1.概要
音波が異なる媒質間を伝搬するとき、 ある条件下では直流的な力を観測することができます。この力は音響放射力と呼ばれ、古くから研究がされてきた物理現象です。この現象の重要な特徴の一つとして、音響放射力を利用することで、非接触で物体に力を与えられることが挙げられます。
さらにこの音響放射力を応用し、物体を空中に浮遊させる音響浮揚と呼ばれる技術が知られています。非常に強力な超音波を用いることにより、音響放射力を制御することで微小物体の浮遊や非接触輸送などが可能となります。
東京都立大学大学院 システムデザイン研究科の近藤昇太大学院生(当時)、大久保寛准教授は、半球型の超音波トランスデューサアレイと適応的な位相振幅制御技術を巧みに組み合わせることで、音波を利用して完全非接触で空間にある微小物体を選択的に拾い上げる「空中音響ピンセット」なる新しいガジェットを開発しました。
関連する紹介動画を、都立大Channel(https://youtu.be/PoZsKjst82g)に掲載しています。
本研究成果は、6月20日付けで、応用物理学会が発行する『Japanese Journal of Applied Physics (JJAP)』上で発表されました。本研究の一部は、村田学術振興財団の助成を受けて行われました。
2.ポイント
本研究のポイントは、完全非接触で物体をピックアップできることにあります。これまでも、過去の研究において、音を利用して微小物体を非接触で移動させる技術は報告されていました。しかし、実用上大きな問題となるのが、反射音の影響でした。トランスデューサアレイを用いて物体を操作する際に反射音によって音場が乱された場合、物体に力が正しく働かず、意図した操作ができなくなってしまうことがあります。そのため、従来技術では対象である微小物体に対して金属製ピンセット等を使用しトランスデューサアレイの近くまで持っていき、接触動作によって微小物体を音響的トラップにセットする必要がありました。つまり、音響浮揚自体は非接触操作であるにも関わらず、全体としては初動に接触操作が含まれるフレームワークでした。対向させたトランスデューサアレイによって、物体をそのまま浮遊させる技術も存在しますが、この方式ではターゲットを選択的にトラップすることは原理的にできません。
従来技術:微小物体に対して金属製ピンセット等を使って物体を音響的トラップにセットする様子
本研究では、半球型トランスデューサアレイをマルチチャンネル化し、逆フィルタによる最適化を用いて適応的な位相振幅制御を行うことで、ステージ上にある物体を安定的に完全非接触で拾い上げることを試みました。結果として、半球型の超音波トランスデューサアレイと適応的な位相振幅制御技術を巧みに組み合わせることで、音波を利用して完全非接触で空間にある微小物体を選択的に拾い上げる装置「空中音響ピンセット」の開発に成功しました。
提案技術:適応的な位相振幅制御でステージ上にある物体を完全非接触で拾い上げる様子
3.研究の背景
音響放射力を利用することで、非接触で空間に物体を保持することが可能となることはよく知られた現象です。音響浮揚の一例として、定在波を用いて微小物体を浮遊させている様子を図1に示します。微小物体は、定在波による音圧の腹の位置から節の位置に力を受けます。図1では対向させた超音波センサアレイから周波数40[kHz] (波長λ≒8.5[mm]) の超音波を送信し定在波を発生させ、微小物体を浮遊させています。図中では、定在波による音圧の節の位置に微小物体が捕捉されるため、λ/2≒4.25[mm] の間隔で空間にトラップされていることになります。
図1:対向させた超音波センサアレイで発生した定在波による音響トラップ
また、半球状アレイと反射を利用することでも定在波を発生させることができ、図2のようにステージ上に音響トラップを作り、微小物体を補足することができます。
一方、本研究では、半球型トランスデューサアレイと位相振幅制御により、半球の軸上に図3のように集中的な音響トラップを作り、これをベースに「空中音響ピンセット」へ発展させました。
4.研究の詳細
「空中音響ピンセット」の研究は、多数のトランスデューサを用いた半球型アレイと位相制御の研究としてスタートしました(Yamamoto and Okubo, IEEE IUS 2018)。研究の初期では、物体を置くステージを工夫することで完全非接触のピックアップ技術を開発しました(Yamamoto and Okubo, IEEE IUS 2019)。その後、半球型トランスデューサアレイをマルチチャンネル化し位相振幅制御を組み合わせ、反射するステージから物理的な接触なしに物体を持ち上げることを報告しました(Kondo and Okubo, JJAP 2021)。図4に、位相振幅制御を用いた軸上のトラップ操作の様子を示します。
しかし、ピックアップは成功したものの再現性と安定性に課題がありました。そこで、さらに適応的なアルゴリズムを用いてピンセットの制御方法を調整することで、微小物体を安定して持ち上げることができるようになり、飛躍的に性能が改善されました。
半球型トランスデューサアレイの駆動方法として、図5のように半球状のアレイの対向する半分を同位相で駆動する方法と逆位相で駆動させる方法を巧みに組み合わせます。具体的には、ステージと音響トラップ位置の距離によって適応的に形成する音場を修正します。
5.研究の意義と波及効果
研究チームの新しい知見は、空間に反射音があったとしても適切にトランスデューサアレイの位相振幅と励起モードを制御することで、安定性のある空中音響ピンセットを開発しました。
物体に触れることなく動かすことができるというと、まるでマジックのように感じるかもしれませんが、生物学や化学の世界では、昔から光トラッピングと呼ばれる技術によって、光を使って微小な物体を動かしてきました。実際、この光トラッピングを用いた光ピンセットに対して2018年のノーベル物理学賞は与えられています。本研究の空中音響ピンセットは、光ピンセットの音響版ともいえる技術です。
開発した空中音響ピンセットは、図6のように完全なる非接触で微小物体を選択的にピックアップすることができます。これは、物理的接触のない状態を厳密に保つ必要がある試料の操作や、無重力の空間を含む様々な環境下での微小物体操作など未来型技術への応用が期待されます。
【発表論文】
<タイトル>
“Improved mid-air acoustic tweezers using adaptive phase and amplitude control”
<著者名>
Shota Kondo and Kan Okubo
<雑誌名>
Jpn. J. Appl. Phys (2022)
<DOI>
10.35848/1347-4065/ac51c4
6.問合せ先
<研究に関すること>
東京都立大学大学院 システムデザイン研究科 准教授 大久保寛
TEL:042-585-8637 E-mail: kanne@tmu.ac.jp
HP:https://www.comp.sd.tmu.ac.jp/klolab/home/index.html
<大学に関すること>
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp
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