報・教育支援グループ
電話:0438-52-3930、Eメール:kdri-kouhou@kazusa.or.jp
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理学研究科生命科学専攻 立木佑弥 助教