1.概要
東京都立大学理学研究科物理学専攻の和田尚樹(研究当時:大学院生)、高口裕平(研究当時:大学院生)、遠藤尚彦(研究員)、宮田耕充准教授、名古屋大学工学研究科応用物理学専攻の蒲江助教、竹延大志教授、京都大学エネルギー理工学研究所のWenjin Zhang博士、松田一成教授、宮内雄平教授、産業技術総合研究所・極限機能材料研究部門の劉崢上級主任研究員、産業技術総合研究所・デバイス技術研究部門の入沢寿史研究グループ付らの研究チームは、次世代の半導体材料として注目されている遷移金属ダイカルコゲナイド(注1)(TMDC、図1)において、異なる二種類の半導体TMDCが接合した構造(半導体ヘテロ構造(注2))を利用した発光デバイスの作製に成功しました。このようなデバイス構造を利用することで、薄膜における発光位置の制御や接合構造の結晶性の評価、および電流を利用した室温での円偏光(注3)の生成などが可能になりました。今後、次世代の光源や非常に小さな電力で動く電子デバイスやセンサー、エネルギー変換素子などへの応用が期待されます。
本研究成果は、7月8日付けでドイツの科学雑誌「Advanced Functional Materials」オンライン版に掲載されました。また、本研究は、日本学術振興会 科学研究費事業 『JP15K13337, JP16H00911, JP16H06331, JP17H01069, JP17K19055, JP18H01832, JP19H02543, JP19K15383, JP19K22127, JP19K22142, JP20H02605, JP20H05664, JP20H05862, JP20H05867, JP20K05413, JP20H05189, JP21H05232, JP21H05234, JP21H05235, JP21H05236, JP26102012, and JP25000003』、国立研究開発法人 科学技術振興機構CREST 『JPMJCR16F3, JPMJCR17I5』、近藤記念財団 研究助成、光科学技術研究振興財団 研究助成、旭硝子財団 研究助成の支援のもとで行われたものです。
2.ポイント
- 3原子厚の半導体薄膜(二次元半導体)を利用した接合構造を作製し、その発光デバイス(発光ダイオード)の動作に成功。
- 接合構造を利用した発光位置の制御や、結晶構造への歪み導入による室温での円偏光発光を観測。
- 二次元半導体を利用した次世代の光源や省エネルギー電子デバイスへの基盤技術として期待。
3.研究の背景
近年、3原子厚の薄膜である遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)が、次世代の半導体材料として大きな注目を集めています。TMDCの特徴として、高い安定性を持つ、層の厚さや含まれる原子の種類に応じて電気的な性質が変化する、電流の担い手である電子やホールの両方を流せる、強い発光を示す、様々な基板上に成膜/転写できる、などが挙げられます。このような半導体材料としての利点から、電子デバイス、センサー、そして発光デバイスなどの応用を目指す様々な研究が報告されてきました。発光デバイスへの応用に関しては、TMDCの電気伝導や発光特性の理解と制御は重要な課題となっています。特に、電子もしくはホールを流しやすい二種類の単層TMDCを利用し、高品質な接合構造を作ることが一つの主要な研究課題となっていました。しかしながら、これまでの先行研究では、作製した接合構造の結晶性などに課題がありました。
4.研究の詳細
本研究では、TMDCの合成法である化学気相成長(注4)を利用し、その原料の供給方法や成長温度を改善することで、高品質、かつ大面積な接合構造(図1)を作製することに成功しました。具体的には、(i)成長を行う石英管内部での複数の原料を動かす簡便な機構の導入、(ii)蒸気圧が低く供給が難しい複数の遷移金属に対し、塩を添加することで融点を低下させ、かつ結晶成長に最適な温度で気化させる、などが挙げられます。結果として、4種類の異なる組成のTMDC(MoS2, MoSe2, WS2, WSe2)を構成材料として、計6種類の異なる接合構造を発光実験のために十分なサイズと結晶性で作製できるようになりました。この試料に対し、電解質(イオンゲル(注5))を用いることで発光デバイス構造を作製し、TMDCに電流を流しながら発光を観測しました(図2)。この観測を通じ、6種類の全ての接合構造で界面に沿った発光を観察し、様々なTMDCの組み合わせで発光デバイスが作製できることを実証しました。さらに、特定の組成のTMDCの接合構造においては、界面での発光において右巻き円偏光と左巻き円偏光の生成量が室温で10%ほど異なることを見出しました。この円偏光の偏りは、接合によって生じた結晶内の歪みと電場印加により、TMDC内の特定のスピンをもつ電子が優先的に発光に寄与していると解釈できます。本研究の成果は、高品質なTMDCの接合構造を利用することで、電子とホールの流れや再結合領域の制御、および歪みによる円偏光生成などTMDC特有の機能を活用できることを意味しています。
図1(a)異なるTMDCが接合した構造のモデル図。青がSe原子、赤がS原子、黒がW原子に対応し、単層WS2/WSe2の接合構造に対応する。(b)シリコン基板上に成長させた単層TMDC半導体ヘテロ構造の光学顕微鏡写真。三角形の青い結晶が単層TMDCの接合構造、異なる二種類のコントラストは、中心がWS2結晶、外側がWSe2結晶に対応する。(c) WS2とWSe2との接合部分の走査透過電子顕微鏡像。原子番号が大きいものほど明るく見える条件で像を取得しており、この像においては明るい点がWもしくはSe原子に対応する。
図2(a)電解質(イオンゲル)とTMDCから構成される発光デバイスのモデル図。左が電圧印加前、右が電圧印加後に対応する。TMDCに付けた電極の間に電圧を印加すると、電解質中の陽イオンと陰イオンがTMDC表面に配列し、結果としてTMDCの電気伝導性が向上する。さらに、両側の電極から電子(e)もしくはホール(h)がTMDCに注入され、それらが再結合することで電気的なエネルギーが光に変換される。 実際に作製した発光デバイスの(b)光学顕微鏡像および(c)発光像。発光像では、WS2とWSe2との接合部分に沿った発光を青色で表示している。WS2は電子を流しやすく、またWSe2はホールを流しやすい性質を持つため、界面においてそれらが再結合する。
5.研究の意義と波及効果
本研究の意義は、次世代の半導体材料として期待されているTMDCの高品質な接合を作製し、その発光デバイスとしての性質・機能を明らかにした点にあります。特に、4種類の異なるTMDCを組み合わせた計6種類の接合構造の全てで電流を利用した発光デバイスを実現できた点は、この材料系のデバイス応用に向けた重要な指針になると期待されます。また、接合界面での歪み効果による室温での円偏光生成に関する基礎的な知見は、TMDCを利用した将来の光量子通信等の光源としての展開が期待できます。
【用語解説】
注1)遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition metal dichalcogenide, TMDC)
タングステン(W)やモリブデン(Mo)などの遷移金属原子と、硫黄(S)やセレン(Se)などのカルコゲン原子からなる層状物質。組成は遷移金属とカルコゲン原子が1:2の割合で含まれ、MX2と表される。ここでMは遷移金属(Mo, W, Nb, 他)、Xはカルコゲン原子(X=S, Se, Te)に対応する。図1のように一層の場合、遷移金属とカルコゲン原子は互いに共有結合で結びつき、3原子厚のシート状構造となる。この層状シートが多数重なった固体材料は、広く潤滑剤などで用いられてきた。近年、単一の層が人工的に作製できることが明らかになり、そのユニークなシート状構造や優れた半導体特性により大きな注目を集めている。
注2)半導体ヘテロ構造
二つの異なる組成の半導体材料が接合した構造。主に、ガリウムヒ素系の固体材料などで多くの研究がされてきており、ヘテロ構造を利用した様々な電子・光デバイス(高速動作トランジスタ、半導体レーザー、および太陽電池等)などが広く利用されている。
注3)円偏光
光は、電場成分と磁場成分が進行方向に対して垂直な方向に振動しながら波のように伝わっていく。特に、電場または磁場の振動の向きが、らせんを描くように周期的に回転しながら進行する場合を円偏光と呼ぶ。このらせんの回転の方向に応じて右巻き・左巻きの円偏光と区別される。
注4)化学気相成長
原料となる物質を気化させて基板上などに供給し、化学反応を通じて薄膜や結晶などを基板上に直接成長させる技術。
注5)イオンゲル
イオン液体を高分子に混ぜて固化させたゲル状の電解質。イオン液体と同様に、極めて高い静電容量を有しており、電池等への応用も期待されている。ゲルの特徴である構造の安定性や機械的な扱いやすさも持ち、様々な用途・デバイスへの展開が可能である。
【発表論文】
<タイトル>
Efficient and Chiral Electroluminescence from In-Plane Heterostructure of Transition Metal Dichalcogenide Monolayers
<著者名>
Naoki Wada, Jiang Pu*, Yuhei Takaguchi, Wenjin Zhang, Zheng Liu, Takahiko Endo, Toshifumi Irisawa, Kazunari Matsuda, Yuhei Miyauchi, Taishi Takenobu*, Yasumitsu Miyata* *Corresponding author
<雑誌名>
Advanced Functional Materials(2022)
6.問合せ先
<研究に関すること>
東京都立大学大学院 理学研究科
准教授 宮田 耕充(みやた やすみつ)
TEL:042-677-2508 E-mail :ymiyata@tmu.ac.jp
東海国立大学機構 名古屋大学大学院 工学研究科
助教 蒲 江(ほ こう)
TEL:052-789-5165 E-mail:jiang.pu@nagoya-u.jp
京都大学エネルギー理工学研究所
教授 宮内 雄平(みやうち ゆうへい)
TEL:0774-38-3463 E-mail:miyauchi@iae.kyoto-u.ac.jp
<大学に関すること>
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp
東海国立大学機構 名古屋大学 広報室
TEL:052-789-3058 E-mail:nu_research@adm.nagoya-u.ac.jp
京都大学 総務部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
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