1.概要
生クリームやカプチーノなどの食品から、ハンドソープや洗顔フォーム、食器洗い用洗剤の泡などの日用品、さらには消火用の泡まで、我々は様々な場面で泡沫(フォーム)を利用しています。壁に吹き付けられた泡沫は液体とは異なり、すぐには流れ落ちず、ある程度の時間、壁にとどまります。そのため、泡沫に殺菌剤などの有効成分を含ませることで、長時間、有効成分の効果を発揮させることが可能です。一方で、条件によっては泡沫から液体が流れ出てしまうことがあります。しかし、重力下における泡沫の挙動については解明されていないことが多くありました。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の谷茉莉助教、栗田玲教授らの研究グループは、壁に吹き付けられた泡沫が、重力によっていつ液体を失うのかに着目し、シンプルなモデル実験と理論から、泡沫が液体を失う物理的条件を明らかにしました。このようなメカニズムの解明は、泡沫を特定の場所に長時間保持させるために重要であり、効率よく有効成分の機能を発揮させることが可能となります。たとえば、少量の溶剤で効率よく洗浄を行うことが可能となり、この研究結果はSDGsの観点からも重要です。
■本研究成果は、2月22日付けでRoyal Society of Chemistryが発行する英文誌Soft Matterに発表されました。論文中の一部の図はback coverにも選出されています。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(若手研究No. 20K14431および基盤B No. 17H02945、No. 20H01874)の支援を受けて行われました。
2.ポイント
- 壁に吹き付けられた泡沫が、壁にとどまるための条件を知ることは重要な課題でした。
- 重力下において、泡沫の下端から液体がちぎれる場合があることを発見し、そのメカニズムを明らかにしました。
- 泡沫からの液体流出を防ぐためには、泡沫に含まれる総液体量を少なくすること、また液体流出までの時間を長くするために気泡を細かくすることが重要であることがわかりました。
3.研究の背景
泡沫とは、液体中に多数の気泡が高密度に詰まった状態であり、泡沫中の気泡同士は液膜によって仕切られています。この液膜はプラトー境界(注1)と呼ばれる液体の流路に連結しており、泡沫中で流路はネットワークを構成しています。そのため、泡沫に重力が働くと、このネットワークを通じて泡沫の上部から下部に向かって液体が流れていきます。この排水(注2)の効果によって、泡沫は上の方が乾いた泡沫へ、下の方が湿った泡沫へと変化していきます。さらに、本研究グループの先行研究により、乾いた泡沫では、一枚の液膜の破裂が引き金となり、次々と液膜が破裂される協同的崩壊が起きることがわかっています。
風呂の壁など、鉛直な壁に吹き付けられた泡沫内でも、この排水の効果によって、下の方に液体が溜まっていくことが観察されます。さらには、泡沫の下端に溜まった液体が泡沫からちぎれる場合もあります。この時、泡沫は一度に多くの液体を失うことになり、殺菌成分なども流れてしまうため、機能性が一気に低下します。しかし、鉛直な壁に吹き付けられた泡沫の振る舞いの詳細や、液体がちぎれる物理的条件やメカニズムは、これまで解明されていませんでした。
そこで今回、泡沫の下端に液体が溜まってちぎれる様子を直接観察することで、液体がちぎれるメカニズムの解明と、その条件を理論的に確立することを目指しました。
4.研究の詳細
本研究グループは、食器洗い用洗剤を薄めた溶液にポンプから気体を注入することで、泡沫を作成しました。その泡沫を平行板で挟み、気泡が一層の円形の泡沫(泡沫滴と呼びます)となるようにしました。その後、このセルを傾けることで、重力によって泡沫滴がどのように運動するかをカメラで撮影しました(図1a)。その結果、泡沫滴の下端に溜まった液体がちぎれる場合があることがわかりました。この液滴がちぎれる様子は、水道の蛇口などから水滴がちぎれる様子によく似ていることから、この液滴ちぎれをピンチオフ(注3)と呼びます。一方で、泡沫滴が一体のまま下降し、ピンチオフが起きない場合もあることがわかりました(図1b)。
図 1 平行板に挟まれた泡沫滴の重力下での振る舞いの様子。(a) 泡沫滴の下端に溜まった液体がピンチオフする場合。
(b) ピンチオフが起きず、泡沫滴が一体のまま運動する場合。
これらのモードがそれぞれどのような場合に見られるのかを確かめるために、泡沫の下に溜まった液体の質量を横軸に、泡沫滴の面積を縦軸にグラフを作成したところ、下に溜まった液体質量㎖がある値を超えた場合に、ピンチオフが起きることがわかりました(図2a)。さらに、泡沫や平行板の間隔 D、平行板の傾き角 αを変えた実験により、泡沫滴下端から液体がピンチオフする条件は以下の式で説明できることがわかりました。
mℓ>mℓ*=2Dγ ⁄ (g sin α)
ここで、mℓは泡沫滴下端に溜まった液体質量、 Dは平行板の間隔、γは溶液の表面張力、gは重力加速度、αは平行板の傾き角を表します。すなわち、ピンチオフを避けるためには、泡沫滴下端に溜まる液体の質量mℓを、理論式で決まる閾値以下にする必要があることがわかりました。そのためには、液体分率(注4)が高い(湿った)泡沫の場合には泡沫滴の面積は小さくする必要があり、逆に液体分率が小さな(乾いた)泡沫の場合には泡沫滴の面積は比較的多くても良いことがわかりました(図2b)。この閾値は、泡沫内の気泡サイズには依存しませんが、小さな気泡の場合には排水が進むのが遅くなるために、泡沫滴下端に液体がたまるのが遅くなり、ピンチオフが起きるまでの時間が長くなります。また、壁に3次元的に泡沫滴を貼り付けた場合にも、ピンチオフが起きる条件は、平行板の場合と同様に説明できることがわかりました(図3)。このことから、泡沫滴からの液体のピンチオフは、次元性や泡沫滴の形状に依存しない一般性をもっているといえます。
以上のことから、泡沫滴における液体ピンチオフによる液体流出を防ぐためには、泡沫滴に含まれる液体の絶対量を小さくすること、気泡を細かくして泡沫滴の下端に液体が溜るのを遅くすることが重要であることがわかりました。
図 2 ピンチオフが起きる条件。(a) ピンチオフは泡沫滴の下に溜まった液体質量がある閾値を超えると起こる。
(b) ピンチオフは泡沫の液体分率が大きく、泡沫滴の面積が大きい方が起こりやすい。
図 3 ピンチオフが起きる条件(3次元の場合)。泡沫滴に含まれる液体の質量がある閾値を超えると、ピンチオフが起こる。
5.研究の意義と波及効果
泡沫は、食品や化粧品、洗剤など、日常的によく見かけることができます。顔にシェービングフォームを塗ったり、壁に洗浄用の泡沫を吹き付けたりなど、重力が影響する環境での泡沫の制御条件を明らかにすることは重要な課題でした。
今回の研究により、壁に吹き付けられた泡沫の下端から液滴がちぎれる条件が明らかになりました。この液体ちぎれを防ぐためには、泡沫に含まれる液体の絶対量を減らすこと、すなわち、湿った泡沫であれば体積を小さく、体積の大きな泡沫であれば液体分率を低くすることが重要であることがわかりました。また、泡沫の気泡を細かくすることで、液体の排水が遅くなるために、液体ピンチオフまでの時間がかかることもわかりました。液体のピンチオフを防ぎ、長時間同じ場所に保持することは、産業効率を高め、無駄を少なくするためSDGsの達成にも大きく貢献すると考えられます。
【用語解説】
(注1)プラトー境界(Plateau Border):泡沫中の気泡同士を結ぶ液体でできた流路のこと。
(注2)排水:重力の影響により、泡沫中で液体が下に輸送されること。その結果、泡沫の上の方は液体分率の低い乾いた泡沫に、下の方では液体分率の高い湿った泡沫になる。
(注3)ピンチオフ:水道の蛇口などに垂れ下がった液体がちぎれること。液体にかかる重力が、液体の表面張力よりも大きくなったときに起こることが知られている。
(注4)液体分率:単位体積の泡沫中に含まれる液体の体積。
【発表論文】
“Pinch-off from a Foam droplet in a Hele-Shaw cell”
Marie Tani and Rei Kurita
Soft Matter(2022)
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/SM/D1SM01268A
DOI: 10.1039/D1SM01268A
6.問合せ先
(研究に関すること)
東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻 助教 谷茉莉
TEL:042-677-2484 E-mail: mtani@tmu.ac.jp
(大学に関すること)
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部企画広報課広報係
TEL:042-677-1806 E-mail: info@jmj.tmu.ac.jp