キービジュアル

世界が注目する最新の研究に携わる。理学部 藤田裕教授に聞く「理論宇宙物理学」に挑む醍醐味とは

東京都立大学 理学部・理学研究科の藤田裕教授が行った、銀河系の中心部で観測されている巨大なガンマ線の泡「フェルミバブル」の形成メカニズムを解き明かす研究が、今世界で大きな注目を集めています。今回、藤田教授に研究内容や研究室で大切にしていることを、詳しく教えていただきました。

今、世界が大注目。藤田教授の銀河系に関する宇宙理論の研究とは

――まず、藤田先生のご専門を教えてください。

私の専門は、宇宙物理学です。その中でも「理論宇宙物理学」という分野に取り組んでおり、物理学の様々な方程式を使って宇宙のからくりを解き明かすことを仕事にしています。

image-1
――そもそも、宇宙研究にはどのようなやり方があるのでしょうか。

大まかに言えば、「観測」と「理論」の二つの方法があります。日本の研究者は観測か理論か、どちらかの研究方法に特化している方が多く、観測の専門家は世界各地にある高性能な望遠鏡を用いながら、得られたデータを基に宇宙空間における現象の成り立ちなどを考えていきます。一方で、観測データや様々な研究論文をベースに、宇宙で発生した現象を物理学の方程式で表現し、その仕組みを説明しようとしているのが、私のような理論を専門としている研究者です。

――藤田先生が2022年12月に発表した研究論文「Evidence for powerful winds and the associated reverse shock as the origin of the Fermi bubbles 」は、世界で大きな注目を集めたと伺いました。

おかげさまで、海外を中心に30以上のメディアに取り上げていただきました。また、海外の方が私の研究論文の内容をわかりやすく解説してくださっている動画もYouTubeに上がっているようで驚きました。

――改めて、その論文に書かれた研究内容を教えてください。

簡潔に述べれば、銀河系の中心方向に見える巨大なガンマ線の泡「フェルミバブル」の形成メカニズムを理論的に解き明かした研究です。

もう少し詳しく説明すると、銀河系の中心には、太陽の約400万倍の質量を持ったブラックホールがあります。ブラックホールはあらゆるものを飲み込んでしまう存在ですが、実は飲み込む前に、一部のエネルギーを外に出すという性質があります。その結果、銀河系中心のブラックホールが膨大なエネルギーを放出し、銀河系中心から高速風が長期間噴出されることにより、フェルミバブルができたのではないか。そのような考えを理論的に示したのが、私の論文の大筋です。

フェルミバブルは、以前から世界中の研究者が注目しており、現象の理由を説明する説は数多く出ていました。今回、私の論文では、最新の観測データを用いて、これまでのどの説よりも説得力のある理論を打ち立てることができました。そのため、海外のメディアなどで論文が紹介されているのです。

――特に銀河系のような巨大な存在については、実験を行って理論の正しさを検証することができません。宇宙研究において、理論の「確からしさ」はどう判明していくものなのですか?

なかなか言語化が難しいところではあるのですが、その論文に書かれた理論を見たときに、できるだけ無理がない自然な形で説明できているものが支持され、一つの確立した理論として残っていきます。宇宙はわからないことが多いため、理論化する上で「仮定」を置くことがよくあります。しかし、そういった仮定はしばしば恣意的であるため、本来はできるだけ使用せずに説明できたほうが良いのです。仮定が少なかったり、複数の研究者が見たときに筋の通った納得のいく説明になっていたりすると、その理論は「確からしい」と支持されていくことになります。

――宇宙研究においては、一つの現象に対して複数の説があり、それが淘汰されていくことで研究が一歩先に進んでいくのですね。

そうですね。宇宙の研究は、最初から全てのしくみが判明するような世紀の大発見は滅多にありません。たいていの場合は、様々なアイデアが出され、何十年もかけて最も確からしいアイデアが生き残っていく形で理論が固まっていきます。

例えば、宇宙がビッグバンで始まり、膨張しているという理論。これは現在でこそ教科書にも掲載され、多くの方が知るところとなりましたが、以前は違った説も多く出ていました。その昔は、天文学や宇宙物理学のプロですら、宇宙に始まりがあり、膨張しているという説を否定する人も多かったのです。でも、観測が進むにつれて、ビッグバンを支持するデータが次々と出てきました。その結果、宇宙がどのように存在しているのかについては、何十年という時を経て「始まりがあり、膨張している」という説が最も確かな理論として定着したのです。

image-2
――宇宙研究においては、研究成果の本当の意義が見えてくるのに膨大な時間がかかるということですが、藤田先生が研究に挑むモチベーションはどこにあるのでしょうか?

一言で言えば「好奇心」です。私は子どものころから宇宙が大好きだったんですよ。小学3年生のとき、誕生日に祖父が望遠鏡を買ってくれたことをきっかけに、夜な夜な天体観察をする“天文少年”でした。星を観察し続けるうちに、星や宇宙のあり方について「なぜそうなっているのか」と疑問が湧いてくるようになりました。好奇心の赴くままそうした疑問を突き詰めていった結果、理論宇宙物理学という学問分野にたどり着き、現在のような研究をするに至っています。

JAXAやNASAが名を連ねる『XRISM衛星プロジェクト』に参加

――藤田先生の研究室の特徴を教えてください。

国内外の研究チームと連携し、理論と観測の両面から宇宙の謎を解き明かそうとしている点は、私の研究室の最大の特徴です。宇宙研究の方法の中でも少しお話しましたが、日本では一つの研究室で理論と観測を手がけているところはそう多くはありません。

また、私たちの研究室は、都立大の宇宙物理実験研究室とともに、JAXA(宇宙航空研究開発機構)やNASA(米国航空宇宙局)をはじめ、東京大学などの多数の研究機関が参加する『XRISM衛星プロジェクト』にも参加しています。XRISM衛星は2023年9月7日に打ち上げに成功し、現在は様々な観測を行うために、装置の調整をしているところです。私たちの研究室でも、宇宙物理実験研究室などが製作に携わった装置から最新のデータを取得し、理論研究を進めていくつもりです。

――XRISM衛星を使い、具体的にどのような現象を観測しようとしているのですか?

現象としては、宇宙で最大規模の天体である「銀河団」の中で吹く風を捉えることで、銀河団の内部で発生しているガスの動きや銀河団そのものの動きを観測しようとしています。

とはいえ、銀河団は1000万光年を超える途方もない大きさをしている上に遠いため、目に見える形状を普通に観察しているだけでは人の一生をかけてもその動きを掴むことはできません。そこで用いるのが「ドップラー効果」という現象です。ドップラー効果というと、救急車が近づくにつれてサイレンの音が高く聞こえ、遠ざかるにつれてサイレンの音が低く聞こえるという現象で知っている方も多いかもしれません。音は物体の振動によって発生する波で、光もまた波です。そのため、ガスの動きについては、X線という光を観測することで、その速度をドップラー効果によって求めることができるのです。

image-3

XRISM衛星は、光の一種であるX線のエネルギーを精密に測定することができる装置を搭載しています。X線のメリットは、銀河団の放つ1億度もの高温ガスからの放射でも観測可能なこと。この観測データを解析することで、今後銀河団やブラックホールのガスの動きについて、理論的な研究を進めていければと考えています。

学生には「物理的な直観力」を養ってもらいたい

――藤田先生の研究室には、現在何名の学生が所属しているのですか?

2023年11月現在は学部生が3名、博士前期課程が3名で計6名の学生が所属しています。ほかに特任研究員や客員研究員3名が所属しており、そのうち2名が外国人です。

――学生や研究者を育てる上で、大切にしていることはありますか?

物理的な直感力を養ってもらうことを大切にしています。学生には、方程式を見たときにそれを単なる文字として認識するのではなく、その意味を把握しながら、どんな現象が起きているのかをイメージできるようになってほしいのです。

私のような理論宇宙物理学の研究者は、数式を見ただけで、その式が表す世界が見えるんですよ。何が起きているのかを、数式からありありと想像できます。私の研究室では、学生の皆さんにもその領域まで達してもらえたらと考えています。数式と現象が結びつくようになると、いろいろな現象を数式で表せるようになりますし、研究に対してもより楽しみながら向き合えるようになると思います。

その意味では、私の研究室に向いているのは、物理学を楽しめる人や物理的な発想が好きな人なのかもしれません。星座や天体に詳しくなくても構いません。むしろ、中学・高校のころから物理や数学が大好きな人のほうが、研究を楽しめる可能性が高いです。数式をいろいろといじって、あれこれ考えることが好きな人にぜひ研究室の門を叩いていただけたらうれしいです。

image-4

宇宙は「全て」。あらゆる物理学を試せる、理論宇宙物理学の面白さ

――理論宇宙物理学という分野を学び、研究に取り組む醍醐味は、どのような点にあると思いますか?

物理学には多様な分野がありますが、宇宙を扱う面白さは、ありとあらゆる物理学を試すことができる点にあります。宇宙は「全て」です。物理学で扱う全ての現象が詰まっています。だからこそ、膨大な知識が必要なのですが、逆に言えば、知識を蓄えれば宇宙の始まりや天体現象についても数式で表し、正確に把握することができるようになります。神様の領域に触れたような、ある意味で自分がとても偉くなったかのような不思議な感覚を得ることができる点は、この学問を追究する醍醐味と言えるかもしれません。

image-5
――最後に、都立大を目指す学生に向けて、メッセージをお願いします。

宇宙研究を極めていくためには、本当に幅広い知識が必要となります。そのため、高校生のうちは、ぜひいろいろなことに興味を持って、好奇心旺盛に勉強していただきたいなと思います。

都立大の環境は、学生の皆さんにとって、きっと過ごしやすいものになるはずです。XRISM衛星をはじめとした最新の研究に携わることができますし、都立大の近くには、国立天文台やJAXAの相模原キャンパスなどもあります。また、南大沢キャンパスは緑が多く、駅周辺も非常に暮らしやすい土地です。

また、私としては、学生の皆さんにはぜひ野望を持って、若いうちは難しい研究テーマに挑んでいただきたいと考えています。私自身も今後、長期的には世界で公開されている様々な観測データを用いながら、宇宙全体の謎に迫る理論研究をしていくつもりです。ぜひ私たちと一緒に、宇宙の謎を解き明かす研究に挑んでいきましょう。

image-6