【研究発表】⾼効率かつ⾼耐久で円偏光を⽰す新規発光ラジカルを開発 3Dディスプレイ、バイオイメージング、レーザー応⽤に期待

報道発表
ポイント

① 新たな赤~近赤外領域で円偏光発光*1するキラルラジカルの開発に成功し、従来材料と比べておよそ100倍の耐久性、30倍の発光効率*2を持つことを実証
②     発光ラジカル*3では初となるレーザー発振の前段階である「ささやきの回廊モード(WGM) *4」での共振発光を観測
③     3Dディスプレイ、バイオイメージング、レーザーや量子情報科学分野への応用に期待

概要

 赤色から近赤外領域で円偏光発光(CPL)を示すキラル*5な有機小分子(SOMs)は、3Dディスプレイやバイオイメージングなどへの応用が期待され注目されています。しかし、これまでに報告されているCPL材料の発光は青~緑色に集中しており、赤~近赤外領域のCPL材料は多くありません。その主な要因として、広いπ共役系を有するキラル分子の合成が困難であることや、一般には赤~近赤外の発光では理論的に発光が起こりにくく発光効率(PLQY)が低いことが挙げられます。九州大学 先導物質化学研究所のアルブレヒト建准教授、大学院総合理工学府博士課程2年の中村和宏、東京都立大学 石割文崇准教授、京都大学 福井謙一記念研究センターの佐藤徹教授、筑波大学 数理物質系の櫛田創助教、産業技術総合研究所 分析計測標準研究部門の細貝拓也上級主任研究員らの研究グループは、プロペラキラリティー*6を有する新しいキラル発光ラジカルを開発しました。本材料は、従来の発光ラジカル材料と比較して、30倍程度の高い発光効率(PLQY)及び100倍程度の高い光安定性を示し、室温ではほとんどラセミ化*7しないことが確認されました。加えて、深赤色である波長700 nm付近でCPLを示すことが確認されました。また、本ラジカルをポリスチレン微粒子に導入することで、「ささやきの回廊モード」(WGM)と呼ばれるレーザー発振の前段階となる共振発光が発光ラジカルとして初めて観測されました。今回開発した材料は3Dディスプレイ、バイオイメージング、レーザーや量子情報科学分野への応用が期待されます。
 本研究成果はドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に2026年4月24日(現地時間)にオンライン掲載されました。

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参考図 開発したキラル発光ラジカルの(左)発光写真(中)構造(右)WGM発光のスペクトルと概念図

【研究の背景と経緯】

 円偏光発光(CPL)材料は、3Dディスプレイやバイオイメージングなどへの応用が期待されており、高い発光効率(PLQY)と円偏光発光異方性因子(glum*8を兼ね備えた材料の開発が求められています。CPLを示す分子は主にキラルな希土類錯体、高分子、有機小分子(SOMs)に分類されますが、中でもSOMsは、分子設計により発光波長を制御しやすく、高いPLQYを得やすいことから注目を集めています。しかし、赤から近赤外領域でCPLを示すSOMsは依然として多くありません。これは、π共役を大きく拡張したキラル分子の合成が困難であることや、励起状態と基底状態のエネルギー差が小さいため、無輻射失活*9が起こりやすく発光効率(PLQY)が低いことが挙げられます。
 近年、発光ラジカルは高効率な赤から近赤外の発光を比較的容易に実現できることから新しい材料として注目されています。代表的な発光ラジカルであるTTMラジカル(図1左)はプロペラキラリティーを有することからCPL材料への応用が検討されていました。しかし、TTMラジカルはラセミ化障壁が低く、室温で速やかにラセミ化が進行します。また、ラセミ化障壁を高くしたTTBrM(図1右)も報告されていますがこれらのラジカルは発光効率が低く、光照射下における安定性が低いという問題を抱えていました。

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図1 TTMラジカル(左)とTTBrMラジカル(右)の構造、発光効率、発光波長、円偏光発光輝度

【研究の内容と成果】

 我々の研究グループは、高いラセミ化障壁を有する発光ラジカル(TTBrM)にカルバゾールをドナーとして導入することで、発光効率と安定性を飛躍的に向上させた一連の分子(CzTTBrM、2CzTTBrM、3CzTTBrM)を合成しました(図2)。
 その結果、これらの分子は電荷移動(CT)状態を介して赤色から近赤外領域の発光を示し、従来材料の30倍以上となる最大76%という高い発光効率と約100倍となる高い光安定性を達成しました。また、カルバゾールの数が増えるとラセミ化障壁が高くなることがわかりました。これらのキラル発光ラジカルは、700 nm付近の赤から近赤外領域でCPLを示し(図3)、その円偏光発光輝度(BCPL*10は従来のTTBrMの約10倍に向上しました。
 これらの発光ラジカルをポリスチレン微粒子に導入することで、「ささやきの回廊モード」(WGM)と呼ばれるレーザー発振の前段階となる共振発光が観測されました。発光ラジカルにおいてこの現象が確認されたのは初めてであり、本研究はスピン、キラリティー、発光を統合した新しい材料設計の指針を示すことで、3Dディスプレイ、バイオイメージング、レーザーや量子情報科学分野への応用展開が期待されます。

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図2 CzTTBrM(右)、2CzTTBrM(中央)、3CzTTBrM(左)の発光効率、発光波長、円偏光発光輝度

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図3 (a)CzTTBrM、(b)2CzTTBrM、(c)3CzTTBrMの円偏光発光(CPL)スペクトル

【今後の展開】

 本研究は、高効率・高安定なキラル発光ラジカルの新たな設計指針を提示するものであり、発光波長や光機能を自在に制御できる材料開発への展開が期待されます。例えば、開発したキラル発光ラジカルを有機EL素子の発光材料として用いることで3Dディスプレイデバイスやレーザーなどの次世代光デバイスの実現が期待されます。赤色―近赤外の発光は生体透過性が高いことからバイオイメージング材料としての展開も期待されます。発光ラジカルは電子スピンを持っていることから量子ビットや量子センシング材料などの量子情報科学分野への応用も期待されます。

【用語解説】

(※1) 円偏光発光 
自然光には右回転と左回転の偏光が同じ割合で含まれている。左右の円偏光発光強度に差が生じる現象のこと。

(※2)発光効率
発光材料の発光効率は通常、発光量子収率として定義される。発光量子収率は吸収された光子数に対して放出された光子数の割合で表され、0から100%までの値をとる。発光量子収率は英語ではPhotoluminescence Quantum Yield呼ばれPLQYと略される。

(※3)発光ラジカル
ラジカルは電子を奇数個持つ分子や原子の総称であり、一般的には不安定で非発光性である。これに対し、例外的にTTMなどの発光ラジカルが知られており、近年新しい材料カテゴリーとして注目を集めている。

(※4)ささやきの回廊モード(WGM) 
ロンドンの聖ポール大聖堂では、ささやいた声が壁に沿うことで遠くまで届く現象が知られている。これは音が壁面に沿って反射しながら閉じ込められ、減衰せずに伝わるためである。ささやきの回廊モード(WGM)はこの現象の光版に相当し、球状などの微小構造の内部で光が表面に沿って全反射を繰り返しながら周回し干渉することで、特定の波長の光が共鳴的に強められる。このような光の閉じ込めと共鳴増強は、レーザー発振を実現するための光の閉じ込め機構として重要な役割を果たす。

(※5) キラル(キラリティー)
分子構造の中には、鏡像と元の構造が一致しないものが存在する。このような性質を持つ分子はキラル分子と呼ばれ、その非対称性をキラリティーという。

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(※6) プロペラキラリティー
中心原子に結合した3つのフェニル環などのプロペラのねじれ方向によって、分子が右巻き(P)または左巻き(M)の形を取り、分子全体としてキラルな性質を示すこと。

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(※7) ラセミ化
キラル分子の中には、ある条件下で一方の鏡像へと変化し、結果として両者が等量混合した状態になり、性質の違いが打ち消し合って区別がつかなくなるものがある。このように、元の性質が失われてしまう現象をラセミ化という。

(※8)円偏光発光異方性因子(glum)
円偏光には右回りと左回りの2種類があり、どちらがどの程度強く発光しているか、すなわち左右の存在割合の違いとして現れる偏りを定量的に示す指標である。この偏りは、左回りの強度ILと右回りの強度IRを用いた非対称性因子gによって表され、g = 2 (IL-IR) / (IL+IR) で定義される。

(※9)無輻射失活 
光を放出せずにエネルギーを熱などとして失う現象。

(※10)円偏光発光輝度(BCPL) 
キラルな発光分子が CPL を放射する総合的な効率を表す指標。円偏光発光異方性因子(glum)、励起光の吸収効率に該当するモル吸光係数(ε)、発光効率(PLQY)の値が高いほど、高いBCPL値を示す(BCPL ε × PLQY×glum/2)。

【謝辞】

本研究はJSPS科研費(JP23K26719, JP23H03966, JP22K05253, JP24K23082, JP25K01850, JP24H00470, JP24H01693, JP24K17742, JP24KJ1764)、JST先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2334)、CREST(JPMJCR20T4)、ACT-X(JPMJAX23D8)の助成を受けたものです。

【論文情報】

掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
タイトル:Luminescent Donor-Acceptor Radical with Propeller Chirality: Bright and Photostable Red Circularly Polarized Luminescence and Whispering Gallery Mode Resonance
著者名:Kazuhiro Nakamura, Kenshiro Matsuda, Kosuke Anraku, Keiko Yamaoka, Taisuke Matsumoto, Fumitaka Ishiwari, Takeaki Zaima, Wataru Ota, Emiko Fujiwara, Tohru Sato, Yoshitaka Inoue, Soh Kushida, Yohei Yamamoto, Takuya Hosokai, Ken Albrecht
DOI:10.1002/anie.1914320

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九州大学 先導物質化学研究所 准教授 アルブレヒト 建(アルブレヒト ケン)
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都市環境科学研究科環境応用化学域 石割 文崇准教授

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