日本アルプス3座の高山帯で調査したところ、山麓から風や飛行で運ばれて雪上に落下する節足動物と植生に生息する節足動物が豊富になる時期が異なることが分かりました。このずれは、繁殖する動物が採食場所を変えることで餌を得られる期間を延ばす「資源の波」を生み出していると考えられます。
山岳の森林限界より標高が高い地域に成立する高山帯は長い冬に特徴づけられ、そこに生息する鳥類などの動物は春から夏の短い期間に繁殖します。その期間の重要な餌となるのが、昆虫やクモなどの節足動物です。高山帯で繁殖する動物は、高山帯の植生に生息する節足動物に加え、標高の低い森林から風や飛行によって高山帯に運ばれ、雪上に落下する節足動物も餌として利用します。しかし、これらの餌資源が季節の進行とともにどのように入れ替わるのかは、分かっていませんでした。
本研究では、日本アルプスの立山、乗鞍岳、木曽駒ヶ岳の3座で2年間にわたり、5月下旬から8月上旬にかけて半月ごとに調査を行いました。それぞれの高山帯の雪上、ハイマツ低木林、草原で節足動物を採集し、節足動物のグループの組み合わせや節足動物全体での個体数と生物量の季節変化を比較しました。その結果、雪上ではアブラムシ類が、植生ではハエの仲間が多くを占めていました。個体数は、雪上で早い時期(6月)に、ハイマツ低木林では中頃(6―7月)に、草原では遅い時期(7―8月)にピークを迎えました。生物量も雪上では早い時期に多く、植生ではそれより遅れて増加し、ハイマツ低木林での増加が草原に先行しました。
餌が豊富になる時期が場所によってずれ、動物が採食場所を変えることで餌を得られる期間が延びる現象は「資源の波」と呼ばれます。本研究結果から、高山帯の鳥類なども採食場所を季節的に変えることで、この資源の波を利用して春先から真夏にわたり餌を得ている可能性が明らかになりました。高山帯の生物多様性を維持するうえで、残雪や植生が入り交じる環境が異なる時期に餌を供給する役割の重要性を示唆しています。
研究代表者
筑波大学生命環境系
飯島 大智 助教
東京都立大学大学院都市環境科学研究科
大澤 剛士 准教授
研究の背景
山岳の森林限界より標高の高い地域に成立する高山帯注1)は、低温、長い積雪期間、短い成長季節によって一次生産が強く制限されています。高山帯では、地形や積雪条件などに応じて、ハイマツ低木林注2)や高山草原、残雪などがモザイク状に分布しています(図1)。そこには、高山帯の環境に適応したさまざまな動物が生息しており、多くの固有種や希少種が含まれます。高山帯では雪解けが遅く、秋の訪れも早いため、鳥類などの動物はその短い期間に繁殖します。繁殖期に重要な餌となるのが、昆虫やクモなどの節足動物です。高山帯で繁殖する鳥類は、高山帯の植物の周辺に生息する節足動物に加え、標高の低い森林から風や飛行によって高山帯に運ばれ、雪上に落下する節足動物も餌として利用することが先行研究から分かっていました(Iijima and Murakami 2025 1))。しかしながら、これら雪上と植生上の節足動物が季節の進行とともにどのように入れ替わるのかは解明されてきませんでした。
研究内容と成果
本研究では、日本アルプスの立山(標高3,015m)、乗鞍岳(標高3,026m)、木曽駒ヶ岳(標高2,956m)の高山帯で2年間にわたり、5月下旬から8月上旬にかけて半月ごとに調査を行いました。高山帯の雪上、ハイマツ低木林、草原で節足動物を採集し、分類群注3)の組成や個体数、生物量注4)の季節変化を比較しました。さらに、環境(雪上・ハイマツ低木林・草原)、採集時期、山岳の緯度、天気が節足動物の個体数や生物量に与える影響を、統計モデルを用いて検証しました。
その結果、個体数では、雪上でアブラムシ類が、ハイマツ低木林と草原でハエの仲間が多くを占めていました。一方、生物量は、雪上でアブラムシ類、ハイマツ低木林でアワフキムシなどの頸吻亜目の昆虫、草原でハエの仲間が最も多いことが分かりました。統計モデルによって示された個体数のピークは、雪上では6月上旬から中旬、ハイマツ低木林では6月下旬から7月上旬、草原では7月中旬から8月上旬と、環境によって異なる時期に見られました(図2)。生物量も雪上では早い時期に多く、植生ではそれより遅れて増加し、ハイマツ低木林での増加が草原に先行しました。また、節足動物の個体数や生物量がピークを迎える時期は、南に位置する山岳ほど早い傾向があり、晴れの日に多くの節足動物が採集されました。
餌が豊富になる時期が場所によってずれ、動物が採食場所を変えることで餌を得られる期間が延びる現象は「資源の波(Resource waves)」と呼ばれます。本研究結果は、山麓から高山帯へ運ばれてくる節足動物と、高山帯の植生に生息する節足動物が、異なる時期の餌資源として補い合っていることを示唆しています。高山帯で繁殖する鳥類などの動物は、季節に応じて雪上、ハイマツ低木林、草原へと採食場所を変えることで、この資源の波を利用し、春先から真夏にわたり餌を得ている可能性があります。さらに、融雪時期や気温が異なる三つの山岳の高山帯いずれでも、雪上、ハイマツ低木林、草原という環境間で餌資源の豊富な時期がずれる傾向が共通して見られました。このことから、雪上と植生が生み出す資源の波は、日本のさまざまな山岳で、高山帯の動物の餌資源を支える重要な仕組みである可能性があります。
今後の展開
本研究により、高山帯の雪上と植生では、鳥類などの餌となる節足動物が異なる時期に豊富になることが分かりました。この結果は、高山帯の生物多様性を維持するうえで、残雪、ハイマツ低木林、草原が入り交じる環境が担っている、繁殖期を通じて餌資源を補い合う役割の重要性を示唆しています。今後は、この「資源の波」が高山帯の動物の繁殖に果たす役割や、温暖化の進行やそれに伴う融雪の早期化による資源の波の変化が繁殖に及ぼす影響を明らかにすることで、高山帯の動物の繁殖を支える仕組みと、気候変動に対するその脆弱性の解明につながることが期待されます。
参考図
図1.調査を実施した立山の高山帯の景観 高山帯には残雪、ハイマツ低木林、草原がモザイク状に分布している。植生がある場所で、特に深緑色に見えるのがハイマツ低木林である。
図2.環境ごとの節足動物の個体数の5月下旬から8月上旬にかけた変化 高山帯の雪上(左)、ハイマツ低木林(中央)、草原(右)における節足動物の個体数の季節的な変化と、山岳(色)および年(形および線の種類)の違いを示す。縦軸は節足動物の個体数を、横軸は調査を実施した日付を示している。線は統計モデルで推定された節足動物の個体数の季節変化を示し、線の背景色は、統計モデルで推定された95%信頼区間を示す。
参考文献
1)Iijima Daichi & Murakami Masashi (2025) Alpine birds in a sky island: resource subsidies from foothill areas. Ecology 106: e70037.
用語解説
注1)高山帯(Alpine zone)
山岳の森林限界より標高が高い場所に成立する植生帯で、高木が森林を形成できない地域。本州中部では標高約2,500m以上に成立する。
注2)ハイマツ低木林(Japanese stone pine scrub)
日本の高山帯を代表する植生の一つで、常緑針葉樹のハイマツPinus pumila葉 が優占する低木林。
注3)分類群(Taxonomic group)
生物を共通する特徴に基づいて分類したグループ。種、属、科、目などさまざまな分類上のまとまりを含む。
注4)生物量(Biomass)
生物の量を重さで表したもの。本研究では、分類群ごとの体長と重さの関係式を用いて、採集した節足動物の体長から推定した。
研究資金
本研究は、科研費による研究プロジェクト(23KJ1792、24K18193)の一環として実施されました。
掲載論文
【題 名】 Resource waves across snowpacks and alpine vegetation extend seasonal resource availability in alpine ecosystems.
(雪上と植生にまたがる資源の波が、高山生態系における餌資源の利用可能期間を延ばす)
【著者名】 D. Iijima, and T. Osawa
【掲載誌】Journal of Animal Ecology
【掲載日】2026年10月29日
【DOI】 10.1111/1365-2656.70371
問合わせ先
【研究に関すること】
飯島 大智(いいじま だいち)
筑波大学生命環境系 助教
TEL: 029-853-7075
Email: iijima.daichi.gm@u.tsukuba.ac.jp
URL: https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000005010
【取材・報道に関すること】
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