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若手が輝く都立大の研究者支援-博士後期課程学生支援とテニュアトラック制度

東京都立大学は2023年度より「 研究力強化推進プロジェクト 」を開始し、全学的な取り組みとして「7つの戦略と21の取組」を策定しました。今回プロジェクトの取組の中で注目したのは、戦略6に掲げる『若手研究者の人材育成』です。博士後期課程学生への支援あるいは、テニュアトラック制度の支援を受けながら最先端の研究に挑戦するそれぞれの、若手研究者の声を通して、都立大における若手研究者育成支援をご紹介します。

博士後期課程学生支援

都立大の博士後期課程学生支援とは

東京都立大学では、博士後期課程学生の活躍が大学の研究力強化に大きく貢献するものと考え、博士後期課程学生への研究環境及びキャリア支援環境の整備を通じ、研究力に加え幅広い学際的視野を涵養し、主体的な課題解決能力を持つ高度専門人材である博士人材の育成・輩出を一層推進することを目的として、2023年度に博士人材支援室を設置しました。
これらを受け、都立大では「博士後期課程学生支援プロジェクト」として、現在複数のプロジェクトを実施しており、経済的支援を主として研究力強化のもと、研究環境の提供やキャリアパス支援を行っています。
プロジェクトの支援を通じて、学生たちが将来のキャリアパス展望を可視化できる環境を生み出し、都立大の博士後期課程進学者が増加する好循環を実現することで、これからの博士人材に選ばれる研究大学となることを目指しています。

システムデザイン研究科 宮崎仁美さん

現在実施している博士後期課程学生支援プロジェクトの一つである「領域リフレーミング(Arena Reframing:AR)双対型博士人材育成プロジェクト」では、研究に専念できる環境の提供(=経済的支援)に加えて、キャリア・トランスファラブルスキル獲得の支援があります。
このプロジェクトに採用され、意欲的に研究に取り組む学生の一人が、システムデザイン研究科博士後期課程1年次宮崎仁美さんです。宮崎さんは学部生時代から都立大で学び、現在は最先端技術を医療福祉分野に応用する研究を進めています。その研究内容や、都立大で博士後期課程に進学した理由、本プロジェクトの支援制度の実態についてお話を伺いました。

これから研究者として生きていくための、必要な支援が揃っている

—宮崎さんの研究内容についてお聞かせください。

宮崎

私はシステムデザイン研究科システムデザイン専攻インダストリアルアート学域で、リハビリテーションを支援するゲームの開発研究を行っています。学部生の頃から継続して取り組んでいる研究で、医療現場の方々と密に連携しながら、効果の検証を進めているところです。

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システムデザイン研究科 宮崎仁美さん
—博士後期課程へ進学を決めたのは、どのような理由からですか。

宮崎

学部・修士と研究を進める中で、自分が設定した課題に対して様々なアプローチを試せることを「楽しい」と感じていました。特に、リハビリテーションにゲームを活用する研究については、学部生時代から取り組んでいましたが、まだ十分な効果検証ができていないと考えていて、患者さんにとってより有益で、積極的に活用したいと思っていただけるものを作り上げたい、その思いが研究継続を決意する原動力となりました。

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宮崎さんが制作したリハビリテーション用のゲーム。楽しみながら患者さんがリハビリできるよう工夫している
—博士後期課程への進学については、その後のキャリア形成や収入面の不安から、躊躇する学生も少なくありません。宮崎さんは、そのような不安はなかったのでしょうか。

宮崎

博士号取得への道のりは、決して平坦ではありません。もちろん努力はしていますが、「本当に取れるのか?」「研究者としてキャリアを築いていけるのか?」と不安になることは今でもあります。

ただ、学部時代からWebサイト制作やデザイン、映像編集など、実践的なスキルを幅広く修得する機会に恵まれていたので、「万が一希望の進路が叶わなくても、私には社会で生きていけるスキルがある」と思っています。だから大きく迷うことなく、博士後期課程に進めました。

—そうした実践的なスキルは、どのように身につけられたのでしょう。

宮崎

都立大の特徴として、アウトプットを重視した実践的な学びの環境が充実しています。例えば、グラフィックデザインの授業では、制作から発表、フィードバックまでの一連のプロセスを繰り返し経験できます。また、異なる視点を持つ仲間とのグループワークも多く、協働する力も自然と身に付いていきます。こうした経験は、研究活動はもちろん、将来の実務においても大きな強みになると感じています。

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—都立大の博士後期課程学生支援「領域リフレーミング(Arena Reframing:AR)双対型博士人材育成プロジェクト」は、どのような支援があるのか教えていただけますか。

宮崎

まず、研究奨励費(=生活費相当額)や研究費の支援があります。私は月額20万円の研究奨励費に加えて、年間30万円の研究費をいただいています。

また、金銭面の支援だけでなく、キャリア支援やメンタリング支援も手厚いと感じています。キャリア支援では、企業に自分の研究をプレゼンテーションできる交流会があり、その準備段階では資料の添削指導まで行っていただけます。アカデミックコミュニケーションや海外での英語プレゼンテーションのトレーニングなど、高度専門人材として生きていくために必要な実践的な博士後期課程学生向けの講義も充実しています。

メンタリング支援としては、他分野の博士課程の学生と研究について議論したり、進路の悩みを共有したりする機会が設けられています。研究の道はストレスを感じることも多いのですが、このように同じ立場の仲間と交流できる機会があるのはとても心強いですね。

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—「博士後期課程に進学すると、自分の時間はほとんど取れないほど忙しい」とイメージしている方も多いと思います。宮崎さんは、研究以外の時間はどのように過ごされているのでしょうか。

宮崎

研究は確かに忙しいのですが、プロジェクトの支援のおかげで時間的な余裕も持てています。修士のころはアルバイトをしていたのですが、今は支援があるので空いた時間で最新の論文を読んだり、関連分野のニュースをチェックしたりしています。

また、本を読んだり、趣味でゲームを作ったり、好きなバンドのライブに行ったりと、自分の時間も大切にできていますよ。経済面はもちろん、キャリア面やメンタル面の支援もあるため、心身ともにゆとりを持って研究に打ち込めています。

—最後に、博士後期課程への進学を考えている学生に向けて、メッセージをお願いできますか。

宮崎

興味があるなら、ぜひ積極的にチャレンジしてほしいと思います。都立大には手厚い支援制度があり、博士人材支援室の先生方も親身になってサポートしてくださいます。例えば、企業との交流会では、アカデミアのキャリアだけでなく、民間企業で研究者として活躍する可能性まで視野を広げることができます。

また、研究は確かに大変なこともありますが、適度に息抜きをしながら、柔軟な姿勢で取り組むことが大切だと感じています。私自身、展示会に行ったり、ライブに行ったりと様々なことに目を向けることで視野が広がり、かえって研究へのモチベーションも高まりました。この息抜きができるのも、手厚い支援制度のおかげですね。

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テニュアトラック制度

テニュアトラック制度とは

テニュアトラック制度とは、公正で透明性の高い選考により任期を付して採用した博士号取得後10年以内の若手研究者について、自立して活躍できる研究環境を与え、テニュア審査を経てテニュアを付与する制度。都立大では、博士号取得後のキャリアパスとして、2016年度から「テニュアトラック制度」を導入し、優秀な若手研究者の育成と確保に取り組んでいます。

健康福祉学部 放射線学科 大平新吾助教

ここからは、都立大で初めてテニュアトラック制度で採用された、健康福祉学部 放射線学科 助教・大平新吾先生にお話を伺い、都立大における若手研究者支援の実際について探っていきます。

多様なバックグラウンドを持つ研究者が集まると、新しい視点や発想が生まれ、社会が発展する

—まず、テニュアトラック制度について教えていただけますか。

大平

若手研究者の育成を支援する、新しい仕組みとして注目を集めている制度です。従来の大学では、若手研究者の多くが任期付きの助教として採用され、5年から長くても10年の任期の中で研究成果を出すことを求められてきました。また、多くの場合、教授の下で研究を進める形となるため、教授の退職とともに異動を余儀なくされることも少なくありません。そのため、長期的な視野で研究に取り組むことが難しい環境にあったのです。

都立大のテニュアトラック制度は、テニュア教員として採用された研究者が十分な成果を残したと判断された場合、ケースによって助教から准教授へステップアップできる道を開いているのです。これは、若手研究者の可能性を信じ、その成長を支援しようという都立大の強い意志の表れだと感じています。

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健康福祉学部 放射線学科 大平新吾助教
—テニュアトラック制度では、どのような審査が行われるのでしょうか。

大平

まず、募集は国際公募で行われ、公募期間が長く設定されて、本学教職員だけでなく学外専門家や有識者が加わり、公平かつ公正な審査のもとで選考が進められます。採用後は私の場合は、4年間の任期中に最終審査があり、研究成果、教育活動、社会貢献という3つの観点から総合的に評価されます。採用から評価までのプロセスが非常に透明性の高いものとなっているのが、この制度の特徴です。

何をどこまで達成すれば良いのか。スタート時点で具体的な目標が示されることで、若手研究者は明確な展望を持って研究活動に取り組めます。

—大平先生は長年、臨床現場で放射線治療に携わってこられたと伺いました。そこから大学での研究の道を選ばれた理由を教えていただけますか。

大平

私は大阪国際がんセンターと東京大学医学部附属病院で合計13年間、放射線治療で約2万人の患者さんの治療に関わり、一人ひとりの回復を願いながら診療に取り組んできました。しかし同時に、臨床現場での経験を通じて、より大きな貢献の可能性を考えるようになり、研究論文を通して新たな治療技術を世界に発信したり、メーカーと共同で製品開発を行ってきました。さらに、大学教員として将来の診療放射線技師を育成することで、間接的により多くの患者さんの治療に貢献できるのではないかそんな思いが日に日に強くなっていきました。

また、臨床現場では一人の技師としてできることには限界がありますが、大学という場であれば、全国規模の研究プロジェクトを通じて、医療の発展により広く貢献できると考えました。

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—現在はどのような研究に取り組まれているのでしょうか。

大平

現在の主な研究テーマは、災害時における放射線治療の提供体制の構築です。がん治療において放射線治療は継続性が重要ですが、災害で治療装置が被害を受けた場合、復旧までに1ヶ月程度かかることもあります。その間も患者さんの治療は待ったなしの状況です。

そこで私は、どの放射線治療装置を使っても同じような治療ができる環境を整備する研究に取り組んでいます。これは一つの医療機関では実現が難しい大規模な研究であり、まさに大学だから、特に最新の医療機器が設置され、高度な医療専門職の育成ができる都立大だから可能だと実感しています。

—テニュアトラック制度の下での研究環境について、メリットを感じていることがあれば教えてください。

大平

私の場合、研究エフォート(※)に60%を充てることができます。これにより、腰を据えて研究に取り組める環境を整えることができます。また、テニュアトラックで採用された助教は独立した研究主宰者として認められているため、研究の方向性を自由に追求できる裁量があります。

例えば、都立大での研究活動に加えて、東京大学医学部附属病院での臨床活動や、アジア各国の放射線治療レベル向上のための国際プロジェクトにも参画させていただいています。さらに、中学生向けのがん教育や予防啓発活動など、研究成果の社会還元にも取り組んでいます。このように幅広い活動ができるのも、テニュアトラック制度ならではのメリットです。

※教員個人の年間全仕事時間(研究活動のみならず、教育・医療 活動等を含む)を 100%とした場合に、研究の実施に必要となる配分率のこと

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—テニュアトラック制度は、研究者の未来にどのような可能性を開くと考えられますか。

大平

この制度の魅力は、努力が報われる道筋が示されている点にあります。入職時に示される明確な評価基準は、研究者が自身のキャリアを計画的に構築していく上で大きな指針となります。私自身、これまで多くの優秀なポスドクや助教が、そのポストの不安定さゆえに研究の継続を断念せざるを得ない状況を目の当たりにしてきました。テニュアトラック制度は、若手研究者の課題に一つの解決策を提示していると考えています。

また、都立大の制度は研究費の支援も充実しており、研究を行うにあたって十分な額が2年間にわたり支給されます。これは全国的に見ても非常に手厚い支援です。若手研究者が思い切って研究に打ち込める環境を、徹底的に整えてくれています。

—都立大でテニュアトラック制度が根付いていくことで、他の大学や社会にどのような変化が期待できると考えますか。

大平

日本中の大学で、研究活動が活性化していくと期待しています。私は都立大出身ではありませんし、臨床現場から大学教員にキャリアチェンジした異色の経歴を持っています。このように多様なバックグラウンドを持つ研究者が集まると、新しい視点や発想が生まれやすくなる。そうすると、従来の研究室の枠を超えた横断的な連携が促進されます。例えば都立大では現在、放射線学科の私と、看護学科の先生方と協力して、地域でのがん教育活動を展開する計画を立てているんです。このような分野を超えた協働は、これからの社会の発展にとっても重要になってくると考えています。

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4-6MV 直線加速装置(リニアック)が設置されており、実験や臨床実習において利用されている。
—最後に、研究者を目指す方々へメッセージをいただけますか。

大平

研究の道を志す方には、二つの大切な要素を意識してほしいと考えています。一つは純粋な探究心です。「なぜだろう」という素直な疑問と、それを解き明かそうとする知的好奇心は、研究を続ける上での原動力となります。

もう一つは社会貢献への意識です。私は恩師から「研究のための研究をするな」という言葉を教わりました。研究は最終的に社会や人々の暮らしに貢献するものでなければならない。その意識を持ち続けることで、研究はより深い意味を持つものとなります。

様々な場所で研究活動が可能な現代では、必ずしも一直線に進む必要はありません。私自身、臨床現場という遠回りを経て今の立場に辿り着きました。大切なのは、目の前の課題に真摯に向き合い、着実に結果を積み重ねていくことです。テニュアトラック制度のような新しい仕組みも整いつつある今、研究者を目指す方々には、ぜひ自分の可能性に挑戦してほしいと思います。

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