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フラットな関係で、研究の本質に触れる。理学部 福田公子研究室で自分の視野を広げる学びを

「受精卵」というたった一つの細胞がもととなり、生まれた私たち。受精卵が赤ちゃんになるまでには、臓器や骨格、皮膚など人体の各パーツが狂いなく形づくられていきます。なぜ、ごく小さな細胞があたかも規則があるかのように人間へと形成されていくのか。その理由を探るのが発生生物学です。

今回、発生生物学と分子生物学を専門に、消化管の発生について研究を行う理学部 生命科学科の福田公子 准教授の研究室を取材しました。発生生物学とは何か、研究の面白さや研究室でできることについて、福田先生とゼミ生の理学部 生命科学科4年 金佳誼さんに詳しくお聞きしました。

高校で学ぶ「生物」と大学で学ぶ「生物学」の違い

――まず、高校で学ぶ「生物」と大学で学ぶ「生物学」の違いについて教えていただけますか。

大学で学ぶ生物学には、大きく二つの特徴があります。まず、高校では生物という科目の全体像を学ぶために各単元を少しずつ取り上げますが、大学ではその内容が非常に深くなり、一つの単元を掘り下げて学んでいきます。そして、生物学と化学、物理学の境界線が曖昧になっていくのも特徴です。

例えば、分子生物学を学ぶなら、生物の知識だけでなく、化学の知識も必要です。また、顕微鏡を使って実験や観察を行う際は、物理の光学の知識も欠かせません。様々な分野の知識を使いながらテーマの研究を進めていくのが、大学における生物学です。

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理学部 生命科学科 福田公子 准教授

先生のおっしゃるとおり、私も大学では高校で勉強した内容をさらに深く学べている印象があります。例えば、カエルの発生という単元一つとっても、高校の場合は受精卵がどのように分裂し、どの胚がどの臓器になるのかという事実を勉強するだけでしたが、大学ではタンパク質の相互作用なども踏まえながら、なぜそうした現象が起きるのかを理解します。

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理学部 生命科学科 金佳誼
――大学で学ぶ「生物学」の面白さは、どのようなところにあると思いますか?

理系の学問の中でも、言葉の定義などに様々な解釈の仕方があり、とても奥深い点に魅力を感じています。

生物学を学ぶ醍醐味は本当にいろいろとあるのですが、まず一つは、生物として生きている人間を探究できる点にあると思います。人間は、誰しもが一つの細胞から生まれてきました。細胞がなぜ人間の形に変化し、生まれてくるのか、その仕組みはまだ解明できていません。

さらに、最初の生命が生まれてから何十億年の時間が過ぎ、様々な進化を経て現在の私たちが存在しているのは本当に不思議なことです。生物学の学びと研究を通じて、生命の謎に迫っていけるロマンがあるように思います。

生き物のまだ見ぬポテンシャルを発見する、発生生物学の研究

――発生生物学と分子生物学は、どのようなことを追究する学問なのでしょうか。

発生生物学は、受精卵がなぜ人間になるのかを探る学問です。もう少し具体的にいうと、受精卵という一つの細胞が、どのように30兆個の細胞に増え、脳や心臓、胃などをきれいに形づくっていくのかを研究します。

一方、分子生物学は、細胞の変化がどのような原理で起こったのかを分子レベルで理解しようとする学問です。一つの細胞が分裂した際、どのような物質の相互作用があって細胞が変化したのかといったことを追究していきます。

――そのような学問分野の中で、福田先生は具体的にどのようなテーマで研究されているのですか?

私は胃や腸などの消化管に興味があり、「消化管の発生」について研究してきました。消化管は、生物にとって根本的に必要な臓器で、発生の過程の中でも比較的早い段階で形成されます。そして、どのような個体でも、口から食道、胃を経て腸が形成されるという順番は変わりません。

なぜ、狂いが生じることなく消化管がつくられるのか、一体何が消化管形成をコントロールしているのかを探るべく、日々研究に取り組んでいます。

――そのような研究は、実際どのような実験を行いながら進めるものなのでしょうか?

例えば、消化管は、細胞が協調して動くことで一本の管を形成します。そのため、細胞に色をつけて動きを観察し、管の形成に欠かせない部分を見つけていくという地道な実験や観察を一つ一つ積み重ねていきます。

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――消化管の発生の研究が進むと、社会にどのような影響があるのでしょうか。

私たちの体は全て管でできているので、管の形成を解明することができれば、生物の持つさらなるポテンシャルを発見できるのではないかと考えています。また、病気の解明に役立つという可能性もあります。以前、私の手がけた胃の発生の研究成果が胃がんの診断の研究に使われたことがあります。このように、発生生物学で蓄積したデータは、私たちの暮らしを支える研究の礎を担う可能性があると思っています。

フラットな関係性が、学生の学びを深める

――ところで、金さんはなぜ、福田研究室に入ろうと思ったのですか?

面倒見の良い福田先生のもとで、研究に取り組みたいと思ったことが、大きな理由です。理学部では学部3年生のころから所属する研究室を選び始めるのですが、研究室見学に行った際、先生は私の話を丁寧に聴いてくださったんです。この研究室なら、先生に様々なことを相談しながら、自分自身の知識と経験を蓄えていけると感じたんです。

――金さんは、現在どのような研究に取り組んでいるのですか?

私は先生が以前携わっていた、鶏の砂肝の筋肉培養の研究に取り組んでいます。昨今、培養肉が注目されていますから、砂肝の培養技術を確立することができれば、社会に役立てるかもしれません。

砂肝の筋肉は少し変わっているので、通常は分裂しない筋肉の中でも、培養できる可能性が高いと考えています。筋肉のまま培養可能な条件、あるいは培養すると筋肉ではなくなってしまう理由を探して、日々金さんと一緒に実験を続けています。

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――実際に砂肝培養の研究を手がけてみて、いかがですか?

よく教科書では「Aという実験をするとBという結果が得られる」ということが書かれていますが、実際の研究は、一足飛びにはいかないのだなということがわかりました。そもそも実験がうまくいかないこともあれば、失敗理由がよくわからないこともあります。同じ条件下で実験を行っているはずなのに、同じ結果が得られないことだってある。一つの理論や結果を導くためには、長い時間と途方もない試行錯誤が必要なのだと感じました。

素晴らしい。大切な実感です。

こうした時間のかかる研究でも、福田先生はやる気がある学生に本気で応えてくださいますよね。たとえば、先日は出張直後に研究室に戻ってきて、私の実験に付き合ってくださったことがありました。何かわからないことや相談したいことがあった際も相談しやすい環境がありますし、本当にありがたいなと思っています。

金さんの熱意は本当に素晴らしいなと思っています。私が出張でいないときも、メールで実験がしたいと連絡をくれるからこそ、その熱量に応えてあげなければと思うわけです。そんな彼女と一緒に実験できるのは、やはり楽しいですね。

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――福田先生は、研究室で指導される際、どのようなことを大切にしているのでしょうか。

どんな学生にも、自分のオリジナルなテーマを発見して、それを突き詰めることを大切にしてほしいと考えているので、実験などを行う際は、最初からアドバイスはしません。失敗しても良いので、まずは自分で第一歩を踏み出してほしい。試行錯誤した上でわからないことがあれば、アドバイスをするようにしています。

福田先生の授業は、学生の実践を大切にされています。最初に必要なレクチャーを行ったあとは、私たち学生が教科書などで学びを深め、それを自分たちでほかの学生に講義するスタイルです。そのため、先生の授業を受ける学生は、みんなかなり時間をかけて勉強していると思います。

――福田研究室で育てていきたい学生や研究者像を教えていただけますか?

私は教員が学生を「育てる」というのはおこがましいと考えており、学生には私と一緒に研究を進め、一緒に失敗を重ねる中で共に成長できたらうれしいなと思っています。研究は100%うまくいくものなどありません。どれだけ考え抜いても、99%は失敗に終わってしまうもの。

でも、うまくいった1%の感動や面白さが忘れられなくて、また新しい研究に取り組んでいくものだと思います。失敗を重ねても発見が得られるということを、研究室で経験してもらえたらなと願っています。

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海外大学で高度な研究も。視野を広げて研究と向き合えるゼミの環境

――金さんの今後の目標を教えてください。

大学院への進学に向けて準備を進めていますが、まずは目下のロンドン大学での短期留学にしっかりと取り組みたいと考えています。現地の研究室で、ゼブラフィッシュを使った発生生物学の研究に取り組むため、しっかりと予習をしながら、自分のこれまでの学びや経験を振り返りたいと思っています。

生命科学科は以前から、毎年のように4年次や博士前期課程、後期課程の希望者を海外の大学に1~3ヶ月間ほど派遣しており、現地で質の高い研究に触れてもらう機会を大切にしています。語学留学と違い、英語を話す前提で専門的な議論が行われますから刺激があります。現地での生活も含めて、短期留学を存分に楽しみ、活用している学生が多い印象です。

――福田先生の今後の研究の展望と、大学進学を考える高校生やゼミ選択を考える在学生に向けて、メッセージを教えてください。

研究では、消化管以外の組織についても取り組んでいこうと考えています。具体的には、羊膜(子宮の一番内側にあり、羊水を保持している薄い膜)に興味を持っています。羊膜は胚にはならないものの、胚の発生にはとても大切な部位です。そのような組織がどのように分化して、どのように維持されているのかを解明できたらと思っており、少しずつテーマをシフトさせている状況です。

この研究は未知の部分が多く、妊娠の一時期にしか使われないながらも、面白い細胞がたくさんあります。それらを追求していくことで、もしかすると、妊娠が維持される理由などについても明らかにするきっかけになるかもしれません。高校生や学生の皆さんにもこうした未知なる現象の解明に情熱を傾け、知的好奇心を持って挑戦していってほしいと思っています。

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