【研究発表】溶液と固体の状態で円偏光を発光するキラルな亜鉛錯体の開発に成功-溶液と個体とで円偏光の回転方向が反転 新たな発光デバイスへの応用に期待-

報道発表

 茨城大学大学院理工学研究科の西川浩之教授、森聖治教授、北里大学理学部の長谷川真士教授、京都府立大学大学院生命環境科学研究科の椿一典教授、東京都立大学大学院理学研究科の杉浦健一教授、筑波大学大学院数理物質科学研究科の志賀拓也准教授らの研究グループは、溶液および固体状態で円偏光を発光するキラルな亜鉛錯体の開発に成功しました。
 X線構造解析から、結晶中で亜鉛イオン周りの配位様式が異なる2種類の錯体が存在し、分子間の多数の相互作用による3次元的なネットワーク構造を取っていることがわかりました。この錯体は固体における発光量子収率が溶液に比べ約2倍大きく、凝集誘起増強発光(AIEE)を示しました。これは結晶中の3次元的な分子間相互作用による分子運動の抑制によるものと考えられます。また、溶液、固体ともに円偏光を発光しますが、円偏光の回転方向が溶液と固体で反転することを見出しました。
 円偏光を発光する発光デバイスは、三次元ディスプレイ、次世代の光情報通信、量子コンピューターなど幅広い分野への応用が期待されていることから、現在、活発に開発研究が行われています。今回の成果は、凝集状態で発光強度が大きい円偏光発光材料の開発であり、円偏光を発光する有機ELデバイスの開発につながることが期待されます。
 この成果は、2024年4月30日付で、英国王立化学会が発行するDalton Transactions誌のオンライン速報版に掲載され、Inside front coverに採択されました。

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【背景】

 光は電場および磁場が振動しながら進行する電磁波で、電場および磁場の振動が進行方向に対して回転する光を円偏光と言います。円偏光には光の進行方向に対して電場の振動面が右に回転する右円偏光と左に回転する左円偏光があります。円偏光を発光する有機ELデバイスであるCP-OLED(circularly polarized organic light emitting diode)は、三次元ディスプレイ、次世代の光情報通信、量子コンピューターなど広い分野への応用が期待されていることから、現在、活発に開発研究が行われています。CP-OLEDの開発は、通常の有機ELの発光層に円偏光発光(CPL; Circularly Polarized Luminescence)【注1】を示すキラルな発光材料を用いることによって行われています。CP-OLEDの特性を評価する指標として、外部量子効率や輝度といった有機ELとしての指標と、電界発光時のCPLの度合いを表すg値【注2】があります。これまでのところ有機ELとしての特性と円偏光発光デバイスとしてのCPL特性の両方を満足するCP-OLEDの報告例はなく、2つの特性がともに高いデバイスの開発が課題となっています。一般に有機物の発光材料は、溶液中のような孤立状態で強く発光しますが、凝集状態では消光する凝集起因消光(ACQ; aggregation caused quenching)【注3】が起こることが知られています。したがって、高いEL特性を持つCP-OLEDを開発するためには、凝集状態で強く発光するキラル【注4】なCPL材料の開発が必要です。本研究では、キラルなシッフ塩基型ビナフチル配位子が配位した亜鉛錯体(図1)を新たに合成し、粉末などの凝集状態でより強い発光を示す錯体の合成に成功しました。この錯体は溶液および固体ともにCPLを示しますが、円偏光の回転方向が溶液と固体で反転することを見出しました。

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図1.AIEEを示すキラルな亜鉛錯体
【研究手法・成果】

 本研究では、キラルな配位子として軸不斉を持つことで知られるBINOL(1,1’-bi-2-naphthol)から誘導されるシッフ塩基型配位子を合成し、酢酸亜鉛と反応させることによりキラルな亜鉛錯体R-ZnおよびS-Znを合成しました。結晶中では配位子が2分子配位した歪んだ四面体型錯体と、配位子2分子に加え溶媒分子であるメタノールが配位した歪んだ三方両錐型錯体が共存していることを明らかにしました(図2)。非対称な配位子が配位した四面体型および三方両錐型錯体では、中心金属まわりにΔとΛの光学異性が生じますが、今回の錯体ではR-体の配位子からはΔの、S-体の配位子からはΛの光学異性体のみが生成していることを確認しました。結晶中には錯体分子間に多くのCH…πおよびCH…O相互作用が存在し、3次元的なネットワーク構造を取っていました。
 この錯体の塩化メチレン溶液および粉末はともに黄色から黄緑色の発光を示しました。発光の量子収率は、塩化メチレン溶液が12%、粉末サンプルが26%であり、凝集状態での発光が単分散の発光より強くなる凝集誘起増強発光(AIEE)を示すことを明らかにしました(図3)。このAIEE特性は、固体中では多数の分子間相互作用が存在し、分子の運動が抑制されたためであると考えられます。さらにCPLスペクトルの測定から、溶液と粉末ではCPLスペクトルの符号が反転していることを見出しました。このCPLの符号の反転は、亜鉛イオンに配位している配位子のビナフチル部位の二面角が溶液と固体で異なることによるものと考えられます。あるいは、固体中では、溶媒分子であるメタノールが配位した配位様式が異なる錯体が共存していることに起因すると考えられます。

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図2.R-Znの分子構造、三方両錐錯体(左)、四面体錯体(右)
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図3.R-Znの吸収および発光スペクトル(左)、溶液、粉末、結晶の写真(右)
【今後の展望】

 今回開発したキラル亜鉛錯体は粉末状態で強い発光を示すことから、CP-OLEDのCPL発光材料としての利用が期待されます。CP-OLEDのELデバイスとしての特性の向上が見込まれれば、様々な分野への応用の可能性が大きく広がります。研究課題としては、CPL特性の指標であるg値が、既報の類似の亜鉛錯体の値と同程度(10-3~10-4)であること、錯体の安定性、特に薄膜に展開したときの安定性が高くないことがあげられます。今回の錯体のg値が高くなかった要因として、結晶構造中にキラルな分子配列がなかったことが考えられます。今後、本錯体の誘導体化を行うことにより、これらの研究課題の克服が期待されます。

【論文情報】

タイトル:Aggregation-induced enhanced fluorescence emission of chiral Zn(II) complexes coordinated by Schiff-base type binaphthyl ligands
著者:Daiki Tauchi, Katsuya Kanno, Masashi Hasegawa, Yasuhiro Mazaki, Kazunori Tsubaki, Ken-ichi Sugiura, Takuya Shiga, Seiji Mori, Hiroyuki Nishikawa
雑誌:Dalton Transactions
公開日:2024年4月30日

【研究助成】

本研究は、以下の事業・研究領域・研究課題の助成を受けました。
・科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP20K21167)
 研究課題「キラル誘起スピン選択性効果を利用した革新的発光デバイスの開発」
 研究代表者 西川浩之

・科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 JP21K05016)
 研究課題「量子化学・情報科学融合アプローチによる金属及び酵素触媒反応機構の解明」
 研究代表者 森聖治

・戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号 JPMJCR2001)
 研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」
 研究総括 赤木和夫
 研究者 西川浩之、長谷川真士、椿一典、杉浦健一

【用語説明】

【注1】円偏光発光(circularly polarized luminescence)

自然光は左回転と右回転の円偏光の割合が等しい光です。一方、左回転と右回転の円偏光の割合がどちらかに偏った光を円偏光といいます。発光現象がどちらかの円偏光に偏っている場合、円偏光発光といいます。

【注2】非対称因子g

円偏光発光の評価の指標として用いられる値で、総発光強度に対する左右円偏光成分の割合を表し、以下の式で定義されています。

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ここで、gは非対称因子、ILおよびIRは左および右円偏光の発光強度です。100%の左あるいは右円偏光のg値は±2となります。

【注3】凝集起因消光(ACQ; aggregation caused quenching)

一般に発光性の有機化合物の多くは、希薄溶液状態つまり発光分子が孤立した状態で強い発光を示します。一方、固体や薄膜などの凝集状態では発光強度が低下し、部分的にまたは完全に消光します。この現象のことを凝集起因消光といいます。ACQは分子間のπ‐π相互作用によるエキシマーの形成などによります。ACQとは逆に、凝集することにより発光を示す現象を凝集誘起発光(AIE: aggregation-induced emission)といいます。

【注4】キラル

ある物体(分子)の鏡像が元の物体(分子)と重ならないとき、その物体(分子)はキラリティー(不斉)を持ちます。キラリティーを持つ物体(分子)はキラルであると形容されます。

【問い合わせ先】

(研究内容について)
茨城大学大学院理工学研究科 西川浩之
TEL: 029-228-8366
E-mail: hiroyuki.nishikawa.sci@vc.ibaraki.ac.jp

(報道関係のお問い合わせ)
茨城大学 広報・アウトリーチ支援室(担当:山崎)
TEL:029-228-8008 FAX:029-228-8019
E-mail:koho-prg@ml.ibaraki.ac.jp

北里大学 総務部広報課
TEL:03-5791-6422 FAX:03-3444-2530
E-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp

京都府立大学 企画・地域連携課
TEL:075-703-5147
E-mail:kikaku@kpu.ac.jp

東京都公立大学法人 東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 FAX:042-677-1830
E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp

筑波大学 広報局
TEL:029-853-2040 FAX:029-853-2014
E-mail:kohositu@un.tsukuba.ac.jp

 

理学研究科化学専攻  杉浦 健一 教授

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研究発表資料(606KB)