【研究発表】ウィスカー結晶の形成メカニズムを解明 〜ナノワイヤーの作成への応用に期待〜

報道発表
1.概要

 結晶はミクロには規則正しく原子が並んだ構造をしています。結晶の多くはその配列に基づいた成長をしますが、条件によってはウィスカー結晶(注1)とよばれる細いヒゲ状に結晶が成長することがあります。非常に細く成長することから、ワイヤーとしての応用がある一方、絶縁体中を成長してしまい、絶縁破壊を起こすこともあります。そのため、ウィスカー結晶の形成メカニズムを解明し、制御することは様々な分野で望まれています。このようなウィスカー結晶は様々な物質で見られるのですが、有機物のウィスカー結晶の成長メカニズムは現在においても理解されていませんでした。

 東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の八島拓未氏(研究当時:大学院生)、谷茉莉助教、栗田玲教授らの研究グループは、有機物の結晶成長を詳細に観察したところ、ウィスカー結晶が成長中に発生した気泡の移動に追随して成長していることを発見しました。さらに定量的な実験、解析を行なったところ、成分が液体から気泡に蒸発し、その後、気泡から結晶面に蒸着するという、これまで考えられてきた成長形式とは全く異なる機構であることがわかりました。さらに、不純物を混入することで、ウィスカー結晶を抑制することにも成功しました。この研究はウィスカー結晶のメカニズムを示しただけでなく、制御の可能性も示しました。ナノワイヤー作成などの今後の応用が期待されます。

■本研究成果は、6月15日付けでNature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤B No.20H01874)の支援を受けて行われました。

2.ポイント
  • ウィスカー結晶は、極細ワイヤーの作成や絶縁破壊に関わり、形成メカニズムの解明は重要な課題でした。
  • 有機物のウィスカー結晶は、発生した気泡に追随して形成されることを発見しました。
  • 液体から気泡への蒸発、気泡から結晶への蒸着という、通常と異なる成長機構であることがわかりました。
  • 不純物を混入することで、ウィスカー結晶の抑制に成功しました。
3.研究の背景

 原子が規則正しく並んだ構造を結晶といい、ミクロには周期配列に基づいて成長をします。一方、雪の結晶のように、マクロの結晶形態(モルフォロジーとよばれる)は、周囲の環境によって変化し、様々な形を取ることが知られています。ここで、条件によっては、ウィスカー結晶とよばれる細いヒゲ状の結晶が成長することがあります。スズや鉛などでウィスカー結晶が形成されることは古くから知られており、非常に細く成長することから、ワイヤーとしての応用があると期待されています。一方で、コンデンサー(蓄電器)のように絶縁体で囲ってあるにも関わらず、絶縁体中を成長してしまい、絶縁破壊を起こすこともあります。そのため、ウィスカー結晶の形成メカニズムを解明し、制御することは様々な分野で望まれています。このようなウィスカー結晶は金属以外にもフラーレンなどの様々な物質で見られるのですが、有機物のウィスカー結晶の成長メカニズムは現在においても理解されていませんでした。有機物のウェスカー結晶の条件やメカニズムを解明することは、溶液からのウィスカー結晶成長を意図的に形成することへの知見を与え、ウィスカー結晶の作製技術に役立てられます。

4.研究の詳細

・ウィスカー結晶成長過程

 本研究グループは、O-テルフェニル(OTP)とサロールという有機物の結晶成長に着目し、偏光顕微鏡を用いて、その結晶成長過程を観察しました。図1はOTPにおける融液(注2)からの結晶成長過程の時間発展を示したものです。融液状態では気泡は一切入っていませんが、結晶が成長し始めると、結晶成長面で気泡が発生します。さらに、その気泡が移動し、それに追従する形でウィスカー結晶が成長する様子が観察されました。サロールにおいても、OTPと同様に気泡が発生し、それに追随してウィスカー結晶が成長する様子が観察され、このウィスカー結晶形成過程は一般性があると考えられます。

・気泡の正体

  次に、その気泡の正体は何なのか、なぜ結晶成長中に気泡が発生するのか、について考える必要があります。実際に、気泡中の成分を正確に直接調べることは困難であるため、今回は間接的に調べました。初期には気泡がなかったことから、「有機物に溶けていた空気」と「OTPやサロールの気体」という2つの可能性が考えられます。意図的に空気の気泡を事前に混入し結晶させたところ、結晶が空気の気泡と接しても、図1のようなウィスカー結晶が成長することはありませんでした。また、OTPやサロールは結晶と液体の密度差が大きく、結晶成長面の近くでは分子が少なくなり、キャビテーション(注3)しやすい状態になります。結晶と液体の密度差が小さい他の有機物で実験したところ、このような気泡は発生しませんでした。以上のことから、結晶成長に発生した気泡はOTPやサロールの気体である可能性が高いと考えられます。このことは間接的な結果でしかありませんが、将来、直接調べることは重要であると考えています。

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図1 OTPの283 Kにおける結晶成長過程。283 Kになってから、(a) 27.0秒後、(b) 28.0秒後、(c) 29.0秒後、(d) 30.0秒後の顕微鏡画像。矢印で示したものは、結晶成長中に発生した気泡。気泡の移動とともに、ウィスカー結晶が成長していることがわかる。

 

・ウィスカー結晶の成長機構

 気泡があるとなぜウィスカー結晶が成長するのかについて、調べました。図2は、気泡と同じサイズぐらいの細管でOTPを結晶成長させました。この場合、OTPの結晶は液体と触れていませんが、それにも関わらず、結晶成長し続けることがわかりました。結晶成長するためには分子の供給が必要ですが、図2の結果から、液体からではなく、気泡から分子が供給されていることがわかりました。また、成長速度は、図1のときとほぼ同じであることがわかりました。このとから、図1での成長も液体からではなく、気泡から分子が供給されていると考えられます。一方、気泡は小さくなりません。これは、気泡の分子の量が変化していないことを意味しています。すなわち、結晶への供給量と液体からの蒸発量がつりあっていることがわかりました。以上のことから、液体から気泡に蒸発し、気泡から結晶へ蒸着しながら結晶成長していることがわかりました。結晶成長は液体から結晶に供給されるのが一般的な結晶成長であるため、今回のウィスカー結晶の成長過程は、通常と異なる結晶成長機構であるといえます。

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図2 OTPの283 Kにおける細管内の結晶成長過程。気泡は白丸の位置にある。283 Kになってから、(a) 95.7秒後、(b) 98.7秒後、(c) 101.7秒後、(d) 104.7秒後の顕微鏡画像。結晶は液体に接していないが成長を続けている。

 

・ウィスカー結晶の抑制

 以上の実験から、ウィスカー結晶の形成機構が、(1)気泡の発生、(2)気泡を介しての結晶成長ということがわかりました。本研究グループは、ウィスカー結晶を抑制するためには(1)の気泡発生を抑えれば良いと考えました。気泡発生が結晶成長による密度低下が原因であることから、アセトンのような有機溶媒を混入することでキャビテーションを抑えられると考えました。図3はOTP単体と有機溶媒を1%溶かした系での結晶成長を比較したものになります。(a)のOTP単体では、気泡が発生し、ウィスカー結晶が見られていますが、(b)と(c)のように、トルエンもしくはアセトンを1%溶かした系では気泡が発生せず、ウィスカー結晶が形成されないことがわかりました。少量の不純物を入れることで、結晶成長機構を制御できることがわかりました。

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図3 283 Kにおける結晶成長過程の様子。(a)OTP単体、(b)OTPにトルエンを1%溶かした系、(c)OTPにアセトンを1%溶かした系。(a)では、気泡が発生し、ウィスカー結晶が現れているが、(b)(c)では気泡が発生せず、面で成長している。

5.研究の意義と波及効果

 今回の研究から、有機物結晶において、有機物の気泡を介して、ウィスカー結晶を形成することがわかりました。また、気泡の発生を抑制することで、ウィスカー結晶の発生を抑制することにも成功しました。このメカニズムを利用して、ウィスカー結晶を制御できる可能性があります。例えば、意図的に気泡を混入することで、ウィスカー結晶が形成できなかった物質でもウィスカー結晶を作ることが可能になるかもしれません。今回は詳細に調べられていませんが、気泡のサイズとウィスカー結晶のサイズにも関連がある可能性があり、ウィスカー結晶の細さの制御も期待できます。さらに発展した研究を行うことで、将来ナノワイヤーの作成など様々な応用が期待できると考えます。

【用語解説】

(注1)     ウィスカー結晶:ヒゲ状の細い結晶のこと。
(注2)     融液:溶媒に溶かした溶液と異なり、融点以上の温度で結晶を溶かした液体のこと。
(注3)     キャビテーション:液体中に気泡が発生すること。

【発表論文】

<タイトル>
“Filamentous crystal growth in organic liquids and selection of crystal morphology”

<著者名>
Takumi Yashima, Marie Tani and Rei Kurita

<雑誌名>
Scientific Reports (2022)

<DOI>
10.1038/s41598-022-13851-5

7.問合せ先

<研究に関すること>
東京都立大学大学院 理学研究科 教授 栗田 玲
TEL:042-677-2505 E-mail: kurita@tmu.ac.jp

<大学に関すること>
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 E-mail: info@jmj.tmu.ac.jp

 

報道発表資料(984KB)

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理学研究科 物理学専攻 栗田 玲 教授

理学研究科 物理学専攻 谷 茉莉 助教