研究成果のポイント
1. 原子1個を観ることができる顕微鏡(走査トンネル顕微鏡:STM)を用いて、3原子厚という究極的に薄い半導体材料からなる半導体ヘテロ接合界面の電子状態を初めて解明しました。
2. 半導体素子の最も重要な構造の1つである半導体ヘテロ接合の接合界面において、電子状態や大きな電場が生じていることを可視化し、定量的に評価することにも成功しました。
3. 今後の発光素子、高感度光センサー、太陽電池等の研究・開発にとって重要な基礎的知見となります。
公立大学法人首都大学東京大学院 理工学研究科 宮田耕充准教授、国立大学法人筑波大学数理物質系 重川秀実教授らの研究チームは、共同で原子1個を観ることができる顕微鏡(走査トンネル顕微鏡:STM注1)を用いて、3原子厚という究極的に薄い半導体材料からなる半導体ヘテロ接合注2の界面の電子状態を解明することに初めて成功しました。
ごく最近になり、新しい機能性半導体材料として、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属原子と、硫黄などのカルコゲン原子からなる遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC注3)という層状物質が大きな注目を集めています。この物質は、厚みが3原子分という非常に薄いシート状の構造を取りうるという特徴により、柔軟性や透明性を持つ光電子素子や超低エネルギー消費な電子素子への応用が期待されています。このような素子を実現していくには、異なる電気特性を持つ半導体型のTMDCを組み合わせた半導体ヘテロ接合と呼ばれる構造を作製し、その接合部に生じる電場を活用していくことが重要な課題となります。現在、世界中でこの材料系の研究が加速されていますが、そのような界面での電場等の詳細な電子状態は不明でした。
本研究グループは、この課題に取り組むため、化学気相成長法注4を用いることで、このような原子厚の半導体ヘテロ接合を作製してきました。さらに今回、STMを用いることで、ヘテロ接合界面において、大きな電場が生じていることを可視化し、定量的に評価することにも成功しました。さらに、二硫化タングステンと呼ばれる材料にMo原子を1つのW原子と置換した場合などに、電子状態が変化していく様子も1原子レベルで初めて解明しました。半導体ヘテロ構造は半導体素子の最も重要な構造の1つで、光センサー、半導体レーザーそして太陽電池の開発などに応用されています。本研究成果は、このような光・電子デバイスの研究・開発において、重要な知見を提供していくと期待されます。
■本研究の成果は、イギリス Nature グループが発行する オンライン誌Scientific Reports に、2015 年 10 月 7 日(イギリス時間)付けで公開されます。
* 本研究成果の一部は、以下の事業・研究領域・研究課題などによって得られました。
①文部科学省科学研究費・基盤研究S『フェムト秒時間分解STMによる光励起ダイナミックスのナノスケール分光』研究機関(平成27年度~31年度) 重川秀実
②科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業さきがけ「単原子膜ヘテロ接合における機能性一次元界面の創出とエレクトロニクス応用」(研究期間:平成25~28年度)、文部科学省科学研究費・新学術領域「二次元半導体ヘテロ構造の結晶成長と光機能開拓」(研究期間:平成26~27年度)宮田耕充
【研究の背景】
近年、電子素子の微細化に伴って高性能材料の必要性が高まっています。また、軽くて柔軟な電子機器を実現するために、原子数個分の厚みを持つシート状物質である原子層物質に注目が集まっています。このような物質としては、炭素原子1個の層からなる膜であるグラフェンが最も有名です。その一方で、ごく最近になり、新しい機能性材料として、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属原子と、硫黄(S)などのカルコゲン原子からなる遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC、図1)という層状物質が大きな注目を集めています。この物質は、1層での厚みが3原子分という薄いシート状の構造を持っています。主に潤滑剤などで一般に広く利用されてきた材料です。
グラフェンとは異なり、多数ある遷移金属原子とカルコゲン原子の組み合わせにより、半導体から金属、そして超伝導体など、様々な機能を持つTMDCが存在することが重要な特徴となります。従来は多数の層が積層した層状結晶として存在することが知られていました。しかし近年になって、1層分の薄いシート状で作製でき、大気中で安定に存在できることが明らかになってきました。この非常に薄い構造的な特徴により、柔軟性や透明性を持つ光電子素子、そして超低エネルギー消費な電子素子への応用が期待されています。
このような素子を実現していくには、半導体としての特性を持つTMDCにおいては特に、異なるバンドギャップを持つTMDC同士を組み合わせた半導体ヘテロ接合と呼ばれる構造にすることが必要になります。そして、その接合部に生じる電場や電子状態などを活用し、光エネルギーを電気エネルギーに、また電気エネルギーを光エネルギーに効率よく変換していくことが重要な課題となります。現在、世界中でこの材料系の研究が活発に行われ始めていますが、そのような界面での電場等の詳細な電子状態は明らかではありませんでした。
【研究内容と成果】
本研究グループは、この課題に取り組むため、化学気相成長法を用いることで、このTMDC原子層の半導体ヘテロ接合を作製してきました。今回、1層の厚みを持つ二硫化タングステン(WS2)とタングステンとモリブデンが混在したTMDC、通称Mo1-xWxS2合金とのヘテロ接合を実現することに成功しました。この試料について、STM(走査トンネル顕微鏡)を用いることで、ヘテロ接合界面において個々の原子がどのように配列しているかを観察し、極めて直線的な界面が実現されていることを明らかにしました。
さらに、走査型トンネル分光という手法を用いることで、WS2とMo1-xWxS2合金の電子状態を計測し、この電子状態が界面近傍でどのように変化していくか解明しました。特に、このヘテロ接合系では、一般にタイプ2と呼ばれる、光センサーや太陽電池に有利な電子状態を界面で実現できることを実験的に確認しました。
また、接合部では、界面近傍の10nm以下の微小な領域で大きな電場が生じていることを可視化し、約80 ×106 V/m程度の電場が自発的に発生していることなどの定量的評価にも成功しました。さらに、例えば二硫化タングステンと呼ばれる材料にMo原子を1つW原子と置換した場合に、電子状態がどのように変化するかも初めて解明しました。これらの成果は、半導体材料において重要な、元素置換によるバンドギャップ制御や、異種半導体接合における電気的性質を微視的な観点から初めて解明した例になります。
【今後の展開】
今回の研究対象である半導体ヘテロ構造は半導体素子の最も重要な構造の1つで、光センサー、半導体レーザー、そして太陽電池などの光電子素子で広く利用されています。本研究成果は、薄い、軽い、透明などの特徴を持つ新しい材料系である半導体原子層物質でも、従来の固体材料と同様な特性を持つ半導体ヘテロ接合が実現できることを示しています。将来の光・電子デバイスの研究・開発において、重要な知見を提供していくと期待されます。
※詳細は以下の報道発表資料をご覧ください。
問合せ先
■首都大学東京大学院 理工学研究科 准教授 宮田耕充(みやた やすみつ)
TEL: 042-677-2508 E-mail: ymiyata★tmu.ac.jp
【研究全般について】
■筑波大学 数理物質系 教授 重川秀実(しげかわ ひでみ)
TEL: 029-853-5276 E-mail: hidemi★ims.tsukuba.ac.jp
※上記アドレスにお問い合わせいただく際は、★を@に変更ください。