高性能熱電材料の「理想の電子構造」を定量化 ― バンドギャップ・バンド端縮重・キャリア濃度の設計指針を提示 ―

報道発表

1.ポイント

  • 石油や天然ガスなどから得られるエネルギーの約60%は、利用されない熱として失われている。
    熱電変換(注1)は、こうした未利用熱を電気に変換する技術であり、近年、変換効率が飛躍的に向上したことで大きな注目を集めている。
  • 本研究では、ボルツマン輸送理論(注2)に基づく数値計算を用い、熱電材料を高性能化するための「理想の電子構造」を定量的に明らかにした。
  • 本研究で得られた材料設計指針を第一原理計算や電子構造評価技術と組み合わせることで、高性能熱電材料の効率的な開発につながると期待される。

2.概要

石油や天然ガスなどから得られるエネルギーの約60%は、発電所や工場、自動車、電子機器などにおいて利用されない熱として失われています。熱電変換は、こうした未利用熱を電気に直接変換できることから、発電方法の選択肢を広げる技術として注目されています。そのため、より効率よく発電できる熱電材料の開発が世界的に進められています。熱電材料の性能向上に向けては、材料に微量の元素を添加し(元素ドーピング)、電子の状態を制御する「バンドエンジニアリング」が広く研究されてきました。特に2010年代以降、この手法によって多くの熱電材料の変換性能が飛躍的に向上しています。しかし、「バンド端(注3)をどこまで近づけるべきか」「高温で性能低下を抑えるにはどの程度のバンドギャップ(注4)が必要か」といった定量的な設計指針は十分に整理されていませんでした。
東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻の服部裕也助教、水口佳一教授、電気通信大学大学院 情報理工学研究科 基盤理工学専攻の臼井秀知准教授の研究チームは、ボルツマン輸送理論に基づく数値計算を用いて、バンド構造の各パラメーターを個別に変化させ、熱電性能への影響を体系的に調べました。その結果、熱電材料を高性能化するための理想的な電子構造に関する定量的な設計指針を明らかにしました。具体的には、高温で熱電変換性能を低下させるバイポーラ効果(注5)を抑えるために必要な動作温度とバンドギャップの関係を定量的に示しました。さらに、代表的な熱電材料の実験データからも、この関係が支持されました。また、バンド間散乱(注6)が小さい場合には複数のバンド端をそろえることが最適であることを示しました。さらに、格子熱伝導率(注7)が低い材料ほど最適なキャリア濃度(注8)が低くなることを数値計算により明らかにしました。
これらの成果は、材料探索やドーピング条件の最適化に向けた定量的な設計指針を与えるものであり、試行錯誤に依存してきた熱電材料開発の効率化につながると期待されます。
本成果は、2026年7月18日(日本時間)に国際学術誌「Materials Today Advances」に掲載されました。本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:24KJ0227、24K08231)の支援を受けて行われました。

3.研究の背景

熱電材料は、材料の両端に温度差を与えると電圧が生じるゼーベック効果を利用して、熱を電気に直接変換する材料です。熱電変換性能は、無次元の熱電性能指数(注9)zT=σS2 T/(κel+κlat) によって評価されます。ここで、σは電気伝導率、Sはゼーベック係数、Tは絶対温度、κelは電子が運ぶ熱の伝導率、κlatは結晶格子の振動が運ぶ熱の伝導率です。zTを高めるには、電気伝導率σとゼーベック係数の絶対値|S|を大きくし、熱伝導率κel+κlatを小さくする必要があります。しかし、これらの物性は互いに強く関係しており、一つを改善すると別の性質が悪化しやすいという課題があります。
この課題に対し、電子構造を制御して性能向上を目指すバンドエンジニアリングが広く研究されています。なかでも、同種キャリアを担う複数のバンド端を近づける「バンド端縮重(注10)」は、電気伝導に寄与できる電子状態を増やす有力な手法です。2011年にPbTe系材料で高性能化が報告されて以降、さまざまな熱電材料に展開され、大幅な高性能化が達成されてきました。
一方、実験だけでバンド端縮重の効果を切り分けて評価することは容易ではありません。一般に、元素ドーピングによってバンド端同士のバンドオフセットΔEを変化させると、バンドギャップ、有効質量、キャリアの散乱時間、化学ポテンシャルなども同時に変わります。このため、観測された熱電性能の向上が、バンド端縮重そのものによるものか、他の要因によるものかを区別することは極めて困難です。そこで本研究では、複数のバンドパラメーターを独立に変化させられる単純化したモデルを用い、特定の材料に依存しない一般的な設計指針の構築を目指しました。

4.研究の詳細

本研究では、熱電材料PbTeの電子構造を参考にした二つの放物線型バンドからなるモデルを構築し、ボルツマン輸送理論により、電気伝導率σ、ゼーベック係数S、電子熱伝導率κel、熱電性能指数zT=σS2 T/(κel+κlat)を計算しました。バンド端の位置、バンドギャップ、化学ポテンシャル、格子熱伝導率などを一つずつ独立に変化させることで、それぞれが熱電性能に与える影響を切り分けて評価しました。
まず、高温で電子と正孔が同時に流れるバイポーラ効果を抑えるために必要なバンドギャップを調べました。その結果、バンドギャップEgは、ゼーベック係数Sに対してEgBT(注11)、電子熱伝導率κelに対してEg;BTを満たす必要があることが分かりました(図1(a))。さらに、11種類の代表的な熱電材料の実験データを解析したところ、ゼーベック係数にバイポーラ効果が現れ始める温度TBP とバンドギャップの間にTBPEg/(B)の関係が見出され、数値計算で得られたBT則が実験的にも支持されました(図1(b))。
次に、複数のバンド端の位置関係が熱電性能に与える影響を調べました。バンド間散乱が小さい場合には、バンドオフセットΔEをほぼゼロにしてバンド端をできるだけそろえることが、zTを最大化する条件であることを示しました(図2(a))。これは、複数のバンド端が同じエネルギーに近づくことで、電気伝導に寄与できる電子状態が増えるためです。
さらに、格子熱伝導率κlatと最適なキャリア濃度の関係を調べました。格子熱伝導率が低くなるほど、熱電性能を最大にする化学ポテンシャルμoptはバンドの内部からバンドギャップ側へ移動し、最適なキャリア濃度は低くなることが分かりました(図2(b))。この結果は、格子熱伝導率が極めて低いSnSeのような材料では、過剰なドーピングを避け、比較的低いキャリア濃度となるようにドープ量を調整することが重要であることを示しています。

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図1. (a) バンドギャップEgを変化させたときのゼーベック係数Sと電子熱伝導率κelの変化。一般に、バンドギャップEgが大きいほどバイポーラ効果は生じにくくなる。SについてはEg5kBTκelについてはEg7kBTを満たせば、バイポーラ効果による|S|の減少を5%以下、κelの増加を10%以下に抑えられることが分かる。 (b) さまざまな熱電材料の最適組成における、バイポーラ効果が現れる温度TBPのバンドギャップEg依存性。データはおおむねTBP=Eg/(B)の直線に沿う。なお、文献の測定温度範囲内でバイポーラ効果が確認されなかった物質は、測定範囲の最高温度にプロットし、矢印を付した。

 

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図2. (a) 無次元性能指数zTの化学ポテンシャルμ依存性を、さまざまなΔEについて計算した結果。ΔEはバンド端同士のエネルギー差を表し(挿入図)、ΔE=0で最大のzTが得られることを数値計算により示した。また、ここではバンド間散乱を考慮していない。 (b)zTを最大化する化学ポテンシャルμoptの格子熱伝導率κlat依存性。多くの熱電材料の格子熱伝導率は、おおむね0.1 Wm-1K-1κlat<10 Wm-1K-1の範囲にある。

 

5.研究の意義と波及効果

本研究では、熱電材料において従来は経験的に議論されることが多かった材料設計指針に対して、「動作温度に対する必要バンドギャップEg」「バンド端間の最適なバンドオフセットΔE」「格子熱伝導率に応じた最適化学ポテンシャルμopt」を定量的な設計指針として明示しました。
材料データベースや第一原理計算を用いた候補物質探索での活用例として、デバイスの動作温度Tに対してEg≥5ΚBTまたはEgBTを満たすか、活用したいバンド端が化学ポテンシャルからBTの範囲内にあるかを、初期スクリーニングの基準として利用できます。また光電子分光などの電子構造評価技術と組み合わせることで、得られた材料の化学ポテンシャルμやバンドオフセットΔEが最適か、また最適化させたときにどの程度の性能指数zTが得られるかを予想することができます。今後、本研究で得られた材料設計指針をこれらの技術と組み合わせることで、経験と試行錯誤に依存していた熱電材料開発から、定量的な設計指針に基づく材料開発への移行を促し、高効率な材料開発が可能となることが期待されます。

6.用語解説

(注1)熱電変換 
材料に温度差を与えたときに電圧が生じる現象を利用し、熱と電気を直接変換する材料・技術。発電に加えて、電流を流して冷却するペルチェ冷却にも利用される。

(注2)ボルツマン輸送理論 
電子の速度、状態数、緩和時間などから、電気伝導率、ゼーベック係数、電子熱伝導率などを計算する理論的枠組み。

(注3)バンド構造・バンド端・バンドエンジニアリング
バンド構造とは、結晶中の電子が取り得るエネルギーと運動状態との関係を表したものである。半導体には、主に電子が移動する伝導帯と、正孔が移動する価電子帯があり、伝導帯の最低エネルギー付近と価電子帯の最高エネルギー付近を、それぞれバンド端と呼ぶ。バンドエンジニアリングとは、電子や正孔の通り道に相当するバンド構造を意図的に変化させることで、材料の性能向上を目指す設計手法である。

(注4)バンドギャップEg半導体の価電子帯と伝導帯の間にある、電子状態が存在しないエネルギー範囲。バンドギャップが小さい場合、高温で電子と正孔の両方が増え、バイポーラ効果が生じてzTが減少する。

(注5)バイポーラ効果 
高温で電子と正孔の両方が熱電輸送に寄与する現象。両者のゼーベック効果が打ち消し合い|S|が減少し、電子熱伝導率κelが増えるため、熱電性能指数zT=σS2 T/(κel+κlat) を低下させる。

(注6)バンド間散乱
異なるバンドに属する電子状態の間でキャリアが散乱される現象。強い場合にはキャリア移動度が低下し、バンド端縮重による性能向上が弱まることがある。

(注7)電子熱伝導率κel・格子熱伝導率κlat

材料中の熱は、電子・正孔によって運ばれる成分と、原子の振動(フォノン)によって運ばれる成分に分けられる。前者を電子熱伝導率κel、後者を格子熱伝導率κlatと呼ぶ。

(注8)化学ポテンシャルμ・キャリア濃度

化学ポテンシャルは、電子の占有状態を決めるエネルギーの基準で、絶対零度ではフェルミエネルギーに一致する。半導体では元素置換(ドーピング)により化学ポテンシャル位置を調整でき、化学ポテンシャルがバンドの内部へ深く入るほど、電子または正孔の濃度は増加する。

(注9)熱電性能指数zT

熱電材料の変換性能を示す無次元の指標。電気伝導率σ、ゼーベック係数S、温度T、電子熱伝導率κel、格子熱伝導率κlatからzT=σS2 T/(κel+κlat) と表され、一般に値が大きいほど高性能である。

(注10)バンド端縮重 

複数のバンド端のエネルギーを近づけ、同時に電気伝導へ寄与できる状態を増やす電子構造制御。熱電材料の性能を高める代表的な戦略の一つ。

(注11)ΚBT

温度Tにおいて粒子がもつ熱エネルギーの目安。ΚBはボルツマン定数。

7.論文情報


掲載誌:Materials Today Advances

タイトル:Ideal band structures for high-performance thermoelectric materials with band convergence

著者:Yuya Hattori(責任著者), Hidetomo Usui, Yoshikazu Mizuguchi

DOI:10.1016/j.mtadv.2026.100896

URL:https://doi.org/10.1016/j.mtadv.2026.100896

8.問い合わせ


(研究に関すること)
東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻 助教 服部 裕也
TEL:042-677-2489 E-mail:yhattori@tmu.ac.jp

(東京都立大学に関すること)
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国立大学法人 電気通信大学 総務部 総務企画課 広報係
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理学研究科 物理学専攻 服部 裕也 助教