【研究成果発表】一次元ナノ物質で構成されたバルク材料の熱を電気に変える性質を電界で自由に制御することに成功

理工学研究科 柳和宏准教授らの研究グループ

報道発表

 首都大学東京大学院理工学研究科 柳和宏准教授、中井祐介助教、真庭豊教授、東京理科大学工学部 山本貴博講師、早稲田大学理工学術院 竹延大志教授の研究チームは、物質が持つ熱を電気に変える性質であるゼーベック係数を、一次元ナノ物質で構成されたバルクな材料において、外部からの電界によって正にも負にも、更にその大きさを自由に制御することに成功しました。また制御した性質を保持させることにも成功しました。この技術は、高性能な熱電変換デバイスの開発に役立つことが期待されます。

図1

 電気を流す物質に温度差をつけると、その温度差に比例して電圧を発生する性質があります。これをゼーベック効果と呼び、この電圧の発生する大きさをゼーベック係数といいます。エネルギー資源の有効活用の観点から、現代において、ゼーベック効果を用いて発電する高性能な熱電変換素子の開発は極めて重要な課題となっています。性能の良い熱電変換素子をつくるには、温度差に対して正の電圧を発生する正のゼーベック効果が大きい物質と、負の電圧を発生する負のゼーベック効果が大きい物質の両方を開発することが重要でした。そのため、様々な化学処理を用いて、このゼーベック係数の符号や大きさを調整する物質開発が数多く行われています。

 しかし、そのアプローチで最適な解を見つけることは、数多くの要因が影響を及ぼすため、とても難しい作業です。化学処理ではなく、これまでも外部から電場を印加することにより系統的にゼーベック効果を制御する方法は提案されていましたが、バルクな物質のゼーベック効果の制御はできませんでした。

 本研究では、単層カーボンナノチューブがネットワークを形成したバルクな薄膜において、イオン液体を用いた電気二重層キャリア注入制御法注1)という手法を用いることにより外部から電場をかけ、その電圧を調整するだけで、バルク薄膜のゼーベック係数の符号と大きさを自由に制御できることを見出しました。

 更に、イオンを固定することにより、調整したゼーベック係数の符号と大きさを、電圧を外したあとでも保持させることにも成功しました。今後、この技術を用いて高性能の新規熱電変換素子の開発を行う予定です。

 

※本研究成果は、2014年10月10日付けで、米国の国際科学誌「Nano Letters」のオンライン版に掲載されました。
本研究の一部は、首都大学東京傾斜的研究補助金および日本学術振興会の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

研究の背景

 エネルギー資源の有効利用のため、熱として捨てられているエネルギーを電気エネルギーへと変換することができる熱電変換素子の性能を向上させることは極めて重要な課題である。熱電変換素子の性能を向上させるには、熱を電気に変換する性能をあらわすゼーベック係数が大きく、且つ、その正と負と符号が異なる材料を開発する必要がある。熱電能は次元性が小さくなると大きくなることが知られており、本研究チームは一次元系という熱電変換性能が最も良好になることが期待されている低次元ナノ材料を対象に研究を行ってきた。

 近年になり、半導体型単層カーボンナノチューブ(SWCNT)薄膜において、市販されているBiTeと同等の170μVK-1という巨大なゼーベック効果が現れることを発見した(Nakai et al. APEX 2014)。しかし、それを実際に利用するには、その極性(正・負)と大きさを精密に制御する必要があった。

研究の内容

図2

 極性の正負は、SWCNT中を流れる荷電粒子が電子(負の電荷)か正孔(正の電荷)かに依存する。流れる荷電粒子が電子か正孔かを選択するには、物質のフェルミレベルを伝導帯もしくは価電子帯にシフトさせる必要があった。また、SWCNTはその一次元性を反映して状態密度が発散するファンホーブ特異点が存在する。極めて大きなゼーベック係数を実現するには、このファンホーブ特異点近傍にフェルミレベルをシフトさせる必要があった。

 フェルミレベルをシフトさせる方法の一つとして、バックゲート法注2)という方法が知られている。しかし、バックゲート法では、バルクな薄膜状態を構成する全てのナノ物質のフェルミレベルを変化させることは不可能であった。 

 本研究では、イオン液体を利用した電気二重層キャリア注入制御という方法注1)を選択することにより、薄膜を構成する全てのSWCNTのフェルミレベルの位置を精密かつ連続的に変化させることに成功した。結果として、薄膜のゼーベック係数の正・負を制御し、かつ絶対値として約100μVK-1程度(室温)の大きなゼーベック係数を備える状態を正負両者に作ることが可能なことが分かった。

 更に、この電圧で最適化したゼーベック係数を、電気二重層を固定化(低温凍結)することにより、無電圧下においても性能を保持できることも見出した。

研究の社会的意義

 従来は、ゼーベック係数の極性や大きさを制御するために、様々な化学物質を用いた複雑な処理によって物質創製・物性制御を行っていた。電圧によって、ゼーベック係数を制御する方法は提案されていたが、これまでのバックゲート法ではバルク状態の材料の熱電物性を制御することは不可能であった。

 しかし本研究では、イオン液体を用いた電気二重層キャリア注入制御法を選択することにより、一次元ナノ物質で形成されたバルク薄膜において、外部からの電圧印加によりゼーベック効果の符号と大きさの両方が制御できることを見出した。このことは、本技術の応用により、ナノワイヤなどの一次元物質からなるバルク状態の材料の熱電物性を原理的に制御可能であることを意味している。よって、本技術により、熱電素子の性能を飛躍的に改善することが可能と期待される。

研究成果論文[英文]について

論文名

“Tuning of the Thermoelectric Properties of One-Dimensional Material Networks by Electric Double Layer Techniques using Ionic Liquids ”Nano Letters, DOI: 10.1021/nl502982f (2014) 

著者名

Kazuhiro Yanagi*, Shouhei Kanda, Yuki Oshima, Yoshimasa Kitamura, Hideki Kawai, Takahiro Yamamoto, Taishi Takenobu, Yusuke Nakai, Yutaka Maniwa

柳和宏、神田翔平、大島侑己、北村典雅、河合英輝、山本貴博、竹延大志、中井祐介、真庭豊

用語解説

図3

注1)イオン液体を用いた電気二重層によるキャリア注入制御

導体をイオンを含んだ溶液に浸し、電位勾配を形成すると、その電位勾配を打ち消すように、導体内の電荷と液体中のイオンが固液界面で再配列をする。その結果、電荷とイオンとが厚さ1nm程度の層を形成する。これを電気二重層と呼ぶ。電気二重層の形成により、導体内には電荷が蓄積される。電位勾配の正負によって、電荷の符号を制御することが可能であり、その結果、外部電場を制御することにより導体内のキャリア注入制御が可能である。この方法を用いて、二次元電子系の超伝導や磁性などの制御に成功した報告例がある。本成果は、イオン液体注3)を用いた電気二重層キャリア注入制御手法により、一次元ナノ物質薄膜の熱電物性の制御に成功した研究例と位置づけられる。

バックゲート法

絶縁体表面に存在するナノ物質に、裏面から電圧を印加することにより、そのナノ物質に電荷を注入する方法。高効率に電荷が注入されるのは、絶縁体表面に存在するナノ物質に限られるため、バルク薄膜を形成するナノ物質全てに電荷を注入することは不可能である。また電圧を外すと元の状態に戻ってしまう。

注3)イオン液体

陽イオン、陰イオン化合物のみからなる常温で液体状態の塩。

参考