【研究発表】「足元で起きる進化」の波及効果 ―たった1種の形態進化が植物群集の多様性を変える―

報道発表

 千葉大学大学院園芸学研究院 深野祐也准教授、東京都立大学大学院理学研究科 立木佑弥助教、東北大学大学院/IGB-Berlin笠田実学振特別研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科 内田圭助教の共同研究グループは、たった1種の植物の形態進化が、植物群集全体の多様性にまで影響しうることを野外移植実験で示しました。この成果は、生物の急速な進化が、その生物がいる生物群集や多様性にまで波及することを野外環境で明らかにした初めての成果です。

 本研究成果は英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)で2022年9月28日(英国夏時間)に電子出版されました。

研究の背景

 人間の活動が地球環境に大きなインパクトを与えており、人間由来の環境変化によって生物の様々な性質が急速に適応進化する事例が報告されるようになってきました。これまでの研究で、生物の急速な進化は、その生物自身の性質を変化させるだけでなく、その生物と相互作用する様々な生物や、その生物がいる生物群集や多様性にまで影響する可能性(生態と進化のダイナミクス)が示されています。このことは、数理モデル注1)や実験室内では実証されてきましたが、野外の自然環境では検証されていませんでした。野外の生態系には、様々な種(しゅ)が様々な頻度で存在し、雨や風によるかく乱も多く起こります。このような野外条件でも、たった1種の植物の形質進化が植物群集や多様性にまで波及しうるのかは、進化・生態学的に興味深い問題です。
 研究グループは、これまでに都市と農地の雑草がそれぞれの環境に適応し、急速に形態(草姿)を分化させていることを解明していました。都市環境は植物の密度が低いため競争能力が低い匍匐型の草姿が、農地環境では植物の密度が高いため競争能力が高い直立型の草姿が進化しています。匍匐型は水平に広がって光を効率よく受けられるため、密度が低い都市部で有利になる一方、高く育つことができないため密度が低い農地環境では競争にまけてしまうのです。そこで、この研究ではオヒシバというごく普通の雑草の、都市系統(匍匐型)と農地系統(直立型)の草姿の違いが草地の他の植物に与える影響に注目しました(写真1)。様々な草姿を持つオヒシバを野外の草地に移植し、周囲の植物の成長をモニタリングすることで、急速な進化(オヒシバの草姿の違い)が野外の植物群集に与える影響を定量化しました。

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研究成果

 野外移植実験(写真2)の結果、オヒシバの草姿の違いは、オヒシバ自身の成長や種子生産だけでなく、競争する別の種の成長や種子生産にまで影響していました。移植したオヒシバが直立型であるほど、オヒシバは光を巡る競争に勝ち大きくなるだけでなく、周囲に生えている競争相手、特にこの草地での優占種のメヒシバの被度が小さくなる傾向にありました(図1A)。つまりオヒシバの草姿の進化は、自分自身の成長や繁殖だけでなく、競争相手にまで影響することを示しています。
 さらに、移植したオヒシバの周囲の全植物種の成長をモニタリングしたところ、オヒシバの草姿はメヒシバという優占種の成長を抑制した結果として、周囲の植物種の多様性にまで影響していることが分かりました。メヒシバの被度注2)が低下するほど、その周囲で多様性が増加する傾向があります(図1B)。直立型のオヒシバは優占種のメヒシバの成長を抑制することで、その他多くの低頻度な植物の生残を促進するプロセスが生じ、種の多様性が増加する傾向がありました。
 これらの結果をまとめると、人間の活動によって生じた都市と農地という環境間で、競争環境の違いによってオヒシバの競争形質の進化が生じ、その形質進化は優占種(メヒシバ)との競争に影響することで植物群集全体の多様性に影響を与えたことが分かりました(図2)。シンプルな野外移植実験により、進化と生態のフィードバックを実験的に示すことができました。

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今後の展望

 人間は、自然環境に大きな影響を与えており、それによって様々な生物が急速に適応進化しています。本研究は、たった1種の形質進化であっても、種間の競争関係を変化させ、生物群集の種数にまで影響することを示しました。都市や農地は、人間にとって必須の環境です。私たちがその環境で生物とうまく付き合っていくには、どんな生き物が、どんな進化をしていて、どんな波及効果を持っているのか、さらに解明する必要があります。
 これまで、多様な生き物の集まり方を研究する群集生態学と、特定の生き物の進化や生態を研究する進化生態学はあまり交流がありませんでした。今後、進化生態学と群集生態学の相互交流を通して、さらに生物の相互作用規則の解明が進むことが期待されます。

 

研究者からのコメント

 この実験は、「植物を栽培し草地に植え、周囲の植物の生長を記録する」という小学生でもできる簡単な実験の成果です。生態学には、閃きと、簡単な実験と、少しの根性で解決可能な面白い謎がまだまだたくさんあります。

 

用語解説

注1)数理モデル:現象を抽象化し、法則を数学的表現で記述したもの。
注2)被度:植物が地表を覆っている面積の割合。

 

論文情報

論文タイトル:Evolution of competitive traits changes species diversity in a natural field
雑誌名:Proceedings of the Royal Society B
DOI:https://doi.org/10.1098/rspb.2022.1376

 

<本研究に関するお問い合わせ>

・千葉大学大学院園芸学研究院 准教授 深野 祐也
 電話:047-308-8814、Eメール:yuya.fukano@gmail.com

・東京都立大学大学院理学研究科 助教 立木 佑弥
 電話:042-677-2571、Eメール:tachiki@tmu.ac.jp

・東京大学大学院農学生命科学研究科 助教 内田 圭
 電話:070-6442-9529、Eメール:uchida023@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

 

<広報に関するお問い合わせ>

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・東京都立大学管理部企画広報課広報係
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・東京大学大学院農学生命科学研究科事務部総務課総務・広報情報担当
 電話:03-5841-8179、Eメール:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

 

報道発表資料(1MB)

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理学研究科 生命科学専攻 立木 佑弥 助教