キービジュアル

将来を見据えて「労働法」を学ぶ。法学部 天野晋介ゼミで得られる論理的思考と発言力

東京都立大学の法学部は長年にわたって少人数教育を重視し、実践してきました。5〜20人の学生が参加する「専門ゼミ」を40科目ほど開講。最先端の研究や知見をもとに、教員と学生が直接対話を重ね、法律や政治に関して学びを深めていきます。

今回、労働にまつわる法律をテーマとして扱う法学部 法学科 法律学コースの天野晋介教授のゼミナールを取材しました。天野ゼミも、所属する学生は20人弱と少数。4〜5人ずつの学生が所属する5つの班で構成されます。ゼミでは実際に起こった労働問題の裁判例を取り上げ、学生主体で議論を行いながら、労働法と労働にまつわる社会のあり方を深く考えます。

天野晋介教授
法学部 法学科 法律学コース 天野晋介教授

旬の判例を取り上げ、多角的な視点から議論を深める

まずは、10月下旬に行われた実際のゼミの様子をご紹介します。

今回は後期のゼミが始まったばかりということもあり、天野教授が司会を務めながら、事例を用いてディスカッションが行われました。

image-2

取り上げた事例は、2023年7月20日に最高裁判所第一小法廷にて判決が下された「名古屋自動車学校事件」を素材に作成されたものです。これは、ある自動車学校に勤務していた労働者が定年退職後に再雇用され嘱託職員となったものの、正職員時代の待遇と比べて生じた差を不合理だと訴えた裁判例です。この事例について、天野ゼミでは「定年延長をした場合」「再雇用をした場合」の2つの場合において、労働者の請求が認められるかどうかを慎重に検討していきました。

まずは、A班からE班まで4人組に分かれ、各班が労働者の請求の妥当性に関して、班の中で検討した結論を発表しました。発表で求められるのは、結論に至るまでの思考過程を、筋道立てて説明する力です。学生たちはレジュメや資料を参照しながら、「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」「労働契約法」「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」などに規定された内容を踏まえ、どのように結論を導き出したのか、班ごとの立場や考え方をプレゼンしていきました。

image-3
image-4

印象的だったのは、同じ事例を扱っていても、班によって考え方や結論に至る道筋、結論の内容が異なっていたことです。天野教授はそうした違いを一つ一つ認めながらも、学生の議論や思考をさらに深めてもらおうと、「この事例の場合、どの法律を使うのが正しいのか?」「そもそも、退職金はどういう性質を持つ?」「現代社会で高齢者の雇用はどんな役割を持つ?」と、多様な論点を投げかけていきます。そのたびに、学生の中で議論が生まれていきました。

image-5

一つのテーマを深く立体的に捉えて思考を深めていく学生たちの様子から、天野ゼミでは論理的思考力が大きく成長すると感じました。

「労働法」は社会で働く上でのルール。学生のうちに学ぶ意義は大きい

ゼミを終えたばかりの天野教授と、4年次の内田 皇輝さん、田丸 由梨さん、熊久保 朱里さんにインタビューを実施。3人は、3年次から天野ゼミを履修しているメンバーです。約2年にわたって共に学び、切磋琢磨している皆さんに、天野ゼミの普段の活動などについて話を聞きました

――今日のゼミの感想は?

とても難しいテーマでした。企業側も労働者側も、どちらの主張も理解できるからこそ、どのような立場に立って自分たちの意見を決めるべきか悩みました。

私の班では、実際に働いてみなければわからないという発言も多く、想像力を働かせながら、意見を考える必要がありましたよね。

僕の班は、そもそも結論に至るまでの前提となる根拠を間違えてしまったので、とても悔しい発表になりました。今後のゼミでは論理的に筋が通るような意見を出したいなと、改めて思いました。

image-6
右から熊久保 朱里さん、田丸 由梨さん、内田 皇輝さん
――天野ゼミで大切にされていることは?

学生たちが主体となって、自分たちの考え、見解を積極的に表明・発言できる雰囲気づくりを大切にしていますね。今日は学期の始まりに近かったこともあって私が事例作成や発表の司会を務めましたが、通常は学生が担います。学生が司会を務める回でも、いろいろな視点から意見を交わすことを意識してもらっています。

というのも、ゼミのテーマである労働法は、労働者を守るだけでなく、企業の利益や社会全体の利益までを考慮した上で、様々な問題に対する判断を下さなければならないからです。労働問題は、環境や時代、置かれた立場によって判断が変わるもので、絶対的な正解はありません。労働者と企業、社会、それぞれの利益のバランスを取り、三方にとって良い解決策をどう導くかが大切になるため、社会や時代の価値観も踏まえて、多角的に物事を考える必要があるのです。

――そもそも、労働法とはどのようなものでしょうか。

まず、労働法は「法」という字が付いていますが、実際の法律ではありません。労働契約法や労働基準法、最低賃金法など、労働者と雇用する側との関係性を規定した各種法律の総称です。

わが国では、誰もが自由に、自分の就きたい仕事に就くことができます。そして、民間企業に就職して働く際は「労働契約」というものを結ぶことになるのですが、その契約内容は原則として労働者と企業が対等に、自由に決めることができます。これを「契約自由の原則」といいます。

しかし一方で、労働者は企業から支払われる賃金に生活がかかっていることを忘れてはなりません。また労働者は、企業の指揮命令を受け、働くことになります。そのため、建前として企業と労働者は対等と言えども、従属的立場にある労働者のほうが実際はどうしても弱い立場に置かれてしまいます。

また、企業は組織ですから、労働者個人よりも交渉力が高いのは当然のこと。そこで労働法は、関係的に弱い立場にある労働者を保護するために、契約自由の原則を修正し、労働契約の内容や最低賃金、働く時間などについて明確なルールを定めているのです。

image-7
――労働法を大学生のうちに学ぶ意義を教えてください。

労働法は、社会に出て働く上での基本的なルールです。そのルールを知らずして働き始めれば、自分が損をする可能性もあります。多くの学生は民間企業に就職するでしょうから、将来必要となる知識を学生のうちから学ぶ意義は大きいと思います。

法曹(裁判官や検察官、弁護士など法律事務の従事者)を目指す学生も、労働法を選択科目として選ぶことで、司法試験に備えることができます。昨今は労働紛争も増えていますので、法律家になった後も、大学で学んだ知識を活かせるでしょう。もし将来起業することになったとしても、労働法は雇用主にも関係する法律ですから、しっかりとした職場環境を作る上でも学んだ内容は無駄にならないはずです。

image-8

アウトプット力と労働法の知識を武器に、キャリアを切り開く学生を育てたい

――皆さんが天野ゼミを選んだ理由は?

労働問題は私たちの身近な問題ですし、自分でもしっかりと勉強してみたいと思ったからです。また、天野ゼミは発表や議論が中心で、アウトプット力が高められるため選びました。

image-9

私も議論中心で進んでいくゼミのスタイルに魅力を感じて選びました。労働法は当事者意識を持って考えやすいため、いろいろな人の意見を聞きながら、社会の基本的な仕組みについて学びたいと思いました。

image-10

僕も労働法は将来絶対に必要となる知識だと思い、天野ゼミを選びました。ゼミで様々な論点について議論することで、法律の背景にある「価値観の共有」がとても大切だと実感しています。社会に出てからも役に立つ学びを得られているように思います。

image-11
――ゼミの学びの中で、最も印象に残っていることは?

私たちは、想像以上に労働法に守られているのだということを、2年間のゼミを通じて学びました。その中でも特に人事異動の一つである「配置転換」をテーマに議論したときは、結論を導き出す難しさを感じましたね。

配置転換は、法律上問題がない指示なのであれば、基本的に労働者は従わなければなりません。しかし、労働者に幼い子どもや病気の家族がいたときは、配置転換を拒否できるケースもあるのです。企業の利益と労働者の事情、社会的な背景を全て考慮しながら結論を出す必要があり、社会で話題となっている問題の解決の難しさを実感しました。

そのような難しい問題を扱うことも多いからこそ、ゼミの準備で班のメンバーと話し合いをするときは、多様な論点をあらかじめ想定しておけるよう意識しています。

ただ、議論の中で、ほかの班と大きく異なる意見やそもそも前提が間違っている見解を述べたとしても、天野先生は僕らの発言を尊重してくださいます。足りていない視点があれば必要な知識を優しく教えてくださるんです。天野ゼミでは、誰もが意見を言いやすい雰囲気があると思います。

image-12

先ほども少しお話しましたが、労働問題に「正解」はありません。立場が変われば、問題に対して出す結論も変わるものです。だからこそ、学生の皆さんには自由闊達(じゆうかったつ)に議論をして、いろいろな考え方に触れてほしいと思っています。

また、熊久保さんの志望理由にもありましたが、私のゼミでは、アウトプット力を培ってもらえるよう授業を構成しています。3年次と4年次が一緒になった班単位での事前学習やゼミでの議論などを通じて、自分の考えを筋道立てて整理し、言葉で表現する能力を養います。こういったスキルは社会に出ても役立つので、ぜひ伸ばしてほしいですね。

image-13
――天野ゼミで学んだことを、今後どのように活かしていきたいですか?

私は就職先の企業で、法務担当として経営に貢献できる仕事をしたいと思っています。ゼミで学んだ、労働問題における判断の難しさや関係者の利益バランスの重要性、労働法の知識をもとに、社内から信頼されるような法務担当者を目指したいです。

私は総合職として採用されることが決まっており、まだどの部署に配属されるかは分かりませんが、もし人事の仕事をすることがあれば、人事制度づくりに携わってみたいです。ゼミでの学びを活かして、職場環境をより良いものにできるようクリエイティブに仕事をしていきたいですね。

僕も熊久保さんと同じく総合職として入社することが決まっています。ゼミでは高齢者雇用や就業規則の問題について実例をもとに学んだので、配属された部署ではその知識を活かして仕事ができればと思っています。

皆さんそれぞれ目標があっていいですね。これからの活躍を期待しています。私も学生たちの頑張りに刺激を受けながら、労働法の知識とコミュニケーション力を武器に自分自身のキャリアを切り開いていけるような学生を今後も育てていきたいです。

image-14