【研究発表】筋肉の再生能力に関わる新たなメカニズムを発見 ―高血糖は筋幹細胞の増殖を悪化させるー

報道発表
1.概要

 骨格筋は、肉離れや外傷によって損傷しても速やかに修復できる再生能力に富んだ臓器です。筋の再生で中心的な役割を担うのは、「サテライト細胞(注1)」と呼ばれる骨格筋の幹細胞です。サテライト細胞は、普段は筋線維(筋細胞)に密着するのみで何もしていませんが、自身が付着している筋細胞が傷つくと、いったん増殖して数を増やし、その後、傷口を埋めるように融合して筋細胞を修復します。サテライト細胞の増殖能力が衰えると、筋の再生能力の低下、そして筋肉の萎縮につながることから、そのメカニズムの理解が求められています。
 東京都立大学大学院人間健康科学研究科の古市泰郎 助教眞鍋康子 准教授藤井宣晴 教授らのグループは、サテライト細胞を生体外(シャーレ)で培養(注2)する実験系を用いて、細胞の増殖能力の機序を調べました。グルコース(糖)は細胞が増殖する上で大切な、エネルギー源(ATP)と部品(核酸)の前駆体(注3)であり、一般的に、細胞を培養するためには高濃度の糖を与えることが常識です。しかし、サテライト細胞は培養液の糖の濃度が低いほど増殖力が促進しており、糖の濃度が高いと、サテライト細胞の増殖能力が低下することを発見しました。また、このサテライト細胞のみに見られる特性を利用して、糖濃度を低下させた培養液を用いることで、サテライト細胞のみを純粋かつ大量に培養する方法の開発に成功しました。血液中の糖濃度が高い糖尿病患者は原因不明の筋萎縮が生じますが、高糖濃度がサテライト細胞の増殖力を低下させるという今回の発見は、その病因解明につながると期待されます。
 本研究成果は2021年3月1日(月)に国際科学誌 Frontiers in Cell and Developmental Biologyのオンライン版に掲載されました。

2.ポイント
  • 細胞を生体外で培養するにはグルコース(糖)を大量に与えるのが常識であったが、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)は逆で、高濃度の糖によって増殖能力が低下することを発見した。
  • 糖濃度を低下させた培養液を用いると、サテライト細胞のみを純粋かつ大量に培養する方法の開発に成功した。筋細胞の基礎研究を加速させる有効な方法になることが期待される。
  • 高血糖による骨格筋の萎縮(糖尿病性筋萎縮)の病因解明と治療方法の開発につながる可能性がある。
3.研究の背景

 加齢や不活動、疾病による骨格筋の萎縮は、運動機能を低下させて、生活の質を劇的に低下させてしまいます。高齢化社会が進む日本において、高齢者の骨格筋を健常に保つことは、労働力の確保や医療費の削減につながるため、最も重要な課題のひとつです。
 骨格筋の萎縮とは、「筋線維」と呼ばれる骨格筋の細胞がやせ細ることですが、それには「サテライト細胞」と呼ばれる骨格筋の幹細胞(骨格筋に成ることのできる未熟な細胞)が関わります。サテライト細胞は、普段は筋細胞の外側に位置するのみで何もしていませんが、自身が付着している筋細胞が傷害を受けると、いったん増殖して数を増やし、その後、損傷部位を埋めるように筋細胞に変化しながら融合して修復します(図1)。それ以来、サテライト細胞は筋細胞が損傷して再生するときだけに必要だと考えられていましたが、近年、たとえ損傷が起きなくてもサテライト細胞は骨格筋に成り(筋細胞に分化し)、筋線維のサイズを維持する働きを担うことも分かってきました。したがって、サテライト細胞による筋再生能力の機序の解明は筋萎縮の予防・治療に貢献されると考えられていますが、まだその詳細は解明されていませんでした。

図1 サテライト細胞による骨格筋の形成

4.研究の詳細

 本研究では、サテライト細胞の増殖力を解析するために、マウスの骨格筋から単離したサテライト細胞をシャーレで培養しました。細胞培養は、栄養成分や化合物組成などの環境をコントロールすることが可能で、細胞の機能解析に有効です。グルコース(糖)は細胞が増殖する上で大切な、エネルギー源(ATP)と部品(核酸)の前駆体であり、一般的に、細胞を培養する際には高濃度の糖を与えることが常識です。サテライト細胞の培養にも、これまでは世界中で高濃度の糖で調製した培養液が使われてきました。しかし今回、糖を抜いた基礎培地で調製した低糖濃の培養液(動物血清成分の糖は含まれる:最終濃度2 mM)を用いると、予想に反して、培養後のサテライト細胞の数が増加しました。細胞増殖の指標となるタンパク質や、増殖細胞を標識できるEdU(注4)を有する細胞が、低糖濃度では増加していたことから、糖濃度を低下させると増殖が促進することが分かりました。
 サテライト細胞は生体内では眠った状態(休止期)にありますが、培養されると活性化して増殖し、次第に筋細胞に分化(注5)しながら増殖を停止します。そこで、細胞状態(休止期、増殖期、分化期)の指標となるタンパク質を染色することで、糖濃度によるサテライト細胞の分化ステージの違いを調べました。その結果、低糖濃度で培養された方が、未分化状態(筋細胞にならずに幹細胞として留まっている)を維持していることが分かりました(図2)。活性化したサテライト細胞が再び休止状態に戻る機構は、サテライト細胞が枯渇するのを防ぎ、次の損傷機会に再生するために重要です。このように、糖濃度はサテライト細胞の分化にも影響を与え、サテライト細胞の数の維持にも寄与することが示されました。

図2 低糖濃度でサテライト細胞の増殖は促進する

 

 骨格筋組織の中には、筋細胞だけでなく、線維芽細胞や内皮細胞など、様々な細胞が含まれています。サテライト細胞をシャーレで培養すると、どうしてもそれ以外の細胞が混入してサテライト細胞のみを純粋に培養することができず、それが骨格筋の基礎研究の問題となっていました。しかし、サテライト細胞だけは低糖濃度でも増殖できるという特徴から、この培養液を使えば、サテライト細胞以外が増殖できないのでサテライト細胞の純粋培養が可能となりました。
 では、どうしてサテライト細胞は低糖濃度の環境でも増殖できるのでしょうか。今回調製した培養液は、30%容量が血清成分で構成されており、そこに糖が残っているため、糖濃度は0(ゼロ)ではありません。サテライト細胞がそのわずかな糖を利用しているかどうかを検証するために、血清中の糖をグルコース分解酵素(Glucose Oxidase)によって分解し、極めて低い糖濃度(0.1 mM)の培養液を調製しました。しかし、予想に反してサテライト細胞は、通常の培地の1%以下に相当する糖濃度のこの培養液でも正常に増殖しました。このことから、サテライト細胞は糖以外のエネルギー基質(アミノ酸や脂質など)を利用していることが推察されますが、その詳細はまだ分かっていません。糖濃度がどのような機序でサテライト細胞の増殖を制御しているのかは、今後さらなる研究が必要です。

5.研究の意義と波及効果

 低濃度の糖が細胞の増殖を促進するということは、言い換えれば、過剰な糖はサテライト細胞の増殖能力を抑制するということになります。一般的に使われる培養液の糖濃度は、ヒトの血糖値に置き換えると、重度の糖尿病患者のそれに相当します。糖尿病に罹患すると筋萎縮が生じます(糖尿病性筋萎縮)が、その原因はまだ明らかにされていません。本研究の結果から、高血糖状態が直接的にサテライト細胞の増殖能力を低下させ、それが筋の再生力や筋量の維持を悪化させている可能性が考えられます。今後、その分子機序を理解することによって、筋萎縮の病因解明や治療法の開発につながることが期待できます。

図3 高血糖はサテライト細胞の増殖を抑制して筋萎縮を誘導する(仮説)

【用語解説】

(注1)サテライト細胞
筋の幹細胞(骨格筋に成ることのできる未熟な細胞)で、筋線維の外側表面に存在している。普段は分裂を行っていないが、筋線維が刺激を受けると、再生・肥大に必要な筋核数を確保するため、細胞周期に入って増殖を繰り返す。その後、ほとんどの細胞は融合して筋線維へと分化することで、筋線維を修復する。

(注2)細胞培養
細胞を生体から単離し、シャーレで増殖、維持すること。目的とする細胞以外の生物因子(他の細胞や生理活性因子など)を排除して、細胞が生育する環境を厳密にコントロールした上で、その生命現象を解析することが可能である。

(注3)前駆体
ある化学物質について、その物質が生成する前の段階の物質。

(注4)EdU
DNAヌクレオシドの1つであるチミジンの類似化合物。EdUの存在下で細胞が増殖すると、DNAが合成される際にEdUが取り込まれるため、増殖期の細胞を標識することができる。

(注5)分化
細胞はもともと特殊性を持っていないが、発生や成長によって、組織に特化したさまざまな機能を獲得する。細胞が特殊化するプロセスを分化という。

【論文情報】

掲載誌:Frontiers in Cell and Developmental Biology
タイトル:Excess glucose impedes the proliferation of skeletal muscle satellite cells under adherent culture conditions
著者:Yasuro Furuichi, Yuki Kawabata, Miho Aoki, Yoshitaka Mita, Nobuharu L Fujii, Yasuko Manabe
DOI: 10.3389/fcell.2021.640399
アブストラクトURL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2021.640399/abstract

 

人間健康科学研究科ヘルスプロモーションサイエンス学域 古市 泰郎助教

人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域 藤井 宣晴教授

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