【研究発表】骨格筋の収縮力を一(いち)細胞レベルで評価できる 新たな方法を開発 〜筋力低下を予防・回復させる治療薬の効果的な探索が可能に〜

報道発表
1.概要

 加齢や疾病による筋力の低下は、生活の質を低下させ、寿命の短縮を引き起こします。そのため、筋力低下の予防薬や回復薬の開発が試みられています。薬剤スクリーニング(注1)の初期段階では骨格筋の培養細胞を使い、標的化合物が効果を持つか見極める過程が必須ですが、筋力を細胞レベルで効果的に評価することが難しく、薬の開発は進んでいません。

 東京都立大学大学院人間健康科学研究科の濵口裕貴 大学院生、眞鍋康子 准教授、古市泰郎 助教、藤井宣晴 教授と大阪大学大学院基礎工学研究科の出口真次 教授、松井翼 講師(当時)らのグループは、特殊に加工したシリコーンゲル上で筋管細胞(注2)を培養し、電気刺激で収縮させた際の収縮力(=筋力)を、ゲル表面に生じるシワの長さから効果的に評価するシステムを開発しました。この成果は、筋管細胞の収縮力を指標として、筋力低下を予防あるいは筋力増強を促進する、化合物・食品成分の作用の検証を効果的に行なうことを可能にしました。

 本研究成果は2022年8月15日付で、国際科学誌 「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

 

2.ポイント
  • 特殊に加工したシリコーンゲル上で培養した筋管細胞の収縮力を、ゲル表面に生じるシワの長さ(Force Index(注3))として評価するシステムを開発した。
  • Force Indexは、これまで収縮力の代替とされてきた筋量の指標(筋管細胞の太さや、ミオシン重鎖(注4)の発現量)に比べて、より高感度に筋力の増減を定量的に評価できた。
  • このシステムを治療薬や食品成分の探索に用いることで、筋力低下の抑制あるいは筋力増加の促進をもたらす、効果的な治療方法の確立に貢献が可能となる。

 

3.研究の背景

 加齢や不活動、疾病による筋力の低下は、身体の運動機能を低下させるだけでなく、病状の悪化や寿命を短縮させることがわかってきました。特に、高齢化が進む日本では、運動機能の低下にともなう介護や医療にかかる負担の増加が見込まれています。そのため、筋力低下の予防や回復に効果的な治療薬の開発が進められていますが、有効なものは見つかっていません。

 薬の開発が難航している理由はいくつかありますが、その一つに、予防薬や回復薬を効率的に発見する方法がないことが挙げられます。一般に薬剤スクリーニングの第一段階は、多くの化合物の中から効果が見込まれるものを、培養細胞を用いて絞り込みます。筋力回復を対象とした薬剤スクリーニングでは、筋細胞の筋力を測定することが難しいために、細胞の太さやミオシン重鎖の発現量を指標とした代替手法が用いられてきました。しかし、これらは、筋力を必ずしも反映するものではないため、細胞で効果があるとされた化合物が臨床試験の段階で効果がないものもありました。効果的な薬剤を開発するためには、薬剤スクリーニングの段階で、収縮力(=筋力)を評価することが重要となります。そこで、一般的な筋管細胞の培養技術をもとに、効果的かつ簡便に筋管細胞の収縮力を評価できる新たなシステムを構築しました。

 

4.研究の詳細

 本研究では、培養した筋管細胞の収縮力を評価する新たなシステムを構築するため、柔らかい層と硬い層の2層構造を持つゲルに注目しました(図1)。このゲルは、表面に力が加わると微細なシワを表面に形成する特性を持っています。本研究では、このゲル上でマウス由来の骨格筋初代培養細胞を筋管細胞へ分化させました。ゲルの硬さを調整することで、筋管細胞が電気刺激によって収縮する時にのみ、ゲル表面にシワが形成される条件を見つけました。ゲル表面に形成されるシワの長さは、ゲルに加えられた力の大きさと相関していました。つまり、筋管細胞の収縮によって生じたシワの長さを解析することで、収縮力を評価することができます。細胞の収縮・弛緩の動画からシワの情報のみを抽出し、3回分の収縮で生じたシワの長さの合計をForce Indexと定義しました。

 続いて、開発した手法が筋細胞の萎縮や肥大を評価できるかを、モデル細胞を用いて検証しました。筋力低下を再現した萎縮筋モデル細胞ではForce Indexが有意に低下し、筋力増強を再現した肥大筋モデル細胞では有意に増加しました。また、本手法はこれまで収縮力の代替となる評価法として用いられてきた筋管細胞の太さやミオシン重鎖の発現量よりも、筋機能の変化を感度良く検出できることがわかりました。

 以上から、筋管細胞の収縮力を感度良く評価できる新たなシステムを開発することができました。

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図1 2層の硬さをもつシリコーンゲル(上図)と筋管細胞の収縮時に生じるシワ(下図)

 

5.研究の意義と波及効果

 これまで、骨格筋の培養細胞で収縮力を評価する有効な手法がなく、筋力低下を予防し、回復させる治療薬のスクリーニングは難航していました。本研究で開発したシステムは、簡便かつ感度良く収縮力の変化を検出できることから、効果的な薬剤の開発に応用できます。

 筋力を維持することは、疾病の悪化を防ぎ、社会復帰までの期間を短縮させます。本システムを用いて、筋萎縮の治療が前進することで、健康長寿社会の実現につながることが期待されます。

 

【用語解説】

(注1)   スクリーニング:多量の化合物の集団から、標的の薬剤候補となるものを選択する作業のこと。

(注2)   筋管細胞:分化させた筋細胞のこと。未熟な筋芽細胞が多数融合することで、多核の筋管細胞になる。

(注3)   Force Index:筋細胞が収縮したときにゲル表面上に生じたシワの長さの総和(3回分の合計)をForce Indexと定義し、力の指標とした。

(注4)   ミオシン重鎖:骨格筋の収縮に関係するタンパク質の1つ。ミオシン重鎖の発現量は筋分化、肥大とともに増加し、萎縮で減少するため、筋の萎縮や肥大の指標としても使われる。

 

【発表論文】

<タイトル>
“Establishment of a system evaluating the contractile force of electrically stimulated myotubes from wrinkles formed on elastic substrate”

<著者名>
Hiroki Hamaguchi, Tsubasa S. Matsui, Shinji Deguchi, Yasuro Furuichi1, Nobuharu L. Fujii & Yasuko Manabe

<雑誌名>
Scientific report(2022)

<DOI>
10.1038/s41598-022-17548-7

 

6.問合せ先

<研究に関すること>
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科
准教授 眞鍋 康子
TEL:042-677-2965(内線5028)  E-mail :ymanabe@tmu.ac.jp

 

<大学に関すること>
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806  E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp

 

報道発表資料(837KB)

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人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域 眞鍋 康子 准教授