概要
DNAの変異は細胞のガン化のもととなります。一方、DNAの変異は、体の免疫として働く抗体の多様化をもたらします。DNAの変異が発生する分子機構を、公立大学法人首都大学東京(原島文雄学長)と国立大学法人京都大学(山極壽一総長)が共同で、世界で初めて明らかにしました。
発見の背景
すべての生物はゲノム情報をDNAと呼ばれる化学物質を記憶媒体として用い、格納・継承しています。ヒトの場合、30億文字にも上るゲノム情報が、DNAを通じて次の世代へ受け渡されています。遺伝情報を受け渡すためには、「正確」に情報のコピーを行う必要があります。複製ポリメラーゼδ*1は、正確にDNAをコピーし、自らエラーを見い出し直すことができます。一方、DNAに傷があるとコピーを継続できず、複製ポリメラーゼは機能停止すると信じられてきました。DNAの傷は、放射線や紫外線で発生するだけでなく、呼吸などの代謝反応によって1日に1細胞あたりに10万程度発生しています。このように多発するDNAの傷でコピーが停止すると、複製ポリメラーゼはTLSポリメラーゼ*2と呼ばれる特殊なポリメラーゼ群にスイッチし、コピーを肩代わりしてもらい、停止しないようにしています。このとき、TLSポリメラーゼによるコピーでエラーが発生し、突然変異の主要な原因になると考えられています。
廣田耕志教授(首都大学東京 理工学研究科)の研究室では、DNAのキズを修復するメカニズムについて、国際的な共同研究を行っており、武田俊一教授(京都大学 医学研究科)と廣田教授は、セラ教授(ケンブリッジ大学)と共同で、複製ポリメラーゼδの新機能を発見しました。
研究の詳細
今回、廣田教授と武田教授は、傷ついたDNAでの複製ポリメラーゼδの動きについて詳細に解析を行いました。複製ポリメラーゼδの機能を変異で一部弱めたところ、DNAの傷を乗り越えてコピーすることが出来なくなっていました(図1−2)。また、複製ポリメラーゼδがDNAのキズを乗り越えてコピーをする場合にも、突然変異が大量に発生することが明らかとなりました。さらに、この乗り越えは従来のTLSポリメラーゼと独立に行われている事実が判明しました。この発見は、これまで「複製ポリメラーゼδは乗り越えてコピーできない」という教科書的なドグマを覆し、複製ポリメラーゼによるコピーでも突然変異につながるという、意外な事実を浮かび上がらせました。今後の解決すべき課題としては、従来のTLSポリメラーゼと複製ポリメラーゼδが、DNAの傷でどのように役割分担しているのか等が残っています。
発表雑誌
本研究成果は、1月27日付けのNucleic Acids Researchオンライン版で発表されました。
研究の意義と波及効果
今回の研究では、複製ポリメラーゼδもDNAの傷を乗り越えてコピーをして、突然変異を発生しうることを発見しました。この研究成果は抗がん剤開発や化学物質の発ガン性評価などへの応用研究に結びつくことが期待されています。
最初に、抗がん剤開発への波及効果について解説します。ガン細胞では乗り越える活性が増加しており、抗がん剤の効果を低下させる原因となっています。我々が今回解明した「乗り越える分子機構」を標的とする阻害薬品を開発できれば、効果的なガン治療薬品として使用できることが期待できます。
次に、化学物質の発ガン性評価への波及効果について解説します。化学物質によるDNAの傷を直接見つけることは、事実上不可能です。DNAの傷を検出するためのインジケーターとして、今回発見した「乗り越える分子機構」を応用することが期待されています。乗り越える機能を変異した細胞では、乗り越えが不良のため、DNAの傷によって細胞死を引き起こします。この変異細胞の細胞死を指標とした試験が、毒性評価につながることを期待しています。
用語解説と添付資料
*1 複製ポリメラーゼδ(デルタ)
ゲノム全体のコピーを行う真核生物のポリメラーゼ。δとε(イプシロン)が存在する。
*2 TLSポリメラーゼ
DNA損傷部位でコピーが停止した際に、複製ポリメラーゼからスイッチして、コピーを継続する酵素。