【本研究のポイント】
- ノコギリクワガタ類は、伊豆諸島において、本土から遠い島ほどオスの“武器”である大アゴ(おおあご)が小型化し、最南端の八丈島の集団で最も顕著に縮小していた。
- ノコギリクワガタの全ゲノム配列を解読し、本土と伊豆諸島の集団間で比較した。
- ハチジョウノコギリでは、成長因子であるインスリンの受容体遺伝子(InR2注1))が大アゴサイズ縮小をもたらした遺伝子の一つであることを示した。
- 本土集団から伊豆諸島中間集団へは遺伝子流動注2)が生じていたが、八丈島の集団は14.9万年前からこれらの集団から隔離され、固有の遺伝的特徴を持っていた。
- 強力な海流である黒潮の過去の流路変動が八丈島へのノコギリクワガタの流入を阻むようになった、という”黒潮制限仮説”を提唱した。
【研究概要】
名古屋大学大学院理学研究科の岸野 紘大 博士後期課程学生、岡田 泰和 教授、東京都立大学、九州大学の研究グループは、伊豆諸島に生息するノコギリクワガタ類を対象として、集団間の遺伝子の流れ(遺伝子流動)の歴史が、オスの“武器”である大アゴの進化とどのように関連するのかを、全ゲノム解析と遺伝子機能解析を組み合わせて明らかにしました。
日本全国に広く分布するノコギリクワガタは、大型の個体は湾曲した大きな大アゴを持ちますが、海洋島群である伊豆諸島の南端、八丈島に生息するハチジョウノコギリクワガタは大アゴが小型化し、湾曲はほとんど見られません。伊豆諸島では、本土から遠い島ほど相対的な大アゴサイズが小さくなり、八丈島の集団で最も縮小していました。さらに、全ゲノム解析の結果、伊豆諸島の中間に位置する島々の集団は、本土の集団からの遺伝子流動を受けていた一方で、八丈島の集団は約14.9万年前から本土や伊豆中間諸島の集団から隔離され、ゲノム中に固有の遺伝的変異を蓄積していました。八丈島固有の変異を持っていた遺伝子の一つ、インスリン受容体遺伝子 (InR2)の機能抑制を本土ノコギリクワガタで行うと、大アゴサイズが小さくなることを明らかにし、インスリン受容体が大アゴサイズ縮小をもたらした遺伝子の一つであることを示しました。
隔離(遺伝子流動の停止)が、島特有の環境で性選択形質注3)を迅速に進化させた可能性を、ゲノムと遺伝子機能の両面から示しました。
本研究成果は2026年6月25日18時(日本時間)付で、国際科学雑誌『Molecular Ecology』で発表されます。
【研究背景と内容】
クジャクの羽やシカの角のような、配偶相手の獲得に役立つ「性選択形質」はしばしば巨大化し、我々の眼をも惹きつける生物の大きな特徴です。こうした性選択形質は、生息地域の環境に応じて、形や大きさの変異が見られることが多く、その多様性は、生物がそれぞれの環境にどのように適応していくか(局所適応注4))を読み解く有力な手がかりとなります。
集団間で遺伝子をやり取りする「遺伝子流動」は、適応的な変異を供給する“創造的な力”にも、集団間の遺伝的な違いを薄める“均一化の力”にもなりえます。しかし、性的形質では、遺伝子流動の歴史を全ゲノムレベルで解析し、形の違いを生み出す遺伝的特徴を明らかにする研究はごく限られていました。そこで研究グループは、日本全国に身近に見られ、大きな大アゴを持つノコギリクワガタと、ごく近縁ながら大アゴが顕著に小型化した八丈島の固有種ハチジョウノコギリクワガタに注目し、その違いを生み出す遺伝子を探索しました。
伊豆諸島は、本土に近接しながら海で隔てられた、形成からの時間が比較的新しい火山島が南北に並んでいます。島同士で植生が似通い、環境のばらつきが小さいことから、“進化の実験場”として理想的な舞台です。研究グループはまず、本土から大島・新島・神津島・八丈島へと連なる集団を対象に、体の大きさに対する大アゴの相対サイズを精密に計測しました。その結果、本土から南へ離れるほど大アゴは徐々に小さくなり、最南端の八丈島の集団では顕著に縮小していることが分かりました。八丈島の個体は頭部の幅や脚の一部も小さく、伊豆諸島の中でもとりわけ際立った姿をしていました(図1)。

図1 : 伊豆諸島における大アゴサイズの地理的傾向
(1): 本土および伊豆諸島各島の代表的なオス標本写真。
(2): 伊豆諸島の島々
(3): 各集団の体サイズ (前胸幅) と大アゴサイズの関係を示した散布図。本土から離れるにつれて大アゴサイズが減少し、八丈島の集団 (ハチジョウノコギリクワガタ) で最も顕著に縮小している。
続いて全ゲノム配列をもとに集団同士の類縁関係をたどると、母系遺伝するミトコンドリアDNAと、両親から受け継ぐ核ゲノムとで、推定される系統関係が食い違う「系統的不一致注5)」が見つかりました。核ゲノムでは八丈島の集団が伊豆諸島の他集団から明確に分かれており、独自の遺伝的特徴を進化させたことが分かりました (図2)。
では、なぜ八丈島だけがこれほど強く隔離されたのでしょうか。遺伝子流動を解析すると、本土から中間に位置する島々(大島・新島・三宅島)へは一方向の遺伝子の流入が続いていた一方、その流れは八丈島には及んでいませんでした。単純な「距離による隔離」では、八丈島だけが孤立しつつ中間の島々に交流が続く状況をうまく説明できません。研究グループは、日本列島の南岸を流れる強い海流「黒潮」の位置変動が影響したという仮説を考えています。氷期に黒潮が現在より南を流れていた時期に祖先集団が海を越えて八丈島へ渡り、その後に黒潮が北上して八丈島への生物の移動の強い障壁となったことで八丈島が取り残された、というシナリオが考えられ、これは地質学的な記録とも整合します。

図2: 本土から中間の島々への一方向の遺伝子流動
(1)ADMIXTURE(アドミクスチャー) 解析(祖先集団数を三つと仮定した場合)。各個体のゲノムが三つの祖先集団から受け継がれた割合(祖先割合)を色で示す。中間の島々(大島・新島・三宅島)は本土と八丈島の両成分を併せ持つ一方、八丈島の集団は独自の遺伝的成分のみで構成される。
(2)TreeMix(ツリーミックス)解析。枝の長さは遺伝的浮動量を、矢印とその太さは遺伝子流入の方向と寄与率を示す。本土集団から中間の島々への一方向の遺伝子流入が検出され、八丈島への流入は認められなかった。
この対照的な「遺伝子のつながりと断絶」が大アゴの進化とどう結びつくのかを探るため、ゲノム全体を集団間で比較したところ、八丈島で特異的にDNA配列が変化した195個の遺伝子が同定されました。これらには栄養の代謝や外骨格(クチクラ)の形成、性行動に関わる遺伝子が多く含まれていました。中でも研究グループが注目したのが、器官成長因子であるインスリンの受容体遺伝子 InR2 です。八丈島の InR2 領域には強い選択が働いた痕跡があり(遺伝的多様性が大きく低下)、ほかの集団には見られない二つのアミノ酸の変化が固定されていました。
この遺伝子が実際に大アゴの大きさを変えるのかを確かめるため、本土集団の幼虫を用いて InR2 の働きを抑える実験(RNAi注6)を行いました。InR2の機能抑制によって、オスの大アゴはサイズが小さくなり、八丈島型に近づきました。ゲノム解析で見つかった候補遺伝子が、武器のサイズ調節に関わることが、機能の面からも裏付けられました (図3)。

図3:遺伝子InR2の働きを抑えると、オスの大アゴが小型化する
(1): ゲノム全体の集団間分化(FST)スキャンに基づくベン図。各円は、三つの集団ペアにおいて FST 上位1%の高分化領域に含まれる遺伝子数を示し、195遺伝子を、八丈島集団で特異的に分化した遺伝子群として同定した。
(2): 各集団における InR2 のアミノ酸配列の比較。本土集団・中間の島々集団(大島・新島・三宅島)ではアミノ酸配列が完全に一致する一方、八丈島集団のみに2か所の非同義置換(Y451H・A529S)が固定されていた。
(3): 本土集団の幼虫で InR2の働きを抑えたオス(赤、n=13)は、対照個体(灰色、n=19)と比べて同じ体サイズでも大アゴが有意に小さくなった(散布図、共分散分析 p<0.001)。
最後に、なぜ島で大アゴを「手放す」ことが適応的だったのか、という問いが残ります。本土のノコギリクワガタは、クヌギやコナラなどの樹液に集まり、大きな大アゴでその餌場を防衛します。しかし、クヌギなどが自生しない伊豆諸島はこうした樹液場に乏しく、大きな大アゴを持つ利点は小さくなります。大アゴの縮小は、こうした島ならではの資源環境への適応と考えられます。総じて本研究は、分布の周縁に位置する集団で遺伝子流動が止まることが、島環境への局所適応を強め、性選択形質の迅速な進化を引き起こした可能性を、ゲノムと遺伝子機能の両面から描き出した成果といえます。
【成果の意義】
本研究は、周縁集団における遺伝子流動の停止が、島環境への局所適応を通じて性的形質の進化を引きおこした可能性を、ゲノム情報と機能実験の両面から示しました。また 、生物の適応進化が集団間の“遺伝的なつながりと断絶”のダイナミクスによって形づくられる実例を示すものです。
伊豆諸島は、本土に近接しつつ段階的に隔離の度合いが異なる島々が直線状に並ぶ、世界的にもまれな環境で、様々な生物が独自の進化を遂げています。ノコギリクワガタ類を用いた本研究は、性的形質の進化や島嶼(とうしょ)生物学において大きな意義を持ち、地域集団の多様性を理解する重要な研究です。
【用語説明】
注1)InR2(インスリンレセプター2):
インスリンシグナルは、体内の栄養状態を細胞や器官に伝え、成長や代謝を制御する経路で、一部の昆虫ではオスの武器の成長を促進することが知られている。InR2 はその情報を受け取る受容体の一つで、機能阻害によってこのシグナル伝達が抑制される。
注2)遺伝子流動:
集団間で個体の移動・交配を通じて遺伝子(対立遺伝子)がやり取りされること。適応的な変異を供給する一方、集団間の違いをならす“均一化の力”にもなりうる。
注3)性選択形質:
配偶相手の獲得における異性へのアピールや同性間の競争によって進化した形質。クワガタのオスの大アゴ、シカの角、クジャクの羽など多くの動物に見られる。しばしば著しく誇張される一方、環境に応じて縮小・消失することも多い。
注4)局所適応:
それぞれの地域・環境に応じて、その場所で有利な性質へと集団が進化すること。
注5)系統的不一致:
母系遺伝する細胞小器官のゲノムと、両親から受け継ぐ核ゲノムとで、推定される集団間の類縁関係が食い違う現象。過去の交雑や二次的接触の痕跡を示すことがある。
注6)RNAi(RNA干渉):
特定の遺伝子の働きを人為的に抑える実験手法。遺伝子の機能を検証できる。
【論文情報】
雑誌名:Molecular Ecology
論文タイトル:Cessation of Gene Flow Associated with the Reduction of a Sexually Selected Phenotype in the Island Stag Beetle
著者:岸野 紘大(名古屋大学), 及川 優介 (九州大学), 若宮 健 (東京都立大学), 荒谷 邦雄(九州大学), 細谷 忠嗣(日本大学), 井戸川 直人(名古屋大学), 野澤 昌文(東京都立大学), 加藤 雄大(東京都立大学), 岡田 泰和(名古屋大学)
DOI:10.1111/mec.70435
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院理学研究科
博士後期課程2年 岸野紘大(きしの こうだい)
TEL:052-789-2979
E-mail: kishino.kodai.s1@s.mail.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学大学院理学研究科
教授 岡田泰和(おかだ やすかず)
TEL:052-789-2980
E-mail: okada.yasukazu.i7@f.mail.nagoya-u.ac.jp
【報道連絡先】
名古屋大学総務部広報課
TEL:052-558-9735 FAX:052-788-6272
E-mail:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp
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