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TOKYO METROPOLITAN UNIVERSITY/研究力 強化推進 プロジェクト/RESERCH ENHANCEMENT INITIATIVE

東京都立大学は、2023年度より『東京都立大学 研究力強化推進プロジェクト』をスタートさせました。このプロジェクトは、研究環境、資金、時間、人材の観点からあらゆる研究を支援し、本学の教員が研究力を高め、のびのびと特色ある研究を行うことができるようにするものです。

背景にあるのは、「日本の研究力低下」への危機感です。文部科学省が発表した「科学技術指標2022」では日本の研究力低下がデータで示されました。都立大の大橋隆哉学長は、「私が学長に就任した時から、研究力の強化に取り組みたいと考え、研究担当副学長にも検討をお願いし、学内の声を聞きつつ取りまとめを進めてきた」と語ります。

今回、プロジェクトの指揮を執る大橋学長にインタビューを実施。日本の研究環境が抱える課題や大学として育てたい研究者像、目指す大学の姿など、『研究力強化推進プロジェクト』にかける想いを伺いました。

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学長に聞く
プロジェクトへの想い

Profile

大橋隆哉おおはし たかや

1953年生まれ、千葉県出身。1981年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。日本学術振興会奨励研究員、英レスター大学研究員、東京大学理学部助手を経て1992年より東京都立大学理学部助教授、1998年同教授に就任。2005年より再編・統合により首都大学東京理工学研究科教授となり、2013年より理工学研究科長補佐、2016年学長補佐を経て、2017年副学長を歴任。2021年から東京都立大学学長を務める。専門は宇宙物理学分野。

大橋隆哉学長の写真

「日本から独創的な研究が生まれづらくなっている」。大橋学長が感じる、研究力低下の三つの要因

—まず、2023年度よりスタートした『研究力強化推進プロジェクト』の概要を教えてください。

大橋

『研究力強化推進プロジェクト』とは、都立大の研究力を高めるために行う全学的な取組の総称です。具体的には「7つの戦略と21の取組」を策定。「研究教育環境の整備」「研究時間の確保」「若手研究者の人材育成」など、研究力の向上に資する戦略を全て網羅し、大学として取り組んでいくと宣言しました。

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大橋

昨今、日本の研究力低下が叫ばれる中で、若手研究者や研究の道を志す学生は厳しい環境に置かれています。そのような若い方々に、希望を持ってもらえるような大学としてのメッセージを届けたい。そんな想いも、今回のプロジェクトに込めています。

—日本の研究活動は現在、どのような危機に瀕しているのでしょうか。

大橋

文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が発表した「科学技術指標2022」によれば、世界における「論文数」「注目度の高い論文数」のランキングで、日本の順位はこの20年程の間に低下(*1)。日本の研究活動の国際的な地位が下がっている事実が明らかになりました。このような結果は、本学で長く研究を行ってきた私の実感にも通じるものがあります。

私が若手研究者だった40~50年ほど前は、ある分野の研究が一気に前進するような、力と勢いのある独創的な研究が国内からも多数生まれていました。しかし、現在はアメリカや中国といった成長著しい諸外国の勢いに押され、独創的な研究という点で日本の存在感は薄くなっている印象です。

—日本の研究力が低下している要因について、どのように考えますか。

大橋

日本の研究力低下が起こる原因は、人口減少や経済停滞などの様々な要素が複雑に絡み合っているため、なかなか一つの理由に絞るのは難しいものです。しかし、研究者を取り巻く環境という観点からいえば、大きく三つの要因があると考えています。

一つ目が、研究予算の不足です。学問の発展によって、近年は研究内容が高度化し、一つのプロジェクトにかかる予算規模も数十年前に比べて非常に大きくなりました。例えば、私の専門である天文学や宇宙物理の分野では、約50年前であれば研究者が手づくりした実験装置を人工衛星に搭載するケースもよくありましたが、現在はそのようなことは行わず、メーカーに発注して装置を開発・製造することがほとんどです。

外注すれば当然費用がかかりますが、そのための外部資金などの予算を確保し、プロジェクト選定のプロセスを乗り越えるだけで、場合によっては10年近くも時間がかかってしまう。せっかく良いアイデアを持っていたとしても研究の実現を諦めざるを得ない研究者も少なくありません。

二つ目が、大学教員が研究に割ける時間の減少です。昨今、大学教育の質の保証・向上やガバナンス強化の観点から、教員がカリキュラムマネジメントや認証評価への対応を求められる機会も増えてきました。また、それに伴って大学内での会議や書類作成も増えており、その結果、海外の研究者と比べて研究時間の確保が難しい状況が生じています。

三つ目が、思い切ったテーマに対して自由に挑戦できる場の減少です。ガバナンスが強化されたことで、研究費や研究内容などに対しても厳しい評価の目が向けられるようになりました。そのため、良くも悪くもオリジナルな視点を活かした風変わりな研究が行いづらくなっているように思います。また、任期のある若手研究者にとっては、研究が失敗した際のセーフティーネットが少なく、その後のキャリアにも影響を及ぼしてしまうため、新しい挑戦をしようという気持ちが起こりづらい現状があります。

研究機関や企業にない「知の拠点・大学」の強みとは? プロジェクトを通じ、都立大が目指すもの

—そうした要因に対して、どのようなテコ入れが必要なのでしょうか。

大橋

すでに研究者として活躍されている方に対しては、やはり研究環境の整備や資金獲得、研究時間の確保に対する支援などが必須だと考えています。一方で若手研究者に対しては、何よりもまず経済的な不安を取り除くための支援を行うべきでしょう。その上で、日頃から国際レベルの研究に接する機会を提供するなど、優れた指導者に出会えるよう配慮していくことも必要だと思います。

今お話したような支援は、まさに本学の『研究力強化推進プロジェクト』の中で取組として掲げています。本学はこれから、日本の研究力低下の要因へも深く切り込んだ施策を実践していくつもりです。

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—都立大として育てたい研究者像を教えてください。

大橋

本学が育てたいのは、自由な発想を持つ意欲的な研究者です。特に近年は共同研究や国際協力は避けて通れませんから、人とのつながりを大切にしつつ、議論を通じて新しいものを発見して生み出せるような人材を育てたいと考えています。

その意味では、学生数およそ9000名、教員数およそ650名という本学の規模感は大きすぎず小さすぎず、広い分野で研究を進めていることから、多様な交流と議論を生み自由な発想を育みやすい環境だと思います。

—推進したい研究テーマはありますか。

大橋

特定の分野に特化して研究を推進するのではなく、本学では全ての領域やテーマについて、研究者を支援していきたいと考えています。そこにはもちろん、地道に積み重ねる必要のある基礎研究も含みます。基礎から応用まで、幅広い研究を行えるのが知の拠点である大学の強みであり、役割です。本学は公立大学ならではの自由な環境を活かしながら、あらゆる研究の種を育てていきたいと考えています。

—『研究力強化推進プロジェクト』を通じて、都立大はどのような大学の姿を目指すのでしょうか。

大橋

様々な分野の優れた研究を通じて、学生に質の高い丁寧な教育を行いながら、地域や社会に新たな智や価値を大いに還元できる大学。これが、本学の目指す大学の姿です。

研究力を高め、独自の研究成果が得られれば、それを学生への専門教育に結びつけることができます。また、優秀な教員との研究経験を通じて、学生は真理を探究することの面白さや、深く思考を巡らせることの大変さと醍醐味、失敗の価値などについて体感的に学び、その後の人生に活かしていくことができるはずです。

また、理系分野の研究では、その成果を環境問題や社会課題に応用することもあり得ますし、文系分野の研究においても、その内容を社会の中で伝えていくことで、心の豊かさや文化の継承につながります。研究力を磨くことで、あらゆるステークホルダーとの間に好循環を生み出す、そんな大学でありたいと考えています。

—最後に、これから研究の道に進む学生や国内の若手研究者に向けてメッセージをお願いします。

大橋

人間を人間たらしめるもの、それは「真理の探究」であると私は考えています。自然科学、人文科学、社会科学など、様々な分野の研究者が自然界と人間そのものの真理を求めて実験や試行を重ねてきたからこそ、人類の「知」が発展し文化がつくられてきました。そのような人類の発展に貢献する研究活動は、たとえすぐに成果が出なくとも、それ自体に何物にも代えがたい価値があると思っています。

今回公表した『研究力強化推進プロジェクト』は、あらゆる研究活動の価値を再確認し、知の拠点として支援していこうという本学の志です。この取組をきっかけとして多様な研究に弾みをつけ、都立大をより一層優れた大学にしていきたいと考えています。

本学を志す方にはぜひ、緑豊かで自由闊達な雰囲気の中で、生き生きとご自身のやりたい研究に向かって突き進んでいただきたい。その先に、人類の叡智と輝く未来の創出につながるような成果が生まれることを願ってやみません。

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7つの戦略と
21の取組

都立大の教員が研究力を高め、のびのびと特色のある研究を行えるようにするために、以下の7つの戦略を策定。それらの下で21個の施策に取り組んでいきます。詳細はクリックまたはタップしてご確認ください。

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戦略1

研究教育環境の整備

(1)電子ジャーナルの安定供給

世界的なオープンアクセス(OA)出版化の動向に対応するため、転換契約を取り⼊れるなど、電⼦ジャーナルを持続的に安定供給できる体制を整備します。

(2)ネットワーク環境の改善とDXの推進

安定かつ信頼性の⾼い教育研究情報システムを構築し、教育、研究、学⽣⽀援、業務・運営等におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進します。

(3)研究機器共用センターの運用

研究機器の学内及び学外での共⽤を促進し、研究開発投資効果の最⼤化を図るとともに、産学公連携研究の拡⼤等を⽬指します。

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戦略2

外部資金獲得の支援

(4)大型科研費チャレンジ支援

科研費の採択実績のある本学教員が、より上位の科研費種⽬に積極的に挑戦できる環境を整え、全学的な研究活動の活性化を図ります。

(5)外部資金の公募情報の提供

外部資⾦の公募情報を⼀元的に収集・周知するとともに、教員の研究内容との親和性に基づき情報を個別に提供し、公募型研究費への申請を⽀援します。

(6)学内研究費の繰越制度の導入

学内研究費の⼀部を翌年度に繰り越すことができる制度の導⼊を実現し、研究費の柔軟かつ効果的な執⾏を可能にするとともに、外部資⾦獲得のインセンティブを⾼めます。

戦略3研究時間の確保 image-3
戦略3

研究時間の確保

(7)授業業務の合理的な軽減

ティーチング・アシスタント(TA)の更なる活⽤や教育効果を最適化するカリキュラム編成により、合理的に教員の授業業務を軽減します。

(8)事務作業の効率化

申請、契約、報告などにかかる様々な⼿続きを簡素化、デジタル化することにより、事務作業を効率化し、教職員の事務負担を軽減します。

(9)会議運営方法の改善

会議の開催回数の削減、開催時間の短縮、対⾯会議とオンライン会議の適切な選択など、必要性や⽬的に応じて効率的な会議運営を⾏い、教職員の負担を軽減します。

(10)研究・教育の分担の柔軟な設定

各分野の教育にかかる業務量も考慮しつつ、各教員の能⼒を最⼤限に発揮できるように、年度ごとに研究、教育の分担を柔軟に設定できる仕組みを整えます。

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戦略4

優秀な研究者の採用

(11)特別招聘教授制度の運用

本学に世界トップレベルの研究者を特別招聘教授として招き、その研究者を中⼼にして本学教員とともに競争⼒の⾼い研究体制を構築します。

(12)教員定数における学長裁量枠の活用

各学部の教員定数内での公募による採⽤とは別に、学⻑裁量枠を活⽤して、卓越した研究業績を持つ研究者を選抜し、タイムリーに採⽤します。

戦略5優秀な研究者の支援 image-5
戦略5

優秀な研究者の支援

(13)論文投稿・学術図書出版支援

オープンアクセス論⽂を含むインパクトファクターの⾼い国際論⽂誌投稿費⽤や学術図書出版費⽤を⽀援し、研究成果の国際的発信⼒を強化します。

(14)特別栄誉教授等の称号付与

当該分野において卓越した研究業績を有し、教育、研究、及び社会貢献の推進において先導的な役割を担う教員に対し、特別栄誉教授・先導研究者の称号を付与し、処遇します。

(15)研究重点教員への支援充実

⼤型研究費の課題等に取り組む研究重点教員に対して、組織運営や教育の職務を軽減・免除する等の⽀援によって、当該研究の推進を促します。

戦略6若手研究者の人材育成 image-6
戦略6

若手研究者の人材育成

(16)博士後期課程学生支援

博⼠前期課程から直接博⼠後期課程に進学する全ての学⽣に向けた経済支援を実現します。また、外部資⾦等を活⽤した更なる経済⽀援に加え、多様なキャリアパス形成に資する施策を実施します。

(17)若手研究者の海外派遣

若⼿研究者に、通常のサバティカル制度の適⽤とは別に、海外の研究機関で研究活動に従事する機会を与え、海外の研究者との共同研究を促進します。

(18)テニュアトラック制度の活用

テニュアトラック教員の公募を積極的に⾏い、研究に専念できる環境確保と充実した研究費⽀援によって、多くのテニュア採⽤に結びつけます。

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戦略7

産学公連携の促進

(19)クロスアポイントメント制度の活用

クロスアポイントメント制度の活⽤により、本学教員と他の教育研究機関や産業界等との連携を深化させ、新たな研究を進展させるなど、研究活動を活性化します。

(20)イノベーションハブの構築

東京都⽴⼤学が中⼼となってイノベーションハブを構築し、本学の研究者とベンチャー企業等が協働してシーズの事業化を⽬指すなど、産学公連携を促進します。

(21)知的財産活用支援とベンチャー創出

東京都⽴⼤学が持つ知的財産を企業等へPRしたり、技術移転したりすることにより、知的財産の有効活⽤を⽀援し、ひいてはベンチャー企業の創出につなげます。

以上の取組によって都立大の教員が自身の研究力と教育の質を向上させることで、新たな人材が育ち社会へ貢献する。そうした好循環を生み出すことを目指します。