1.概要
2021年3月で2011年東北地方太平洋沖地震とその津波から10年が経ちます。その間に日本や世界各地で津波への関心が高まり、調査の結果、多くの津波堆積物(注1)が報告されてきました。津波堆積物は、過去に津波が襲来した証拠となり、その年代を調べることで、何年前に津波が発生したかを知ることができます。津波堆積物は地下に埋没するため、地面を掘り下げて津波堆積物を連続的に追跡することは難しく、一般的にはボーリング調査(注2)などの掘削が行われます。しかしながら、過去数千年間にわたる津波堆積物を欠損なく保存している地点は限られているため、掘削試料同士を比較し、津波堆積物の空間分布を推定することは容易ではありません。
東京都立大学大学院 都市環境科学研究科の石村大輔 助教と立命館大学 総合科学技術研究機構 古気候学研究センターの山田圭太郎 専門研究員は、岩手県下閉伊郡山田町小谷鳥(以下、小谷鳥)で採取された長さ約5 m(深さ5 mまで)の掘削試料を用いて、過去6000年分の地層から14層の津波堆積物を認定しました。また、複数の指標(地球化学的情報、礫の形状、放射性炭素年代)を用いて、隣り合う掘削試料の間の地層を結び付け対比する(側方対比)ことで、現在の地形からは推定困難な地下の地層の侵食を知ることができ、断片的に分布する津波堆積物の空間分布を明らかにすることができました。さらには、先行研究で掘削した他の掘削試料と露頭(注3)の情報を加えることで、海側から陸に向かう長さ約250 mにわたる範囲の津波堆積物の空間分布を推定することができました。
本研究では、複数の指標を使って津波堆積物の側方対比を行うことで、小谷鳥における津波堆積物の認定やその数に関する情報の信頼度を向上させることができました。今後、このような情報は、東北地方太平洋岸で発生する地震発生メカニズムの理解や津波ハザードのリスク評価に寄与すると期待しています。
本研究成果は、2月17日付けで、ELSEVIERが発行する英文誌Quaternary Science Reviewsに発表されました。本研究の一部は、JSPS科研費JP17K18532の助成を受けたものです。
2.ポイント
- 津波堆積物は、観測記録や文献記録が存在しない時代の津波の襲来を知る指標の一つであるが、長期的かつ連続的に保存される環境や場所は限られている。小谷鳥の掘削試料には、過去6000年間で14層の津波堆積物が保存されていた。
- 複数の指標(特に礫の形状)を使用することで、確度の高い津波堆積物の認定とそれらの側方対比を実現することができ、小谷鳥における津波堆積物の認定やその数に関する情報の信頼度を向上させることができた。
- 東北地方太平洋岸で発生する津波の時期や頻度を理解する上で重要な成果であり、将来的には地震発生メカニズムの理解や津波ハザードのリスク評価に寄与することが期待される。
3.研究の背景
プレートの沈み込み帯で発生する地震に伴う大規模な津波は、100~1,000年といった長い再来間隔を持つ低頻度の自然現象であり、より詳細な地震発生メカニズムの解明やその地震・津波のリスク評価のためには、直接的な観測記録や文献記録だけでなく、より長期的な記録である地質の記録も利用する必要があります。観測記録や文献記録が存在しない時代の津波の襲来を知る指標の一つとして、津波堆積物が挙げられます。ただし、津波堆積物が長期的かつ連続的に保存されている環境や場所は限られています。地下に埋没した津波堆積物の調査では、ボーリング掘削調査などの掘削手法が用いられます。ボーリング掘削試料は、離散的な点の情報であるため、複数の掘削を行い、地下の地層を側方に対比することで、津波堆積物の空間分布を把握します。しかし、このような調査では、露頭とは異なり、地層が連続的につながっているかどうかを直接確認できないため、ボーリング掘削試料間での津波堆積物の側方対比には不確実性が伴います。この不確実さは、認定される津波堆積物の数や分布をも左右し、津波のリスク評価にも影響を与えます。したがって、複数の掘削試料間の地層や津波堆積物の側方対比の信頼度を向上させることは、津波堆積物に基づく津波履歴情報の高度化に直結します。
4.研究の詳細
本研究では、三陸海岸中部に位置する小谷鳥で掘削された長さ約5 mの連続的な5本の掘削試料を主に用いました(図1)。小谷鳥では、先行研究で溝状の掘削調査(トレンチ調査)がすでに行われており、深度2 mまで(過去4000年間)で11層の津波堆積物が認定されています(Ishimura and Miyauchi, 2015, PEPS)。本研究では、はじめに、すでにわかっているこれら11層の津波堆積物の側方対比を行いました。その後、4000年前より古い地層中に保存された津波堆積物を認定するとともに、その側方対比を試みました。
本研究で使用した掘削試料LGS1〜5の最下部には、約6000年前に十和田火山から噴出した火山灰であるTo-Cu火山灰が存在しているため、全ての掘削試料は6000年前以降の記録を保持していることになります(図1)。まずは肉眼観察によって、津波堆積物の候補となる礫層を記載しました(図1のe1-1など)。そして、非破壊分析(注4)による各元素の計測(図2)、礫層中の礫の円磨度(注5)分析(図3)を実施しました。礫層を除く定常時の堆積物に関しては、図3にある各元素のデータの大小や変化パターンを用いて側方に対比しました。礫層に関しては、円磨度の分布から、礫の給源が内陸側の河川か海側のビーチかを明らかにし、当時の海岸線位置などを考慮して、津波堆積物の認定を行いました(図3 グループ1,3,4)。そして、円磨度分布の類似性や内陸への変化に基づき、各津波堆積物を側方に対比しました。さらに、28試料の放射性炭素年代測定を実施し、上記で実施された地層の側方対比を確認しました。
最終的な地層の対比の結果(図4)、掘削試料の中央の3本(LGS2-4)で、もっとも連続的かつ、長期間の津波堆積物が保存されていることがわかりました。最も内陸側(LGS5)では、土石流堆積物などによって、地層が侵食され、津波堆積物の保存が悪いことがわかりました。同様に最も海岸側(LGS1)では、現在の地形からは推定することができなかった約1 mの侵食が地下に認められ、4層の津波堆積物が侵食により失われていることがわかりました。このようにわずか10-20 mほど離れただけで、津波堆積物の保存状況は大きく変化し、掘削調査に基づく津波堆積物研究の困難さが明らかとなりました。ただし、本研究で実施したように複数の指標を用いて、側方対比を丁寧に行うことで、その信頼性を向上させ、侵食による地層の欠損などを識別できる可能性があることが明らかとなりました。さらに、著者らが今までに小谷鳥で実施した12本の掘削試料と露頭の情報を加えることで、海岸から内陸へ向かう長さ約250 mにわたる範囲の津波堆積物の空間分布を推定することができました(図5)。このような地下の地層の空間分布から、過去の堆積環境や長期間の地殻変動も議論することができました。
5.研究の意義と波及効果
以上のことから本研究では、長さ約5 mの掘削試料を用い、複数の指標を用いることで、地下の津波堆積物の空間分布を高い確度で明らかにすることができました。このような側方対比の高度化は、本地点における津波堆積物の認定やその数に関する情報の信頼度を向上させることにつながりました。また、6000年間という比較的長期間の連続的な津波履歴情報を提供することができ、今後の東北地方太平洋岸の地震・津波発生メカニズムの理解や津波ハザードのリスク評価の高精度化に寄与すると考えられます。
【用語解説】
(注1)津波堆積物
津波によって削り取られた泥や砂利などが内陸に運搬され堆積したもの。
(注2)ボーリング調査
地層を円柱状にくり抜いて、地層を採取する掘削調査。
(注3)露頭
地層が露出している場所。
(注4)非破壊分析
堆積物を細かくしたり、何かしらの処理を施すことなく、地層(堆積物)を塊のまま分析すること。
(注5)円磨度
粒子の角がどれほど丸くなっているかを示す指標。
【論文情報】
掲載誌:Quaternary Science Reviews
タイトル:Integrated lateral correlation of tsunami deposits during the last 6000 years using multiple indicators at Koyadori, Sanriku Coast, northeast Japan
著者:Daisuke Ishimura, Keitaro Yamada
DOI: 10.1016/j.quascirev.2021.106834
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S027737912100041X?dgcid=author