【研究発表】“海”時々“陸”〜アジアモンスーン循環にチベット高原などの地表面状態が影響するのか〜

お知らせ
1 論文のポイント
●アジアモンスーンへの海と陸の影響を初めて分離:

日本を含むアジアの気候(気温・降水量変動)を理解・予測する上で、アジアモンスーン(※1)循環は重要です。エルニーニョ現象などによる海洋の状態がモンスーン循環に与える影響の重要性はよく知られており、季節予測(※2)にも応用されています。一方、大陸では、地表面状態(※3: 温度、土壌水分、雪)も、モンスーン循環に影響します。しかしながら、海洋と陸地はそれぞれ大気を通して連動しており、モンスーン循環への海洋・地表面のそれぞれの影響を切り分けて評価することは困難でした。そこで、海洋条件をそろえた多数アンサンブルの気候シミュレーションデータから、地表面影響の分離を初めて試みました。

●大陸の地表面状態のアジアモンスーン循環への影響は、“時々”顕著に:

アジアモンスーン循環は、チベット高原を中心としたユーラシア大陸と、インド洋や西太平洋の海洋との熱的なコントラストにより駆動されているため、大陸が晩春に暖かい時(冷たい時)はアジアモンスーンが強く(弱く)なります。海洋条件をそろえた多数アンサンブル実験から、地表面影響だけに着目したアジアモンスーン循環の変動を抽出しました。この影響は、“時々”顕著に現れることがわかりました。

●海の影響が弱い時に、陸が顕著に?:

この地表面状態の影響が“時々”顕著になることは、熱帯の東西方向の大規模な循環(ウォーカー循環)と関連づけることで説明することができます。これまでにも海洋の影響が弱い場合に、地表面の影響が顕著になる可能性は予想されてきましたが、実際に分離した解析は行われていませんでした。これについてのメカニズムの理解は、今後の課題でもあります。

本論文は、高橋 洋 博士(東京都立大学)、杉本 志織 博士(海洋研究開発機構)、佐藤 友徳 博士(北海道大学)の研究チームが、海面水温条件をそろえた多数の初期値アンサンブル(※4)気候シミュレーションデータを用いて、日本を含むアジアモンスーン域における、大陸の地表面状態がアジアモンスーン循環に、どの程度影響するのかについて詳細に解析したものです。本成果は、Springer Natureの『Climate Dynamics』に1月20日付けで掲載されました。


著者:高橋 洋1、杉本 志織2、佐藤 友徳3


1: 東京都立大学 都市環境科学研究科 2. 海洋研究開発機構 3. 北海道大学 大学院地球環境科学研究院

タイトル: Impact of spring land-surface conditions over the Tibetan Plateau on the early summer Asian monsoon using an AGCM large ensemble

リンク: https://doi.org/10.1007/s00382-023-07077-y

本研究は、JSPS科研費(19H01375, 20H02252, 22H00037)、環境再生保全機構の環境研究総合推進費 (JPMEERF20192004, JPMEERF20222002)などの助成を受けたものです。

 

2 背景

 世界の人口が集中するアジアモンスーン域における、夏季の降水量の1ヶ月先の予測は、社会的に重要な課題です。アジアモンスーン域では、対流圏下層に西風が吹き、これに伴い多量の降水がもたらされます。アジアモンスーン循環は、梅雨などを含めて日本の天候を直接的に説明する要素の一つです。
 概ね1週間より先の予測には、現在からその先へのシグナルの伝達(メモリ効果※5)が必要です。大気のメモリ効果は、1週間より短く、1週間より先の予測には、海洋や地表面の熱・水のメモリ効果が重要です。モンスーン循環は、海陸の温度差により駆動される循環のため、海洋の状態が重要ですが、同様に陸の地表面状態も影響を与えます。しかしながら、地表面状態の影響も指摘されているものの、十分に理解されていません。特に1ヶ月程度の時間スケールでは、モンスーン循環は、地表面のメモリ効果も予測に大きく貢献することが期待されます。
 地球では、海洋と陸地はそれぞれ大気を通して連動して変動しており、モンスーン循環への海洋・地表面の影響を分離して評価することは困難でした。そのため、海と陸、それぞれの役割は、十分にわかっていませんでした。大陸の影響を抽出する方法の一つとして、同じような海洋の状態で大規模アンサンブル実験を行うことで、大気と地表面の変動を統計的かつ物理的に解析する方法があります。今回は、海洋条件を一定にした多数アンサンブルの気候シミュレーションデータ(※6)解析から、アジアモンスーン循環への地表面の影響を抽出し、定量化を試みました。

3 研究の成果

 研究チームでは、チベット高原を中心としたユーラシア大陸の地表面状態(温度、土壌水分、雪)が、アジアモンスーン循環に与える影響のみを抽出し、海洋の影響を取り除いて解析しました。今回は、海洋条件を一定にした大規模アンサンブル気候実験データの平均を計算し、平均からの“ばらつき”を解析することで、地表面からアジアモンスーン循環への影響を抽出しました。このばらつきを、大気陸面相互作用系の内部変動(※7)と呼んでいます。
 その結果、地表面の影響が顕著になる条件、つまり、影響が強い年と弱い年の決定を司る条件があることがわかりました(図1, 2)。それは、夏季アジアモンスーンの循環が発達する晩春に、熱帯のウォーカー循環の一部が、アジアモンスーン循環を事前に形成・強化(もしくは補助)している場合に、陸の影響が弱い年となります。さらに、アジアモンスーン循環やウォーカー循環など地球規模の循環に影響を与えることで知られるエルニーニョ現象との関係を期待しましたが、これについては不明瞭でした。この点は、今後も研究が必要です。
 また、冬季や早春のチベット高原などユーラシア大陸の雪被覆によるアジアモンスーン循環への寄与についても、従来期待されていたようには検出されませんでした。これは、晩春の亜熱帯ジェット上の大気擾乱活動が、チベット高原などの地表面状態を変え、その状態がモンスーン循環を変えていたからです(図3)。したがって、地表面のメモリ効果は、従来の予想のように1ヶ月程度と推測されます。
 以上より、アジアモンスーン循環の変動には、海洋だけではなく地表面も寄与しており、”度々”海洋の影響が顕著で現れることに加えて、“時々”陸の影響が重要になると、私たちは結論づけました。

4 今後の展望

 アジアモンスーンの季節予報などに地表面の状態も重要である可能性が示唆されたため、地表面の状態の正確なモデリングは、アジアモンスーン予測を向上できると考えられます。日本の天候への直接的な影響も現在調査中です。一方で、海洋の影響の強弱は、エルニーニョ現象・ラニーニャ現象・インド洋ダイポール現象などと関連があると期待していましたが、明瞭な結果は得られませんでした。これに関しては、なぜあまり影響がないのかを詳しく研究する必要があると考えています。さらに、今回はモンスーン循環という大規模な気象現象を対象としましたが、地表面状態が、モンスーンの降水量変動や、豪雨など雨の降り方にも影響を与える可能性があり、それらもより詳しく調べる必要があります。

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図1:(左上)1997年の100個の実験を用いて計算したアンサンブル間相関係数で、6月のアジアモンスーン循環に影響する5月の地上気温を示す。同様に、(右上)は2002年、(左下)は2010年、(右下)は1998年。単位は、無次元。赤色に塗られた地域で、5月に地上の気温が高い(低い)と6月のモンスーンが強く(弱く)なる。1997年と2002年は共にエルニーニョ現象年であるが、結果が大きく異なる。

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図2:地表面状態からアジアモンスーン循環への影響の強さを表す指標の時系列を示す。値が大きい年は、地表面が暖かい(冷たい)ことでモンスーンが強まる(弱まる)という関係性が強いことを示す。

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図3:(左上)1997年の100個の実験を用いて計算したアンサンブル間回帰係数で、6月のアジアモンスーン循環に影響する5月の200hPa(上空約12,000 m)の風を示す。同様に、(右上)は2002年、(左下)は2010年、(右下)は1998年。単位は、m/s。5月のチベット高原付近の高気圧性循環(時計回りの循環)は地表面状態を変え、それが6月のモンスーン循環に影響を及ぼす(1997年と2010年など)。

【用語解説】

※1 アジアモンスーン: 気候学では、一般的に、南アジア、東南アジア、北西太平洋、東アジアを含めた地域の気候システムやその循環を指します。日本は東アジアモンスーンが卓越する地域に含まれます。

※2 季節予測: 天気予報よりも先の予報で、大気循環だけではなく、海洋や陸が重要な役割を果たす予測です。

※3 地表面状態: 地表面温度、土壌水分、雪被覆など地表面の状態を指します。地上の気温は、地表面状態の影響を強く受けます。同様に、海上の気温は、海面水温の影響を強く受けます。

※4 初期値アンサンブル: 大気などの運動で特徴的なカオス性を利用し、初期値に初期摂動を与えることで、似たような条件下で多数の実験を行い、予測の不確実性を評価する手法です。天気予報などにも使われています。

※5 メモリ効果: 現在の熱や水分の状態の記憶が、陸や海のような熱容量の大きな媒体に維持され、再び大気に影響を及ぼす効果を指します。

※6 多数アンサンブルの気候シミュレーションデータ: 100回のアンサンブル気候シミュレーションデータです。具体的には、大気大循環モデルによる大規模アンサンブル実験データの1つで、”地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース”を利用しました(https://www.miroc-gcm.jp/d4PDF/about.html)

※7 内部変動: 気候システム内に生じる自然の揺らぎです。大気海洋結合実験では、海洋の変動も含まれますが、今回は異なります。

 

5 問合せ先

(研究に関すること)

東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 高橋洋
TEL:042-677-1111(内線3851) E-mail: hiroshi3@tmu.ac.jp

 

(大学・研究機関に関すること)

東京都公立大学法人
東京都立大学管理部企画広報課広報係
TEL: 042-677-1806 E-mail: info@jmj.tmu.ac.jp

国立研究開発法人 海洋研究開発機構
TEL: 045-778-5690  E-mail: press@jamstec.go.jp 

国立大学法人 北海道大学 社会共創部広報課
TEL: 011-706-2610  E-mail: jp-press@general.hokudai.ac.jp 

 

発表資料(1.7MB)

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都市環境科学研究科地理環境学域 高橋洋助教