本文へ移動します

【研究発表】脳の老化と寿命に関わるメカニズムを発見 ―脳内の糖がぴんぴんころりの鍵―

1. 概要

 個体の老化や個体の寿命には、脳の神経細胞の機能が大きく関わっています。高次機能を担う脳は、体内で最もエネルギーを必要とする器官です。その機能を支える神経細胞内のエネルギーであるATPは糖(グルコース)から作られます。老化した脳内では、糖代謝が低下しますが、その一方で、食餌制限(注1)などにより血糖値を減らすことで、寿命が延びることが知られています。このような相反する知見から、脳の老化における糖代謝変化の役割は謎でした。
 東京都立大学大学院 理学研究科 生命科学専攻の岡未来子大学院生と安藤香奈絵准教授らの研究グループは、加齢による脳神経細胞内の糖代謝変化と個体の老化との関係について、モデル動物であるショウジョウバエ(注2)を用いて調べました。その結果、加齢による脳神経細胞内のATP量の減少は、神経細胞内への糖取り込みを促進することで抑えられることを発見しました。また神経細胞内への糖取り込みを促進することで、加齢性運動機能低下を緩和し、寿命が延伸することがわかりました。さらに、神経細胞内への糖取り込みの促進と食餌制限を組み合わせると、より効果的に寿命が延びることを見出しました。この結果から、脳神経細胞への糖取り込みが、個体の老化と寿命の制御に重要な役割を果たしていることがわかりました。この発見は、脳のアンチエイジングと健康寿命の延伸のための新たな抗老化戦略や創薬に繋がることが期待されます。本研究成果は、2020年12月21日(月)に米国科学雑誌Cellの姉妹誌「iScience」オンライン版に掲載されました。

2. 研究成果のポイント
  • 寿命の制御には食餌からのカロリー摂取とその細胞内代謝が大きく関わることがわかっていたが、特に脳の老化については、その役割はよくわかっていなかった。
  • ショウジョウバエを用いた研究で、神経細胞内の糖取り込みを促進すると、加齢によるATP減少及び運動機能低下が抑えられ、寿命が延びることを発見。食餌制限を組み合わせると、さらに寿命が延びることがわかった。
  • これらの発見は、脳の老化の予防による新たな健康寿命の延伸法の確立に役立つ可能性がある。
3. 研究背景

 世界中で超高齢化社会が進行し、人生100年時代を迎えようとしています。我々の思考・記憶・行動などを司る脳の機能は、誰しも歳を重ねることで低下していきます。そのため健康寿命の延伸のためには、脳の老化を防ぐことが重要です。脳の高次機能を司る神経細胞は、エネルギー(ATP)をたくさん必要とする細胞です。神経細胞内では、ATPは糖の分解によって作られます。しかし加齢した脳やアルツハイマー病などの加齢性神経疾患患者の脳内ではこの糖代謝が低下することが報告されています。しかしその一方で、血糖値を下げる食事制限や、インスリンシグナリングによる糖の細胞内への取り込みを阻害することによって、寿命が延びることが知られています。このように脳の老化や寿命における糖代謝変化の役割については相反する知見がありましたが、この矛盾に対する説明はありませんでした。そこで本研究は、加齢による脳内の糖代謝変化と個体の老化との関係をモデル動物であるショウジョウバエを用いて調べました。

4. 研究詳細

 まず、ATPが脳の神経細胞の中で、加齢に伴ってどのように変化するかを調べました。生きた脳の神経細胞の中のATP量を可視化する手法(ATPバイオセンサー(注3))を用いて解析したところ、ATPが加齢により低下していることを見つけました。ATPがどのような仕組みで低下しているのか調べたところ、神経細胞への糖取り込みが低下し、ATPをつくる解糖系(注4)やミトコンドリア(注5)の機能も低下していることがわかりました。そこで、糖の細胞内への入口の役割をするタンパク質(グルコーストランスポーター(注6))を神経細胞に増やすことで、神経細胞内への糖取り込みを促進したところ、加齢によるATP減少は抑制されました。さらにこのとき個体レベルでの老化に伴う変化を調べると、加齢に伴って起きる運動機能の低下が緩和され、また寿命も延伸していました。これらより、脳神経細胞でのATP欠乏を防げば、個体の老化を緩和できることがわかりました。さらに、これらの神経細胞で糖取り込みを促進した個体を、食餌制限下で飼育すると、糖取り込みのみまたは食餌制限のみに比べて、さらに寿命が延びていました。この結果から、脳神経細胞への糖の取り込みが、個体の老化に重要な役割を果たしていることがわかりました。

研究イメージ図
研究イメージ図
5. 研究の意義と波及効果

 本研究から、脳の老化における糖代謝の役割が明らかになり、脳神経細胞への糖の取り込み促進は、抗老化効果があることが示唆されました。また、食餌制限を組み合わせることで、相乗的な抗老化効果がみられたことから、脳神経細胞への糖取り込みの促進と食生活の改善の組み合わせよって、将来的に健康寿命の延伸が期待されます。

【用語解説】

(1) 食餌制限
 線虫やショウジョウバエなどの下等生物から霊長類まで多くの動物種で、自由に食べることができる餌の量を減らすと、寿命が延長することが認められています。
(2)ショウジョウバエ
 ショウジョウバエの脳はヒトの脳と類似した構造を持ち、ヒトの病気に関わる分子の多くはショウジョウバエにもあります。加齢についても、記憶力の低下、運動障害、個体死など、ヒトと似た経過を示します。また、ショウジョウバエは高度な遺伝子操作が可能で、さらにその一生は2ヶ月とヒトに比べて短いので、加齢の研究を短期間で行えます。
(3) バイオセンサー
 特定の生体分子と結合し蛍光などの信号を発することで、生体内における物質の濃度や局在を調べることができます。
(4) 解糖系
 細胞内のグルコースをピルビン酸に分解する過程でATPがつくられます。
(5) ミトコンドリア
 細胞小器官のひとつで、細胞内にたくさん存在しています。解糖でつくられたピルビン酸を利用したクエン酸回路や電子伝達系でATPをつくります。
(6) グルコーストランスポーター
 細胞膜上に存在し、グルコースの細胞内外への移動に必要なタンパク質です。

【論文情報】

https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(20)31176-7 外部リンク
Published:December 21, 2020
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101979

 

理学研究科生命科学専攻 安藤 香奈絵准教授

報道発表資料 (840KB)Adobe PDF

ページトップへ