牧野標本館とは?
牧野標本館は、1958(昭和33)年に設立された東京都立大学の施設です。日本の植物分類学の礎を築いた牧野富太郎博士(1862〜1957)の没後、ご遺族から東京都に寄贈された植物標本(牧野標本)などを収蔵しています。
収蔵総数50万点超
(うち、牧野標本約16万点)
牧野標本は、明治から昭和の時代に日本のほぼ全域から採集されました。今では絶滅して野外では見ることのできない植物の標本なども含まれている非常に貴重な資料です。
加えて、桜井久一博士、東道太郎氏、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトなど偉大な研究者が収集した標本や、東京都の島しょである小笠原諸島や伊豆諸島で採集された植物標本なども数多く収蔵されています。
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牧野標本館設立秘話――標本寄贈の経緯と未来への努力
牧野博士は第二次世界大戦以前から著名な植物学者として知られていました。特に敗戦後、平和国家、文化国家を目指す日本社会において、平和の学問を担ってきた牧野博士は、野口英世、福沢諭吉などの故人と並ぶ国民的英雄となっていました。
しかし、その牧野博士が集めた大量の植物標本は、戦中に空爆被害を受けたり、長らく管理がなされていなかったりと、危機的な状態に置かれていました。この状況を受け、文部省(現・文部科学省)が1951(昭和26)年に「牧野博士植物標本保存委員会」を設置。牧野標本の応急整理を実施しました。しかし、残念ながらこの時点では研究資料として活用を望んだ牧野博士の願いには程遠い整理状態でした。
牧野博士が亡くなられた後、自宅には約40万枚もの牧野標本が未整理状態で残されていました。学術的に価値が高く、かつ名誉都民第一号である牧野博士の遺産ということで、東京都が牧野標本の受入れに名乗りを上げ、整理・収蔵のための施設を新設することに。植物分類学の研究資料として組み込みたいという方針から、東京都立大学に理学部附置の「牧野標本館」が設立されました。
膨大な牧野標本を受け継いだ牧野標本館では、20年以上の長きにわたり地道な整理作業を行ってきました。その作業とは、古新聞に挟まれたままなど未整理の状態の標本を、植物名を同定し、新たにラベルを作成、台紙に貼付するといった、丁寧さと緻密さを要する地道な作業でした。実際に作業に当たった元標本館職員の山本正江氏、坂井裕子氏は、以下のように語っています。
「一階の標本庫(当時)には、未整理の標本が木の棚にぎっしり詰まっており、通路の奥に薦(むしろ)に包まれた竹や笹(の標本)が置いて有り、二階の標本庫はスチールのケースが置いて有りました。当初の仕事は標本のゴミ掃除で一束ずつ標本の包みを出し、新聞紙を一枚ずつ開いて刷毛で虫づり(タバコシバンムシなどに食害)の標本のゴミを払い落とし、ナフタリンを入れ、実や花弁をポケットに入れ、の繰り返しでした。綺麗な標本も有れば、束の真ん中が穴の空いた状態で破棄せざるを得ないものもあり、虫づりのひどいものは標本が壊れやすく標本は出来るだけ生かさねばならないので苦労しました」(『牧野標本館50周年記念誌』P112 山本正江「牧野標本館五十周年を迎えて思い出す事」より)
「当時、標本作成作業は分担して行われ、私は主に標本ラベルの作成を担当しました。植物標本が挟まれていた新聞紙の片隅に書かれた地名を頼りに、その採集地を古地図や地名辞典などを用いて確認し、現在の地名の情報も標本ラベルに付け加えてゆく作業です。この採集地を調べる作業は根気のいることでしたが、私には合っていたのか、とても楽しいものでした」(『牧野標本館50周年記念誌』P120 坂井裕子「牧野標本館での標本作成作業」より)
現在までに、整理が可能な牧野標本については整理作業がほぼ終了しています。こうした地道な整理・管理作業により、多くの研究者に活用される貴重な資料を現代にまでつなげることができているのです。
雑草という名の草はない――
所有標本の学術的価値
牧野標本館は国際記号MAKとして認知された主要な標本館の一つです。
保管されている学術標本は全国的に見ても大変貴重な資料といえます。
日本国内では東京大学、国立科学博物館、京都大学に次ぐ総標本数(50万点超)や学術的価値の高いタイプ標本数(約750点)を誇ります。
これらの標本は、学内の教育・研究への利用に加え、様々な研究者の標本閲覧や貸出などの要望にも応え、国内外の研究者に広く活用されています。
以下では、それらの標本を貴重たらしめる主な特徴をご紹介します。
多様な地域の標本
標本館には多様な地域で採集された標本が収蔵されているため、産地情報からその種の地理的分布や変異を明らかにすることができます。
歴史的記録史料としての標本
都市開発が進む以前に採集された標本などは、今では見ることができない記録資料として重要な価値があるものです。
異なる季節の標本
植物は成長や季節の変化にともなって、その姿を変えていきます。異なる時期に採集された標本があれば、花や果実・種子の形態的特徴に加えて、植物の季節的変化(いつごろ開花し、結実するかなど)を把握することもできます。
学術研究の証拠としての標本
生物の名前や分類は研究の進展によって学名が変更されることがあります。分類が困難な生物は、種の同定を間違えることや、研究者によって見解が分かれるケースも。しかし、適切に作成・保存された標本であれば、DNAの分析も可能。調査・研究に用いた証拠標本が残されていれば、後に再度検証することができます。牧野標本館では行き届いた標本管理を実施し、適切な保存状態を維持しています。
シーボルトコレクション
牧野標本館にはシーボルトコレクションも所蔵されています。これは、ドイツ人医師・博物学者のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(P. F. von Siebold, 1796〜1866)が、2回にわたって来日した際に集めた植物標本の一部です。その標本数は約2,700点にのぼります。
シーボルトと交流のあった日本人研究者の作成した標本が含まれるなど、シーボルトの日本での活動や日本人との交流を知ることができる資料ともなっています。標本の中にはシーボルト直筆のラベルや台紙に加え、日本人研究者の墨筆の手紙や図が添付された標本も多数含まれ、当時の日本人の向学心を垣間みることができます。このコレクションは、植物分類学上はもちろん、日欧文化交流の証としての価値も大きく、日本の博物学史上かけがえのない財産なのです。
標本の意義についてさらに見る現在では、より幅広い標本の活用を促進すべく、所蔵標本を画像データベース化し、
ウェブサイトで公開する作業を進めています。
ここでは、その一部をギャラリーでご紹介します。
植物系統分類学研究室
牧野標本館を管理運営する理学部生命科学科・植物系統分類学研究室では、主に維管束植物を対象とする系統分類学、およびこれと密接に関連する植物地理学的研究や進化生物学的研究を行っています。そのため必要に応じて、当館の標本を利用しつつ、植物や菌類の形態やDNA情報を用いた系統分類学、植物地理学、進化・生態学、さらには保全生物学に関する研究など幅広い活動を行っています。
植物系統分類学研究室を率いるのは生命科学科の村上哲明教授。「私たちの身の周りにある植物や菌類は、自然のなかでどんな分類学的まとまりをもって存在し、どのような分類学的取り扱いをすべきか」「それらがどのような進化の過程をたどり、個々の種はどのような進化過程を経て生じてきたのか」といった事柄を解き明かすための研究に日々取り組んでいます。
主な所属研究者や、研究領域に関するさらに詳細な情報は、下記リンクからご確認いただけます。
植物愛好家の育成にも貢献――
「日本の植物分類学の父」
牧野富太郎博士の功績
植物学者
牧野富太郎博士
(1862-1957)
牧野博士は、江戸時代末期の1862(文久2)年に土佐・高岡郡佐川村(現・高知県高岡郡佐川町)の裕福な商家の長男として生まれました。身体は弱かったようですが、大好きな植物のこととなると驚異的な集中力を発揮し、大人たちを驚かせていました。
地元の高知県で自ら植物採集を始め、独学で植物学を習得。その後、1884(明治17)年に22歳で上京し、東京帝国大学(現・東京大学)の植物学教室で西洋の豊富な学術書に触れ、研究を深めました。また、非凡な図描力を活かし、数々の精密な植物画を描き上げました。
1893(明治26)年には、東京帝国大学理科大学の助手に任命され、名実ともに植物学者の道を歩み出します。『大日本植物志』や『日本高山植物図譜』などを刊行し、植物の研究に打ち込み続けました。
牧野博士は94歳で亡くなるまでに日本全土を踏査し、約2500種の植物を発見、命名しました。また、一般市民とともに植物観察や採集を行い、何人もの植物愛好家を育てたという実績もあります。そして、牧野博士が自宅に所蔵していた植物標本は実に40万枚にも及び、これが後に牧野標本館へと寄贈されました。
牧野博士は自らを「草木の精」と称し、植物を正確、忠実に記録することに心血を注いでいました。そして、1888(明治21)年には『日本植物志図篇』も出版します。植物へ愛を注ぎ続け、長きにわたり蓄積された牧野博士の記録は、日本のみならず、海外からも高い評価を受けています。
牧野博士が主人公のモデルに――
NHK連続テレビ小説『らんまん』
2023年春に公開予定のNHK連続テレビ小説の第108作『らんまん』の主人公で、神木隆之介さんが演じる槙野万太郎のモデルは、牧野富太郎博士です。
明治維新から大正、昭和、そして、第二次世界大戦という激動の時代の渦中で、ただひたすらに草花と向き合い続けた牧野博士。残念ながら、現在の東京都立大学および牧野標本館には、牧野博士を直接知る者はいません。しかし、博士の精神は現在も学内で語り継がれており、直接的にも間接的にも後進に影響を与え続けています。
博士の人生がドラマの中でどのように描かれ、一般社会にどのような影響を及ぼすのか。博士の意思を受け継ぐ牧野標本館を擁する東京都立大学の関係者一同も、放送を楽しみに拝見しています。
お知らせ・イベント
2023年7〜9月に開催していた企画展「日本の植物分類学の父」~牧野富太郎が遺したもの~について、大変ご好評につき、一部内容を入れ替えて再開します。開催期間:11月3日(金)〜24日(金)10:00〜17:00(但し11月3日と4日を除く土日祝日は閉館)ぜひお越しください。⇒終了しました。
牧野標本館の研究・教育活動をさらに充実させるため、「牧野標本館基金」にてご支援を承っております。
寄附の特典
・牧野標本「サクラソウ」をデザインした限定ファイル ※なくなり次第終了
・ギャラリートーク&標本庫ツアー ※9/30までの寄附者限定
・オリジナル標本づくり ※9/30までの寄附者限定
牧野標本館村上哲明教授がNHKひるまえほっとに出演しました。
NHK公式のまとめページは必見です。
この機会にぜひご覧ください!
東京都立大学 牧野標本館 企画展 『「日本の植物分類学の父」牧野富太郎が遺したもの』 を7月15日から牧野標本館 別館 TMUギャラリーで開催しています。(※8/25~9/3は燻蒸(標本保護)のため閉館します。ご注意ください。)。ぜひお越しください。⇒終了しました。
・牧野標本館~紹介動画~
・村上先生インタビュー~牧野標本館について~
・企画展紹介動画
どなたでも視聴可能です。ぜひご覧ください。
放送された動画は、NHK高知放送局WEBサイト「こうちいちばん」いちばん動画で3月下旬頃まで公開されています。
通常は標本保護のため一般の方の入館を制限している標本庫内の様子が映像で紹介されています。
この機会にぜひご覧ください!
牧野標本館には牧野富太郎博士が採集・収集した植物標本の現物約16万点を収蔵しています。
学術的価値の高い、まさに「お宝」を大切に後世につないでいきます。
※リンク先は有料記事です。
牧野標本館にご興味のある方へ
一般の方
牧野標本館 本館 入口に標本展示コーナー(平日:10時〜17時(※土日祝日は閉館))を設置しており、一般の方にも牧野標本や牧野富太郎先生が描かれた植物図をご覧いただけます。
※標本保護のため、一般の方は牧野標本館の本館・別館内の標本庫に入館することはできません。
研究者・研究等施設の方
研究等目的の標本の閲覧や貸し出し依頼については、以下にご連絡ください。
牧野標本館管理者(植物系統分類学研究室教授)村上哲明
E-mail:nmurak●tmu.ac.jp (●を@に置き換えてください)
メディアの方
牧野標本館への取材は、以下のページをご確認の上、ご連絡ください。
https://www.tmu.ac.jp/inquiry/contact/interview_inquiry.html