【研究発表】塗り広げられる泡沫の挙動を解明 ~泡沫やエマルジョンの効率的塗布によるSDGsへの寄与が期待~

報道発表
概要

 泡沫は、食品や洗剤、化粧品、消火剤など日常の様々な場面で利用されています。食器を洗浄する際や建造物の間に断熱泡沫を挿入する際など、我々はよく泡沫を塗り広げて使っています。しかし、塗り広げられる泡沫の挙動については解明されていないことが多くありました。
 東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の遠藤雅也(大学院生)、谷茉莉助教、栗田玲教授らの研究グループは、板によって泡沫が基板に塗り広げられる挙動を観察し、その挙動には3種類のパターンがあることを明らかにしました。また、そのパターンの境界を決定付ける要因は、泡沫に限らず他のソフトジャミング系においても成り立つ理論で説明することができることを証明しました。
 このような泡沫の塗り広げ挙動の解明は、泡沫だけでなくマヨネーズなどのエマルジョン分散系も効率的に塗布することを可能とします。たとえば、少量の洗剤で効率よく洗浄を行うことが可能となるため、この研究結果はSDGsの観点からも重要といえます。

■本研究成果は、7月24日付けでElsevierが発行する英文誌Journal of Colloid and Interface Science に発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(若手研究No. 20K14431および基盤B No. 20H01874)の支援を受けて行われました。

ポイント
  1. 塗り広げられる泡沫がどのような挙動を示すのかを解明することは重要な課題でした。
  2. 板によって塗り広げられる泡沫は、塗り広げる速度や基板の撥水性によって3種類の塗り広げ挙動があることを発見し、その塗り広げ挙動のメカニズムを明らかにしました。
  3. 構築した理論は、泡沫だけでなくエマルジョンや細胞、赤血球などのソフトジャミング系においても成り立つため、それらの研究への貢献が期待できます。
研究の背景

 泡沫は多数の気泡が少量の液体中にぎゅうぎゅうにつまった状態です。一つのシャボン玉が持つ性質とその集合体である泡沫の持つ性質は異なっています。泡沫は油や微粒子を内部に吸収する性質があるほか、ほぼ空気だけで構成されているため、熱や物質が一方から他方へ移動する動きを抑制することができます。これらの性質を活かして、泡沫は食品や洗剤、化粧品、消火剤などに利用されています。しかしながら、このように日常の様々な場面で利用されているにもかかわらず、泡沫が示す性質や現象については解明されていないことが多くありました。その例として、何かを洗浄する際によく泡沫を塗り広げていますが、塗り広げられる泡沫の挙動や形成されるパターン、どのようなパラメータが塗り広げられる泡沫の挙動に影響を与えるのかなどの物理的条件やメカニズムについては、これまで解明されていませんでした。
 そこで今回は、板によって基板上に塗り広げられる泡沫の様子を直接観察し、塗り広げられる泡沫の構造変化、パターン変化のメカニズムの解明を目指しました。

研究の詳細
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図1 実験概要。(a) 横からの写真。幅Lの固定されたアクリル板に向かって、親水性の低い基板に置いた泡沫を速度Vで動かす。 (b) 上からの写真。泡沫の初期幅はW0となっている。

 本研究グループは、界面活性剤溶液から市販の泡ポンプによって泡沫を生成しました。泡沫内の気泡の平均サイズは約200μm、液体分率は約10%です。図1に示すように、この泡沫を親水性の低い基板上に乗せ、基板を速度Vで動かすことで、固定したアクリル板によって、塗り広げられます。速度Vやアクリル板の幅L、アクリル板と基板とのギャップ幅b、泡沫のサイズW0を変えて、塗り広げ挙動を網羅的に調べました。
 その結果、親水性の低い基板上で塗り広げる場合、塗り広げる速度に応じて3種類の塗り広げ挙動があることが観察されました(図2)。塗り広げる速度が小さい領域では、泡沫の初期幅と同じ程度の幅で塗り広げられ、その後泡沫の量が少なくなるにつれて、緩やかに狭まっていきます(パターン1)。塗り広げる速度が、中間領域では泡沫は塗り広げられず、アクリル板に押されて基板上を薄い液膜を形成しながら滑っていくようになります(パターン2)。さらに速度を大きくすると、泡沫は再び塗り広げられるようになります(パターン3)。このとき形成されるパターンはパターン1とは異なり、初期幅よりも狭い幅でまっすぐに塗り広げられます。

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図2 (a) アクリル板によって親水性の低い基板に塗り広げられた泡沫の3種類のパターン。 W0は泡沫を基板に乗せたときの幅(初期幅)、Wは塗り広げられた泡沫の幅を表している。(b) 各パターンが現れるbとVの状態図。
Vは塗り広げる速度、bはアクリル板と基板とのギャップ幅。

 親水性の低い基板のときは、bやLを変化させても、境界は変化するもののこの3つのパターンは観察することができます。一方、親水性の高い基板では、塗り広げる速度が小さい場合でもパターン1が現れませんでした。このことから、パターン1が現れるためには基板の親水性が重要であることがわかりました。そこで、泡沫は気泡と液体から構成されることを踏まえて、基板上にある薄い液膜の撥水挙動を基にした理論を構築しました。その理論によって、パターン1とパターン2の閾値となる境界が、以下の式で説明できることがわかりました。

 𝑉𝑐1 = (𝑉/𝑑)𝑏2/5𝐿3/5

  ここで、 𝑉𝑐1はパターン1とパターン2の閾値となる速度、 𝑉は界面活性剤の種類によって異なる特徴的な速度、 𝑑は気泡の大きさ、 𝑏は塗り広げる板と基板の間隔、𝐿は塗り広げる板の厚みを表します。3つの界面活性剤で実験を行った結果をまとめたところ(図3)、パターン1とパターン2は上記の式によってかかれる理論線と実験結果が一致していることがわかりました。
 この式は界面活性剤の種類に依らずに成り立つだけでなく、泡沫に限らず他のソフトジャミング系においても成り立つものになっています。そのため、他のソフトジャミング系を親水性の低い基板で塗り広げた場合にも、本研究で得られたパターン1、パターン2のような挙動を示す可能性があります。

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図3 3つの界面活性剤(TTAB、CHARMY、SDS)の実験結果をまとめた相図。塗り広げる速度V、塗り広げる板と基板の間隔b、塗り広げる板の厚みL、泡沫の量、界面活性剤の種類を変えた。紫の直線は式によって得られたもの。おおよそ理論線と実験結果が一致している。
研究の意義と波及効果

 今回の研究では、塗り広げられる泡沫の挙動には3種類のパターンが存在し、基板の親水性や塗り広げる速度、ギャップ幅、固定板の幅が重要であることを明らかにしました。また、各パターンの境界となる速度は、塗り広げる板と基板の間隔、塗り広げる板の厚み、泡沫の量などに依存することがわかりました。また、パターン1とパターン2の境界を理論的に説明することに成功しました。
 泡沫は、食料品や洗剤、化粧品、消化剤、断熱材など日常の様々な場面で用いられています。手を洗ったり、食器を洗ったりする際にはよく泡沫を塗り広げるため、塗り広げられる泡沫の挙動を理解することは産業的にも重要です。
 本研究成果により、泡沫の動力学に対する理解が発展するだけでなく、ソフトジャミング系の動力学が発展することが期待され、さらには産業的応用も期待ができるものであると考えています。

【用語解説】

専門用語の解説

(注1)      ソフトジャミング系:柔らかい粒子が押しつぶされながら詰まっている系のこと。

(注2)      界面活性剤:親水基と疎水基の両方をもった分子からなる物質のこと。これを溶液に入れることで溶液の表面張力が低下する。

(注3)      親水性:物質と水との親和性のこと。親水性が高いと水は表面を塗り広がりやすい。

【発表論文】

“Scraping of foam on a substrate ”

Masaya Endo、 Marie Tani and Rei Kurita

Journal of Colloid and Interface Science(2023)

https://doi.org/10.1016/j.jcis.2023.07.023

DOI: 10.1016/j.jcis.2023.07.023

問合せ先

(研究に関すること)
東京都立大学 理学研究科 教授 栗田玲
TEL:042-677-2505 E-mail: kurita@tmu.ac.jp

(大学に関すること)
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 E-mail: info@jmj.tmu.ac.jp

報道発表資料(635KB)

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理学研究科 物理学専攻 栗田 玲 教授