総合大学として「学問の力で、東京から世界の未来を拓く」というビジョンを掲げ、基礎研究から応用研究まで、多様な研究・プロジェクトに取り組む東京都立大学。自然科学や人文科学、社会科学など、広い分野の知識と深い専門の学術に基づくその研究成果は、世界各国の政府や企業が取り組みを進めている「持続可能な開発目標(SDGs)」にも貢献しています。
今回はSDGsと関連の深い都立大の研究を2つご紹介します。1つ目が、人文社会学部の阿部彩教授の研究。社会政策の観点から「子どもの貧困」について研究しています。2つ目が、理学部の山添誠司教授が行う「空気中のCO2高速回収技術の開発」です。2名の先生にインタビューを実施し、研究内容や社会との接続についてお伺いしました。
日本で「貧困学」を確立させたい。子どもの貧困領域で社会変革のきっかけをつくり続けてきた人文社会学部・阿部彩教授
――阿部先生のご専門について教えてください。
私は子どもの貧困における社会政策を専門としています。特に力を入れているのが、子どもの貧困の測定です。実態の測定方法や貧困がもたらす子どもへの影響、それを緩和する社会政策のあり方について、日々調査・研究を行っています。
子どもの貧困というと遠い国のできごとのように感じる方もいるかもしれません。しかし、実は日本でも、十分な食事がとれない、生活費のために働かなくてはならない、家族のケアをしなければならないといった理由で、子どもらしく遊んだり、学んだりすることが難しい子どもがいるのです。しかし、ほとんどの国民や行政は2008年頃まで、このような子どもの貧困の実態を認識しておらず、研究や対策もあまり行われてきませんでした。国内には「一億総中流」の意識が根強く残っていたからです。
研究によって、子どもの貧困の実態や貧困が子どもに与える影響をデータとして示し、社会の意識を変えることで、政策を改善する原動力になりたいと考えています。
――先生の研究活動による成果は、どのようなものになるのでしょうか。
研究活動や書籍の出版を通じて、「子どもの貧困」が社会に広く認知されるようになったことは、大きな成果だと思っています。社会の中で問題意識が高まったからこそ、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」ができましたし、それに伴って高校の授業料無償化や非課税世帯の大学無償化、子ども食堂の活発化など、行政や民間で様々な取り組みが進んできました。私が専門としている社会政策の領域は、研究と政策が直結する分野です。正確なデータで立証されたエビデンスを世の中に示し続けてきたことで、社会を変えるきっかけをつくることができたのではないかと思います。
また、都立大の「子ども・若者貧困研究センター」は、子どもの貧困に特化した日本唯一の研究機関であり、日本の「子どもの貧困研究」をリードしています。センターが東京都の委託を受けて行った「子どもの生活実態調査」は現在、全国の自治体で参考にされ、それぞれの自治体で行う政策の根拠として使用されています。各自治体の政策に結びつく社会調査のスタンダードをつくることができたことは、研究者としての大きな誇りです。
――先生は20年以上にわたり、子どもの貧困について研究を続けています。これまでの成果を踏まえた今後の展望についてお聞かせください。
日本において「貧困学」という学問を成立させたいと考えています。貧困は1つの学問領域では解決できない、複合的な問題です。本質的な解決を目指し、貧困による影響やそれを緩和する政策の研究を行うには、社会福祉学や教育学、経済学、社会学、公衆衛生学、心理学といった様々な学問領域の研究者が協力する必要があります。
しかし、日本では貧困について各学問領域の研究者が、それぞれの領域の中だけで研究していることが多い。しかも、各分野の中で「貧困」はマイナーなトピックと認識されていることも多いため、学際的で政策に影響するような研究に結びつかない現状があります。一方で、欧米では貧困に特化した研究所が数多く存在し、学問領域の垣根を超えて研究が進められています。これらの研究所の多くは、エビデンスに基づいた政策提言や政策評価を行って、社会の中で様々な取り組みを動かしています。
個々の研究分野で孤立している貧困の研究を、「貧困学」というひとつの学問として成立させる。貧困の共通の理解を育み、学問領域の壁を超える研究を行うことができる環境を整える。そうやって、私たちの後に続く研究者を育てていきたいと考えています。
そのための活動のひとつとして、2019年には都立大の子ども・若者貧困研究センターが事務局となり、子どもの貧困研究に力を入れている大阪府立大学や東京医科歯科大学、沖縄大学などの国公私立6大学が参加する「子どもの貧困調査研究コンソーシアム」を立ち上げました。本コンソーシアムは、各大学がこれまでバラバラに「子どもの貧困」について調査研究・政策提言を行っていたものを、学術コミュニティーとして大学の垣根を超えて、研究協力や連名での政策提言ができるようにするためのプラットフォームです。
この構想をもとに、『貧困学の確立:分断を超えて』というプロジェクトが「学術変革領域(A)」という大型の科学研究費助成事業(科研費)に、今年から5年間の期間で採択されました。30名近い様々な学問分野の研究者がこのプロジェクトに加わっています。このプロジェクトが5年後、どのような姿に成長を遂げているのか。今から結果が楽しみです。
――最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。
高校生や学生の皆さんには、「自分たちの社会は自分たちでつくる」という意識を強く持っていただきたいです。社会や政策は、若者一人から見れば何をしても変わらないと感じるかも知れません。でも、それは違います。実際に、日本の貧困政策はたくさんの人の「小さな行動」で大きく変わってきました。今は18歳から選挙権がありますから、まずは生活に直結する自治体の選挙から、興味を持ってみてください。自分たちが社会の担い手であるという意識を持って、大学での学びに向き合っていただけたらと思います。
関連リンク
世界最速級! 空気中のCO2高速回収技術を開発した理学部・山添 誠司教授
――山添先生のご専門について教えてください。
私の専門は触媒化学で、化学反応を加速させる「触媒」という材料の開発を行っています。私はその中でも角速度センサーやタッチパネルのような、外からの刺激に対して応答し特定の機能を発揮する「機能性材料」の特異な構造や機能を生かした「触媒応用」に関する研究を行っています。
――山添先生は2022年5月に「空気中の二酸化炭素(以下、CO2)高速回収技術」の研究成果を発表されました。これはどのような技術ですか?
アミン溶液の中に吸着させることで大気中のCO2を回収し、液体のアミンとCO2を反応させて固体のカルバミン酸を形成させる「相分離現象」を利用することで従来手法の2倍以上の早さでCO2を回収する技術です。さらに、固体のカルバミン酸を溶液中に分散した状態にすることで、60℃程度の過熱でCO2を簡単に脱離・回収できることを発見しました。
従来の技術よりもCO2の回収効率が良いことも特徴です。大気中に含まれる約400ppm(0.04%)の非常に薄いCO2でも、99%以上の効率で吸収できます。
――今回の成果で特筆すべきポイントについて教えてください。
特筆すべきは、アミンの液相(均一に液体である状態)とアミン溶液がCO2と反応したカルバミン酸の固相(均一に固体である状態)が分離する「相分離」という現象を用いて、CO2の回収速度を早めたことだと思います。固体のカルバミン酸であればCO2を安定した状態で回収できる上、まだCO2と反応を続けている液相からカルバミン酸を取り出すことで、アミン溶液とCO2の反応をさらに促進することができます。だからこそ、これまでの技術よりもCO2の回収速度を2倍以上早めることができました。
ただ、実はアミン溶液がCO2を吸収してカルバミン酸ができるという反応自体は、珍しいことではありません。該当分野で既に色々な研究がなされており、多くの研究者は「固体のカルバミン酸はCO2を取り出しづらい」と考えていました。
しかし、この研究を始めた当初、私はこのアミン溶液とCO2の反応については、まだまだ駆け出しものだったので “該当分野の常識”をいい意味で持っていませんでした。そのため、過去の研究者が敢えて避けてきた固体カルバミン酸を用いたCO2吸収・脱離の研究を、「相分離」という新しい切り口で行うことができたのです。
また、CO2を簡単に脱離できる方法を見つけたことも、大きなポイントだと考えています。従来手法ではカルシウムイオンやカリウムイオンを反応させて、炭酸カルシウムや炭酸カリウムを生じさせることでCO2を回収していましたが、このやり方ではCO2の脱離が難しいです。生成された物質は、800℃以上の高温の中でなければCO2を手放してくれないからです。
私たちの発見した方法であれば、60℃程度でCO2を切り離せますから、とても簡単ですし、使用するエネルギーも必要最低限で済みます。カルバミン酸は固体として安定で、保存性や運搬性にも優れているため、CO2を回収後に別の場所に移動して改めて取り出すことも可能です。様々な活用が考えられる技術を生み出すことができたと考えています。
――この技術を活かすと、どのような社会の実現が可能になるのでしょう?
最も貢献できるのは、カーボンニュートラルの実現だと思いますね。私たちの暮らす地球は、このまま何も対策をしないと2050年には気温が1.5度以上高くなり、異常気象などがさらに増えるといわれています。そのような未来を防ぐためにも、工場や私たちが普段使うエネルギーから出るCO2を、全て回収する必要があります。CO2を排出しても、排出した分を別の場所で回収することで、トータルでCO2の排出量ゼロを目指すのが「カーボンニュートラル」なのです。
ただ、世界的にカーボンニュートラルを目標に掲げているとはいえ、現状の技術では空気中に薄く広がっているCO2の回収は難しいです。今回の発見は大気中の非常に薄い濃度のCO2でも99%以上の効率で吸収できますから、CO2回収装置に活かせば従来の装置よりも小型化し、コストも下げることができます。社会の様々な場所でCO2を回収できるようになれば、カーボンニュートラルに向けた歩みを加速させることができるはずです。
――最後に、都立大の受験を検討している高校生に向けてメッセージをお願いいたします。
自分自身が過去に様々な領域の研究に携わってきた経験から、私の研究室では様々な分野の知識と技術をもつジェネラルな人材を育てたいと考えています。触媒材料づくりから反応・解析まで、一連の研究をすべてバランスよく経験できるので、幅広い知識や技術を持って世界の舞台で活躍したい学生を歓迎します。
都立大は国内でも高い研究力を誇っています。研究に専念したい学生には、満足してもらえる環境が整っているはずです。ぜひ、都立大への進学も視野に入れていただけたら嬉しいですね。皆さんとお会いできるのを、楽しみにしています。