【研究発表】窒素固定を行うアナベナヘテロシストの光捕集機構を解明 ~窒素肥料依存による環境負荷の低減につながる発見~

報道発表
発表のポイント
  • Anabaena sp. PCC 7120は数珠繋ぎの糸状性シアノバクテリア(注1)の一種であり、窒素欠乏条件下でヘテロシスト(注2)と呼ばれる特殊な細胞を形成することが知られていますが、ヘテロシスト内でどのような励起エネルギー伝達(注3)が行われているか不明でした。
  • 本研究では、純度の高いヘテロシストを調製し、光化学系タンパク質の発現および励起エネルギー伝達機構を調べました。
  • ヘテロシストには光化学系II(PSII)の分子集合中間体が存在し、PSII中間体から光化学系I(PSI)へ励起エネルギーが伝達されないことを明らかにしました。

 岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師、東京都立大学大学院理学研究科の得平茂樹准教授らの共同研究グループは、理化学研究所環境資源科学研究センターの堂前直ユニットリーダーらと共に、シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120の窒素欠乏条件下で形成されるヘテロシストのタンパク質発現および励起エネルギー伝達機構の解明に成功しました。この結果から、ヘテロシストでは光化学系II(PSII)の分子集合中間体が存在し、PSII中間体から光化学系I(PSI)へ励起エネルギー伝達されないことが明らかになりました。本研究成果は貧栄養条件の中での光合成生物の生存戦略に対して知見を与えるものであります。11月15日に欧州の科学雑誌「Biochimica et Biophysica Acta - Bioenergetics」にオンラインで掲載されました。

<研究者からひとこと>
Anabaena sp. PCC 7120はヘテロシストと呼ばれる興味深い細胞を形成します。ヘテロシストの特性を調べるためには、それ自身を高純度に調製する必要があります。共同研究者による専門的な技術により、高純度なヘテロシストの調製を実現し、生化学および分光学分析を行いました。本研究によりヘテロシスト特有の励起エネルギー伝達機構を解明しました。

image-2岡山大学
 長尾特任講師

■発表内容

本研究の概要および成果については、図にまとめたのでご覧ください。

<現状>

 光合成とは、太陽の光エネルギーを利用して水・二酸化炭素から炭水化物と酸素を合成する反応です。光化学系I(PSI)・光化学系II(PSII)と呼ばれる膜タンパク質複合体が光合成反応の中心であり、光エネルギーを有用な化学エネルギーへと変換する役割を担います。光合成原核生物であるシアノバクテリアには窒素固定するものがいます。本研究で扱うAnabaena sp. PCC 7120は栄養細胞が数珠つなぎになった糸状性シアノバクテリアであり、窒素欠乏条件にさらされると栄養細胞の一部がヘテロシストと呼ばれる窒素固定を行う細胞に分化します。窒素固定酵素ニトロゲナーゼは酸素により瞬時に失活してしまうため、ヘテロシストでは光合成特性が変化し、酸素発生は停止しますが、光エネルギーの利用は維持されています。これまでにヘテロシストで行われる光捕集を含む光合成特性が分析されてきましたが、栄養細胞とヘテロシストが混ざった条件での分析であるため、ヘテロシスト特有の光合成特性の評価は充分ではありません。では、ヘテロシストはどのように光捕集を行い、励起エネルギーを伝達しているのでしょうか?

<研究成果の内容>

 長尾特任講師と得平准教授らの共同研究グループは、堂前ユニットリーダーらと共に、シアノバクテリアAnabaena sp. PCC 7120の窒素欠乏条件において誘導されるヘテロシストを単離し、光合成特性の分析および励起エネルギー伝達機構の解明に成功しました。

 ヘテロシストからはPSII由来の酸素発生活性が検出されず、また、PSIIの電荷再結合由来の熱発光も検出されませんでした。このことは、ヘテロシストに存在するPSIIが活性中心であるマンガンクラスターを持たないことを示唆します。また、タンパク質分析の結果、PSIIの二量体や単量体がヘテロシストに含まれないことが示されました。

 定常蛍光分析の結果、ヘテロシストからはPSII二量体や単量体由来の蛍光が検出されず、代わりにPSIIの分子集合中間体由来の蛍光が観測されました。この結果は時間分解蛍光分光(注4)によって詳細に分析されました。ヘテロシストからはPSII二量体や単量体由来の蛍光が励起後の時間初期および後期でも検出されず、一方で、PSII中間体由来の蛍光が観測されました。この結果は定常蛍光分析の結果と一致しました。興味深いことに、PSIIからPSIへの励起エネルギー伝達がヘテロシストでは遮断されていました。このことは、PSII→PSIへの励起エネルギー伝達にはPSII二量体や単量体が必要であることを示唆します。

 このように、本研究ではヘテロシストのユニークな励起エネルギー伝達機構を解明することに成功しました。これらの光捕集メカニズムは、Anabaena sp. PCC 7120が窒素欠乏という貧栄養下において光合成反応を上手く調節するための重要な機構なのかもしれません。

<社会的な意義>

 窒素は植物の生長に欠かせない重要な元素です。現代の農業では、作物栽培に大量の窒素肥料が投入され、環境問題を引き起こしています。植物に窒素固定を行わせることができれば、窒素肥料が必要なくなり、環境負荷を低減できます。本研究は生物がいかに光合成と窒素固定を両立しているのかを示す重要な知見を含み、植物に窒素固定を行わせる技術開発につながるものだと考えられます。

image-3
図. 本研究の概要および成果

■論文情報

論 文 名:“Excitation-energy transfer in heterocysts isolated from the cyanobacterium Anabaena sp. PCC 7120 as studied by time-resolved fluorescence spectroscopy”
「時間分解蛍光分光によるアナベナヘテロシストの励起エネルギー伝達機構の解明」

掲 載 紙:Biochimica et Biophysica Acta - Bioenergetics

著   者:Ryo Nagao, Makio Yokono, Yoshifumi Ueno, Yoshiki Nakajima, Takehiro Suzuki, Ka-Ho Kato, Naoki Tsuboshita, Naoshi Dohmae, Jian-Ren Shen, Shigeki Ehira, and Seiji Akimoto

URL/DOI:https://doi.org/10.1016/j.bbabio.2021.148509

■研究資金

 本研究は、日本学術振興会「基盤研究」(課題番号:JP20K06528、JP20H02914)、日本学術振興会「萌芽研究」(課題番号:JP19K22290、JP21K19085)、日本学術振興会「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP16H06553、JP17H06433)の支援を受け実施しました。

■補足・用語説明

注1:シアノバクテリア
 藍色細菌、あるいは藍藻とも呼ばれ、原核生物に分類されます。単細胞ながら、植物と同じように光合成を行います。地球上へ生命が誕生した初期に出現し、光合成を通して大気中に酸素を生産し続けた生物です。

 注2:ヘテロシスト
 ヘテロシストは、糸状性シアノバクテリアが窒素固定を行うために形成する分化細胞です。環境中の窒素化合物が不足すると、光合成を行っていた栄養細胞から窒素固定を行うヘテロシストへと分化します。ヘテロシストへの分化過程では、酸素に弱い窒素固定酵素ニトロゲナーゼを保護するために光合成による酸素発生が停止するなど、劇的な生理的・形態的な変化が起こります。

 注3:励起エネルギー伝達
 クロロフィルやカロテノイドといった光合成色素分子が光のエネルギーを受け取り、もとのエネルギーの低い状態からエネルギーの高い状態に移った後、そのエネルギーを色素分子間で伝達することです。

 注4:時間分解蛍光分光法
 パルスレーザーを色素に照射した後、色素から発せられる蛍光の変化をフェムト秒(10-15秒)からピコ秒(10-12秒)の時間分解能で追跡する方法です。光エネルギーを吸収した直後の色素分子の挙動だけではなく、分子が置かれた環境に関するさまざまな物理化学的情報を解析するための非常に有用な分光法です。この手法により、集光性色素タンパク質の色素分子の役割を明らかにします。

東京都立大学大学院理学研究科 得平 茂樹(えひら しげき)准教授

報道発表資料(955KB)