東京都立大学大学教育センターは、学生が自ら考える力の育成を目指し、全学共通カリキュラムの充実と、授業の質の向上に取り組む組織です。同センターに所属する伏木田稚子准教授は、学部生や大学院生、カレッジ生*1を対象に、ICT*2を活用した情報リテラシー教育を担当しています。
研究では、教育工学と呼ばれる学際的な分野において、学習環境が人々に与える心理的な影響を探究しています。学び手が楽しく学び続ける環境を、どのように整えるのか。こうした問題意識を持つ伏木田先生に、大学での学びの今とこれからについてお聞きしました。
*1 東京都立大学プレミアム・カレッジの履修生のこと。50歳からの新たな学び、生涯学べる100歳大学をコンセプトに、2019年4月に開講。詳しくはhttps://www.pc.tmu.ac.jp/index.htmlを参照
*2 Information and Communication Technologyの頭文字をとったもので、情報通信技術のこと
変化を求められる教育現場。コロナ禍が「かかわりの中で問いながら学ぶ」ことに与えた影響とは?
──新型コロナウイルス感染症の拡大は、学びの場にどういった影響をもたらしたのでしょうか。
オンライン授業の広まりと共に、学びを自分事として振り返る機会が増えたと感じています。教室に集い、仲間と学び合う。そんな当たり前がなくなったことで、一人ひとりが「大学での学び方」を問いやすくなったのかもしれません。
例えば、学生はオンライン授業のよさとして、時間や場所にとらわれず、自分のペースで学習できる点を評価しています。一方で、近くの席の人にわからないことを聞く、友達と並んで課題に取り組むなど、自然なやりとりの少なさに困っている。ただし、Zoomのチャットで気軽に質問できた、ブレイクアウトルーム*3は話しやすかった、という喜びの声も聞かれます。
こうした相容れない受け止め方*4が、くっきりと現れた。これも、学生が変化と向き合い、自身の学びを内省し続けた日々の産物だと思います。
*3 Zoom上でミーティングの参加者を(少人数の)グループに分ける機能のこと。メインセッションの中に、複数の小部屋があるイメージ。
*4 以下の文献より引用
伏木田稚子, 大浦弘樹, 光永文彦, 吉川遼, 加藤浩 (2022) 初年次生からみた同期型オンライン授業の問題-自由記述の分析に基づく考察-. 名古屋高等教育研究, 22: 261-280
──伏木田先生は、「かかわりの中で問いながら学ぶ」ことを大切にされています。その視点から、コロナ禍に生じた変化をどのように捉えていますか。
同じ授業に出ていて、休み時間にちょっと話す。サークルで意気投合し、一緒に授業を受ける。そういう、授業内外を行き来する交流が失われ、ゆるやかにかかわることが難しくなりました。これは、学生同士に限りません。授業前後に教室で雑談をする、構内ですれ違ったときに挨拶をするといった、教員との結びつきも減りました。
気付いたらかかわりができていた、ということは起こりづらい。その意味では、当然のようにあった「育まれるかかわり」が、互いに工夫をして「つくるかかわり」へと変わったように思います。問うことについては、質の変化というよりも多層化したという印象です。
──問うことが多層化したというのは、具体的にどういうことでしょうか?
誰に問うのか(対象)、何を問うのか(内容)、という2軸で考えてみます。対象は授業に限るなら、教員、ほかの学生、そして自分自身になります。課題に取り組む場面を想定すると、軽い確認に始まり、自分の考えは適切か、ほかの人はどう進めているのか、教員はどんなゴールを期待しているのかなど、内容はいろいろあるでしょう。
これまでの対面授業では、席の近い、または仲のよい友人に問うことが多かったと思います。大体いつも、周りにほかの学生がいますから。それができなくなって、じゃあどうしようと。ここで促されたのが、自分自身への問いかけです。ほかの人の様子がわからないから、ああでもない、こうでもないと、試行錯誤することになった。
さらに新入生の場合は、教員に問わざるを得なかったのだと思います。友人関係ができていないので、「これでいいの?」とSNSでさらっと聞くわけにもいかない。でも、ZoomのチャットやLMS(学習管理システム)のメッセージ機能を使えば、教員に質問できる。テキスト入力の手間はあっても、対面で話すよりは緊張しない。こうして、課題の進め方やゴールを教員に問う敷居が、2020年以降はぐっと下がったようでした。
オンライン授業がもたらした、学び方の広がりと納得感の大切さ。
──つまり、「かかわりの中で問いながら学ぶ」ことそのものが、違う形になっていったと……。
そうですね。学び方に広がりが生まれた、というイメージかもしれません。「かかわり」はつくらなければならず、誰かに「問う」上でオンラインツールは欠かせない。でも、通学にかかるコストに悩んでいる人、周りに人がいない状態で学びたい人にとって、オンライン授業は新たな道を拓いたはずです。
多くの学生は、オンライン授業のメリット・デメリットが共存関係にあると気が付いています*5。オンライン授業だから、好きなように学べる。オンライン授業でも、やり方次第でコミュニケーションがとれる。ただ、違和感や物足りなさは拭えない……。
そうした相反する思いを抱えて奮闘する学生たちに寄り添い、「納得感のある学び」を共に創っていくことが、私たちの役割だと考えています。
*5 *4と同じ
──なるほど。では、ここでの「納得感」とは何を指しているのでしょうか。
新しいことを知りたいから、一斉講義型のオンライン授業で知識が身に付くだろう。習ったことを応用するためには、教員に質問したり、ほかの学生と議論したりするとよさそうだ。こういった、「何を学びたくて、どのように学べているのか、自分自身が自覚している状態」を、「納得感」と表現してみました。
たとえ大変な状況下でも、どうにか頑張って学んだという感覚は、充実感につながります。また、教えてもらうのを待つのではなく、自ら学び続けようとする原動力にもなるはずです。
withコロナのこれからは、リアルタイムにやり取りができる同期型オンライン、教員が提供するコンテンツをオンデマンドで視聴する非同期型オンライン、対面とオンラインを両立させたハイブリッドなど、複数の組み合わせで授業が成り立っていくでしょう。その中で、学生が自分なりの学び方を掴むためにも、納得感はより大切になっていくと思います。
──納得感を創るために、何か実践されたことはありますか?
2021年度前期の「基礎ゼミナール*6」では、日常に埋め込まれた学びについて探究しました。具体的には、日々の暮らしで学んだと感じたこと、学ぶことへの思いや考えを記録し、その内省データを分析・解釈するプロセスを経験します。
期末レポートを見ると、学生たちは自身の学び方に発見があったようです。「授業で事実として学んだことに、様々な意見や感想を持つ」「自分とは異なる意見に対して、根拠を深く考える」「わかったことから何を考察したのかを考える」などの記述は、自分自身の特徴を表しています。またある学生は、「ほかの人から聞いた話やソーシャルメディアなど、日常の身の周りのものからも学びを得ている」と書いていました。
こんなふうに自分の学びをふり返ったことがない、と驚く学生と試行錯誤をした時間は、とても楽しいものでした。
*6 全学部の初年次生を対象とした基礎科目のひとつ。教員が設定したテーマに関して、少人数の学生で調査・発表などを行う演習形式の授業のこと。
「大学らしい学び」とは?これからの学習環境に必要な3つのキーワード。
──コロナ後もオンライン授業が取り入れられるようになると、「大学らしい学び」がどうなっていくのか、気になります。
世界を見渡すと、大学教育でのICT活用は、猛スピードで拡がり続けています。CourseraやedXなどの大規模公開オンライン講座(Massive Open Online Course: MOOC)が普及し、幅のある学習機会が生まれました。また、University of the Peopleのようなオンライン大学では、キャンパスに通わずに学ぶことができます。
本学では2021年度に、「新しい対面授業」が打ち出されました。教員による知識教授の一部を、オンデマンド授業や授業外学習に移行する。そして、対面だからこその効果を高めるため、教員と学生、学生と学生のかかわりを対面授業で増やす、という方針です。
どちらも、オンライン教育のメリットを活かそうとする点は共通しています。また、継続的な学びにかかわりが重要という考えは、MOOCやオンライン大学も持っている。ただし、そこにあるのはICTが「つくるかかわり」です。
そう考えると、多くの人々がイメージする「大学らしい学び」は、「育まれるかかわり」に支えられたコミュナルなものだといえるでしょう。今後は、その価値がより高められながらも、その一部は「つくるかかわり」によって代替されうると予想しています。
──それでは最後に、これからの学びを支える学習環境に必要な視点を教えてください。
私が担当している「情報リテラシー実践」では、2020年度は同期型(リアルタイム)と非同期型(オンデマンド)を組み合わせたオンライン形式で行い、2021年度はハイブリッド形式を取り入れました。教室での対面授業をZoomで同時配信し、参加方法は、対面、自宅でオンライン、大学でオンラインの中から選べます。
こうした環境を実現できたのは、ローカル5G*7やeduroam*8などの無線LANが整備され、安全で強い学内ネットワークが築かれていたから。その上で、困っている学生や手が回らない教員を、tutor(授業補助員)がサポートしてくれたからだと、感謝しています。
また、本学の南大沢キャンパスには、授業だけでなく空き時間にもコンピュータが利用できる情報処理教室、グループワークに適したTALL教室(TMU Active Learning Lab.)、さまざまな学習スタイルに対応した図書館本館のラーニング・コモンズなどがあります。今は休止中のイベントが多いものの、教職員によるワークショップや学生主催の勉強会など、立場や学年、専門分野を超えたつながりが充実している。
情報接続を支える人工物、助け合える共同体、学びに集中できる空間。ここに、「授業内外での納得感を創る実践」が調和することで、大学の学習環境はさらに豊かになっていくと信じています。
*7 詳しくはhttps://www.tmu.ac.jp/news/topics/31557.htmlを参照
*8 詳しくはhttps://tmuner.cpark.tmu.ac.jp/tmuner/ja/system/network/eduroam.htmlを参照