1.概要
2016年4月16日にマグニチュード7.3の地震が布田川断層の活動によって引き起こされました。この2016年熊本地震では、マグニチュード6.5の前震を伴い、前震時と本震時に震度7を2回記録しました。また、布田川断層の活動により、布田川断層沿いだけでなく、広域に副次的な地表地震断層(以下「地震断層」という。)が現れたことも特徴的でした。我々のグループでは、このような地震を起こした布田川断層とその周辺に現れた地震断層の活動履歴を解明することで、過去にも2016年熊本地震のような地震が起きていたのかどうかを明らかにすることを目的に調査を続けてきました。今回調査を行った布田川断層に関しては、この地震前の活断層評価で8100〜26000年に1回の活動間隔を持つとされていました(地震調査研究推進本部、2013)が、2016年以降の調査によってより短い期間で地震が繰り返されてきたことがわかってきていました。そこで、布田川断層の中でも2016年の地震で最も変位量の大きかった中央部(布田川断層の活動を代表すると考えられる)において、活動履歴の調査を実施しました。
東京都立大学大学院 都市環境科学研究科の石村大輔助教と調査グループメンバーは、熊本県西原村布田(以下「布田」という。)の山中において、計5つのトレンチ(注1)を掘削し、過去3万年間の布田川断層の活動履歴を明らかにしました。その結果、最近7300年間に4回の断層活動があったこと(2016年を含む)が明らかになり、また、この断層が3万年前以降継続して活動してきたこともわかりました。また、通常は1ヶ所で1つのトレンチ調査を行うことが多い中、この研究では1ヶ所で5つのトレンチを掘削することで、それらに共通する断層活動を認定し、1つ1つの断層イベント認定の確実度を向上させました。さらに布田川断層周辺に現れた副次的な断層活動の活動履歴と本研究による布田川断層の活動履歴を対比することができ、2016年熊本地震に先行する1回前の布田川断層の活動の際には、2016年同様に副次的な断層も活動したことが強く示唆されました。このような地震を引き起こす主たる断層(今回の場合だと布田川断層)と変位が誘発された副次的な断層の活動は、今後の活断層の活動の際に変位が起きる場所(変位ハザード)を考える上で重要な知見であると考えています。今後このような知見が、活断層のハザードリスク評価に寄与すると期待しています。
本研究成果は、2022年8月16日付けで、ELSEVIERが発行する英文誌Geomorphologyに発表されました。本研究の一部は、JSPS科研費JP 17H04730の助成を受けたものです。
2.ポイント
- 布田川断層中央部の熊本県西原村布田におけるトレンチ調査から3万年間に8つの断層イベント(2016年含む)を認定しました。
- 最近7300年間では、4回の断層活動(2016年熊本地震を含む)が高い確実度を持って認定されました。
- 1回前の布田川断層の活動では、周辺の副次的な断層も2016年同様に同時に活動した可能性があります。
- 布田地域の地下構造、地質、断層そのものの発達の程度が関係して、2016年熊本地震の際には調査地域周辺の地表では複雑な地震断層分布となりました。
3.研究の背景
国内の内陸活断層は海溝型の地震に比べて活動間隔が長く、その断層活動は千年〜万年オーダーの活動間隔を持つ低頻度の自然現象です。そのため、観測・歴史記録のみでは十分な活動履歴の情報が得られません。そこで、地形や地質といった長期間の断層活動の歴史を記録しているものを用いて、過去数万年間における断層活動履歴が解明されています。特に断層を横切るトレンチ調査(図1)は、活断層の研究手法として最近の半世紀に渡って主要なものとなっています。その場所選定はとても重要ですが、日本のような古くから人々によって土地改変がなされてきた地域では、トレンチ調査に適した場所を探すことが困難なものとなっています。断層によって変位・変形を受けた地層とそれを覆う地層の関係から過去の断層イベントを読み取るため、地層が連続的に堆積していない場所や堆積速度の遅い場所では、トレンチ壁面でそれらのイベントがすべて適切に読み取れるとも限りません。また、2016年熊本地震で出現した地震断層を見ると、きれいに1条の断層が出現している場所もあれば、複雑かつ多岐にわたる形状を示す場所もあり、1つのトレンチのみで断層イベントが明瞭に見られるとも限りません。したがって、断層トレンチ調査を行う際には、土地の履歴(土地活用の歴史)、分布する地層の分解能(地層が堆積するのにかかった時間や地層のコントラスト)、トレンチの数・大きさ・深さなどの計画が重要になります。
4.研究の詳細
本研究では、熊本県西原村布田の山中で5つのトレンチを掘削しました(図1)。ここでは、戦前は畑として利用されていましたが、最近数十年間は人の手が入っておらず、本地域周辺では土地改変が最小限に留められていると考えられました。また、2016年の地震断層が明瞭に2条認められ、断層位置も正確に把握できています。事前の調査から、ここには数万年間の火山灰や土壌が連続的に堆積していることがわかっていました。したがって、この地点では布田川断層の活動履歴が長期間に渡って保存されていることが期待されました。この5つのトレンチ壁面に記録された断層活動を丁寧に読み取ることで1つ1つの断層イベント認定の確実度を上げることを試みました。
トレンチ壁面では、2016年の際に活動した断層が明瞭に認められました(図2)。一方で、2016年の上下変位量を上回る上下変位量が古い地層に記録されていたり、2016年には活動していない断層変位が認められたりしました。前者は断層の累積変位を示し、過去に繰り返し同じ断層が変位したことを意味し、後者は2016年よりも前に断層活動が生じたことを意味し、いずれも2016年より前の断層活動を意味しています。このような1つ1つの断層の活動履歴を読み解くことで、計8つの断層イベント(2016年を含む)を認定しました。その各トレンチで認められた断層イベントを示したものが図3です。すべてのトレンチですべての断層イベントを認定することはできませんでしたが、共通する断層イベントを認定することができ、各イベント認定の確実度を上げることができました。各地層の年代は火山灰や放射性炭素年代測定により決定し(図3)、それぞれの断層イベントの年代を求めることができました。本論文では、7300年前のK-Ah火山灰堆積以降の断層イベントに絞って年代を明らかにし、1回前が2150〜1460 cal yr BP(注2)、2回前が4310〜2940 cal yr BP、3回前が6030〜4360 cal yr BPと推定しました。
これらの年代と周辺で得られた断層の活動履歴の情報を対比したところ、本研究を含めた布田川断層沿いのトレンチ調査と調和的でした(図4)。このことから7300年前以降に布田川断層は4回活動した可能性が高く(最新は2016年熊本地震)、2016年以前の活断層の評価と比べて短い活動間隔で活動してきたことが明らかとなりました。本研究の結果から、平均的には1500〜2000年に1回の活動を行ってきたことがわかりました。さらに布田川断層周辺の副次的な断層活動と比較すると少なくとも1回前の活動は、布田川断層の1回前の活動時期と同時期であったことがわかります(図4の阿蘇カルデラ内の遺跡の地震履歴(開口亀裂)や副次的な断層上での活動履歴情報との対比から)。このことは、2016年熊本地震同様に副次的な断層活動が、布田川断層の1回前の活動でも生じた可能性が高いことを示唆します。
また本研究では、トレンチ周辺の地下地質や周辺の露頭、2016年熊本地震の際の地震断層と変位量分布を総合的に解釈することで、布田地域における断層変位地形(断層が何回も活動することで形成される断層地形)の発達や2016年の地震の際の地震断層と変位量の分布を説明することができました。
図1.トレンチ調査地点の風景
合計5つのトレンチ(Tr1〜Tr5)を掘削しました。Tr1〜Tr3が正断層、Tr4とTr5が右横ずれ断層を示す地震断層を横切るように掘削されました。大きさについては、長さ3.6〜7.5 m、深さ2 mです。
図2.Tr1のトレンチスケッチ
上段が西壁面、下段が東壁面。西壁面は方位を合わせるために左右反転させている。2016年の際には、E4やW4グリッドに認められる亀裂充填堆積物の部分で断層変位が生じた。Tr1では2016年に30-40 cmの上下変位が地表で計測されているが、K-Ah火山灰(7300年前)や60層を見てみると、複数の断層をまたいで全体として約1 mほどの上下変位があり、2016年の上下変位のみでは説明できない。このような場合は、7300年前以降、2016年以前に断層活動があったことを意味する。また北側の70〜90層を切断する断層の多くは、2016年には活動しておらず、2016年より前の断層活動を意味する。このように個々の断層沿いの活動を読み取ることで断層イベントを認定する。
図3.各トレンチで認められた断層イベント
縦軸はトレンチ壁面に分布する各地層で、上の方が新しい地層。赤線や赤四角は、そこに断層イベントを認定したことを意味する。2016年熊本地震をイベント0とし、合計8つの断層イベントを認定した。複数のトレンチで共通する断層イベントが認定されていることがわかる。
図4.布田川断層のK-Ah火山灰(7300年前)以降の活動履歴
横軸は年代。縦軸は北東側が上で、南西側が下であり、阿蘇カルデラ内から布田川断層までの活動履歴の情報を並べている。ピンク、青、黄色の帯は、本研究のイベント1〜3の年代幅を示す。布田川断層沿いの既存研究とは調和的であり、7300年前以降に4回のイベント(2016年含む)が共通して認められる。1回前の断層イベントは2000年前に集中している。阿蘇カルデラ内の遺跡や副次的な断層上での活動履歴の情報から布田川断層の1回前の活動の際には2016年同様に阿蘇カルデラ内に開口亀裂や副次的な断層の出現があったことが示唆される。
5.研究の意義と波及効果
以上のことから本研究では、2016年熊本地震を発生させた布田川断層中央部である熊本県西原村布田にて、5つのトレンチを掘削し、3万年前以降に8つの断層イベント(2016年を含む)を認定しました。5つのトレンチを掘削することで、共通する断層イベントを認定し、その確実度を向上させることができました。7300年前以降の断層イベントについては、高い確実度で認定することができ、約1500〜2000年間隔で断層活動が生じていることが推定されました。また、1回前の布田川断層のイベントは、既存研究とも対比され、約2000年前に推定されました。この布田川断層の活動と周辺の副次的な断層やカルデラ内の開口亀裂が同時期に発生していることから、1回前の布田川断層の活動時には2016年の地震と同様の現象が布田川断層周辺で生じたことが示唆されました。このような地震を発生させる主たる断層とその周辺の副次的な断層との同時性の検証は、今後起こりうる内陸地震に伴う変位の出現場所を想定する上で重要な知見になると考えられます。このような変位ハザードのリスク評価は、いまだ十分ではないと考えられ、今後このような知見を増やしていき、内陸活断層による地震リスク評価に活かされると期待しています。
【用語解説】
(注1)トレンチ:溝状の穴。
(注2)cal yr BP:1950年から何年前という単位。
【発表論文】
<タイトル>
“Paleoseismic events and shallow subsurface structure of the central part of the Futagawa fault, which generated the 2016 Mw 7.0 Kumamoto earthquake”
<著者名>
Daisuke Ishimura, Yoshiya Iwasa, Naoya Takahashi, Ryuji Tadokoro, Ryuhei Oda
<掲載誌>
Geomorphology
<DOI>
https://doi.org/10.1016/j.geomorph.2022.108387
<アブストラクトURL>
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0169555X2200280X
6.問合せ先
<研究に関すること>
東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 助教 石村大輔
TEL:042-677-2595(内線3851) E-mail: ishimura@tmu.ac.jp
<大学に関すること>
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp
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