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原子3個分の直径しかない極細ナノワイヤーの精密多量合成を実現 〜「ナノ試験管」を用いた鋳造反応〜

1.発表概要

 首都大学東京大学院 理学研究科の中西 勇介助教、産業技術総合研究所 無機機能材料研究部門の劉 崢上級主任研究員、ナノ材料研究部門の末永 和知首席研究員、名古屋大学大学院 理学研究科の篠原 久典教授、永田 雅貴大学院生、井上司大学院生、神田直之学部生、工学研究科の中村 優斗助教、小山 剛史准教授、岸田英夫教授、東京大学大学院 工学研究科の志賀 拓麿講師らの研究チームは、原子3個分の直径しかないトラス状のナノワイヤーの合成に世界に先駆けて成功しました。
 このナノワイヤーは「遷移金属モノカルコゲナイド(Transition Metal Monochalcogenide、 TMM)」と呼ばれる針状物質(以下「TMMナノワイヤー」)で、理論的には30年以上前から研究されています。TMMナノワイヤーはナノスケールの微小デバイスの配線としての応用が期待されていますが、凝集して束になりやすい性質があるため、実験研究は進んできませんでした。
 本研究チームは、直径100万分の1ミリメートルの試験管「カーボンナノチューブ」の中で化学反応を起こすことで、TMMナノワイヤーの合成に成功しました。TMMナノワイヤーはカーボンナノチューブの内壁とほとんど干渉することなく、束の時と同じ基本骨格、結合状態を保持していることが確認されました。また、電子顕微鏡観察により、束の時には見られない特異なねじれ構造をもつことを明らかにしました。
 今回開発された合成技術により、これまで未知だったTMMナノワイヤーの性質が一挙に解明される可能性があります。さらに、ねじれによる物性変化を利用した「スイッチ」の開発にも期待でき、今後のナノエレクトロニクス分野への貢献が予想されます。

2.ポイント
  1.  TMMナノワイヤーは理論的には長年研究されてきましたが、合成が難しく、実験研究が進んでいませんでした。
  2.  カーボンナノチューブを鋳型にした化学反応により、単離したTMMナノワイヤーの多量合成に成功しました。
  3.  電子顕微鏡観察では、束の時には報告されていない特異な「ねじれ」を観測しました。
3.研究の背景・経緯

 近年、ナノサイエンスの分野では原子1〜数個分の厚みしかない極薄膜(2次元物質)に注目が集まっています。2次元物質は層状物質の単層で、鉛筆の芯であるグラファイト(黒鉛)から剥離したグラフェンが有名です。2次元物質は、母体となる3次元の積層構造には見られない特異な物性(電気輸送特性や発光特性)を示し、基礎と応用の両面にわたって研究が盛んに行われています。
 一方で、針状の極細線(1次元物質)も、2次元物質と同様、孤立させることで特異な物性を示す可能性が指摘されてきましたが、実験的にはほとんど実証されてきませんでした。その理由として、単針(ナノワイヤー)同士がファンデルワールス力(1)と呼ばれる弱い相互作用によって凝集して束になりやすく、一本に単離することが難しい点が挙げられます。本研究の対象であるTMMナノワイヤーもその一つです。TMMナノワイヤーは直径1ナノメートルほどのトラス構造を持つ針状物質です(図1)。理論的には30年以上前から盛んに研究されており、ナノスケールの微小デバイスの配線として有望視されていますが、実験的な研究例は少ないのが現状です。これまでの研究では、TMMナノワイヤーは電子ビーム照射により大きな結晶を1本に削ることで合成されてきましたが、得られる試料が低品質(多欠陥・短尺)かつ低収率だったため、構造や性質に関する詳細な議論ができませんでした。

4.研究内容

 本研究チームは、TMMナノワイヤーを合成する手段として「ナノ試験管」と呼ばれるカーボンナノチューブに着目しました。カーボンナノチューブは直径1〜数ナノメートルの円筒状の炭素物質で、内部にさまざまな分子や原子を取り込む性質があります。さらに内部で化学反応を起こせば、極細の円筒空間を鋳型にして1次元物質を合成することができます。首都大学東京大学院 理学研究科の中西 勇介助教、名古屋大学大学院 理学研究科の篠原 久典教授、永田 雅貴大学院生らは、カーボンナノチューブをMo(モリブデン)原子とTe(テルル)原子を含んだ蒸気に触れさせると、カーボンナノチューブ内にMoとTeで構成されるTMMナノワイヤーが自発的に成長することを見出しました(図2)。さらに、この手法で得られたTMMナノワイヤーは、従来のトップダウン法で合成したものより高品質で、かつ50倍以上長い(~1000ナノメートル)ことも判明しました。本研究チームは、一本のナノワイヤーがぴったり収まる直径のカーボンナノチューブを用い、TMMナノワイヤーの単離に成功しました。
 名古屋大学大学院 工学研究科の中村 優斗助教らはラマン分光法(2)により、単離したTMMナノワイヤーが束の時と同じ伸縮振動を保持していることを明らかにしました。東京大学大学院 工学研究科の志賀 拓麿講師は密度汎関数法(3)により、この振動がナノワイヤーの直径方向の伸縮に起因していることを突き止めました。さらに、X線光電子分光法(4)による分析では、ナノワイヤーとカーボンナノチューブの間に共有結合が存在していないことも明らかになり、本手法で合成したTMMナノワイヤーが孤立した状態に近い性質をもつことが実証されました。今後、さらに研究が進めば、TMMナノワイヤーの未知の性質が解明される可能性があります。
 産業技術総合研究所の劉 崢上級主任研究員らが、原子分解能電子顕微鏡により単離したTMMナノワイヤーの挙動を観察したところ、TMMナノワイヤーが電子顕微鏡の光源(電子ビーム)に敏感に反応し、所々ねじれる様子が観察されました(図3)。このねじれは束の時には見られない特異な挙動で、過去の理論研究ではナノワイヤーの物性を変化させる可能性も指摘されています。この性質を利用すれば、ねじれにより発光や電流のON/OFFを切り替えるスイッチとしての応用も期待できます。
 また、本研究の一部は独立行政法人 科学技術振興機構 次世代人材育成事業「グローバルサイエンスキャンパス(GSC)」の支援を受けて実施され、岐阜県立岐阜高校の大野 隼さんと愛知県立一宮高校の坂川 優樹さんも研究に参加し、本研究チームの大学院生らとともにカーボンナノチューブ内におけるTMMナノワイヤーの生成機構を考察する実験に取り組み、酸化物が反応に関与している可能性を見出しました。

5.今後の展開

 本研究では、カーボンナノチューブを鋳型にした化学反応により、孤立したTMMナノワイヤーの多量合成に成功しました。また、本手法で合成したナノワイヤーは極めて安定で、これまで難しかった実験的な物性評価が可能になります。今後は、詳細な生成機構の解明に取り組むとともに、MoとTe以外の元素を組み合わせ、さまざまなTMMナノワイヤーの合成と物性評価を進める予定です。さらに、このナノワイヤーはカーボンナノチューブの熱伝導性などの性質を変化させる可能性もあり、複合材料としての物性評価にも取り組んでいきます。
 本研究成果は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業の一環として行われ、この研究の詳細は、2019年3月5日(日本時間22時)に米国化学会誌「Nano Letters」に掲載されました。なお、本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金「ナノチューブ鋳造法による1次元遷移金属カルコゲナイドの精密合成と物性評価(H30~31年度)」および、独立行政法人 科学技術振興機構 次世代人材育成事業「グローバルサイエンスキャンパス(GSC)」による支援を受けて行われました。

6.発表雑誌

【雑誌名】
「Nano Letters」in press.
【論文名】
Isolation of Single-Wired Transition-Metal Monochalcogenides by Carbon Nanotubes
【著者】
Masataka Nagata, Shivani Shukla, Yusuke Nakanishi, Zheng Liu, Yung-Chang Lin, Takuma Shiga, Yuto Nakamura, Takeshi Koyama, Hideo Kishida, Tsukasa Inoue, Naoyuki Kanda, Shun Ohno, Yuki Sakagawa, Kazu Suenaga, and Hisanori Shinohara
【DOI】
10.1021/acs.nano-lett.8b05074.

7.用語説明
  1. ファンデルワールス力
    化学結合を作らなくても、原子や分子を引きつけ合う弱い相互作用。本研究では層状物質の層と層の間、針状物質の針と針の間にはたらく力を指す。
  2. ラマン分光法
    物質にレーザー光を照射して散乱した光の波長と強度を分析し、物質の構造や結合などの情報を得る手法。
  3. 密度汎関数法
    電子密度から分子や結晶などの物性を計算する理論的手法。
  4. X線光電子分光法
    物質にX線を照射して放出される電子のエネルギーを分析し、構成元素の種類や結合状態を分析する手法。
8.参考図


図1 TMMナノワイヤーの模式図
モリブデンとテルルで構成された正三角形が交互に反転しながら積層した直径1ナノメートル以下のトラス状のナノワイヤー。通常は束状に集まった結晶として存在している。

図2 a:カーボンナノチューブを鋳型にした成長反応、b:TMMナノワイヤーの電子顕微鏡写真、c:模式図
原料の熱分解により生じたモリブデンとテルルがカーボンナノチューブの内部で自発的に組み上がり、TMMナノワイヤーが形成する。

図3 単離したTMMナノワイヤーのねじれ構造

報道発表資料 (1.26MB)Adobe PDF

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