身近な生活環境から都市・地球規模の環境までの現象を解明し、あるべき姿の探求や課題解決をめざす都市環境学部。地理や建築、土木、化学、観光、都市政策の6分野からなり、それぞれが独自の学びと研究を展開しています。その中でも今回は「観光」をテーマに地域のまちづくりやビジネスの発展を考える、観光科学科の川原研究室の取り組みを紹介します。
工学や理学をベースに「観光を科学する」
観光の基盤となる地域の環境や文化の保全、資源の適正利用を進め、観光を活用して地域の魅力や価値の向上、地域経済の向上といった地域づくりを進めるための教育、研究に取り組んでいる観光科学科。観光科学科のロゴにもあるように「観光を科学する」というキーワードが印象的です。川原先生は、その特徴をこのように話します。
私たちの学科は、理系か文系という区分で語るより、観光に対して広い意味での科学としてアプローチするという説明のほうが特徴を伝えられると思います。現象を解明する理学的アプローチと、世界や地域をより良いものにしようという工学的アプローチの両方で観光に向かい合っています。
「広い意味での」と言ったのは、理学というと自然科学のことを指すことも多いからですが、観光科学科では例えば、
- 地域の魅力資源の保全のために自然現象を解明しよう
- 観光者の行動や心理を解明しよう
- 観光に関わる社会・経済現象を解明しよう
というのは現象解明をめざす理学的なアプローチですし、
- 地域のためになる形での観光行動を誘発する方法を開発しよう
- 観光を活かした地域の課題解決ための方法を事例から学び要点を体系化しよう
というのは工学的アプローチだと思います。
研究の対象によって自然科学、社会科学、人文科学という分け方もありますが、観光科学科はまさに学際的な学科でその全てに関わる教員陣がいます。
観光科学科には「自然環境マネジメント領域」「地域計画・マネジメント領域」「行動・経営科学領域」という3つの領域があるのですが、領域名からもそうしたことが感じてもらえるでしょうか。
「理論×実践」で観光まちづくりの方法を学ぶ
観光科学科の中でも、川原研究室ではどのようなことが行われているのでしょうか。研究室ゼミに潜入しました。
年末も迫ったこの日は、卒業論文の取りまとめに向けて、各自の調査を通して解明したことや主張したいことをまとめたダイアグラムを持ち寄って議論していました。温泉地を演出したり回遊行動を促したりする意図で設置された提灯、オブジェなどの「共通アイテム」に関する研究や、関係人口と呼ばれる地域づくりを担う地域外の人財を得るためのアンテナショップでのイベントに着目した研究など、ユニークな研究結果が発表され、議論が重ねられていました。
このような教室での学びに加えて川原先生が大切にしているのが、観光まちづくりの現場での実践を通した学びです。
行政や民間事業者の方々との共同研究として、学生と一緒に様々な地域のプロジェクトに参画しています。授業では理論やモデルを学びますが、まちづくりの現場は一つとして同じものはない応用編です。地域のニーズにあわせて、活動のサポートの中から新たな気づきを得て提案したり、調査に基づいた提案をしたり、計画策定のためのワークショップを企画運営したりと様々です。
この現場の中にこそ、今、探求すべき研究テーマあります。学生のみんなも、現場経験から卒論や修論の研究テーマを見つけてもらえたらと思っています。
実際に印象に残ったプロジェクトや研究室の魅力について、2名の学生に話を聞きました。
研究室で活動して「改めて地域や日本に愛着を持った」
実体験を通した学びが与えてくれるもの
――印象に残るプロジェクトは?
いろいろな実践の場に足を運んでいますが、特に印象に残っているのは、埼玉県ときがわ町で現在も続いている「ときがわネットワーク」プロジェクトです。このプロジェクトでは、一般の方に、森での体験から木を使ったものづくりのDIY体験をまでを楽しんでもらうコンテンツを開発することで、森の資源循環を生み出すことを目標にしています。
ときがわ町は、面積の約70%が山林で林業が盛んで、木に関する職人さんも多い「木のまち」です。最近は自然と共生する暮らしに憧れる多様な職人さんの移住も多いようです。自分にとってはこれまで馴染みのないエリアでしたが、参加したワークショップでの体験や現地の方々とコミュニケーションをとりながら、自然のなかでのDIY志向の暮らしの魅力を発信したり、地域の魅力をストーリーとして語るためのフェノロジーカレンダーの制作をしたりしました。
――川原研究室の魅力とは?
私は2年生まで都市教養学部経営学系(現・経済経営学部)に所属していたのですが、まちづくりに興味を持ち、3年生から自然・文化ツーリズムコース(現・観光科学科)に転科しました。今とは違って、学部3年生から所属できるコースだったので。川原研究室の魅力は、理論や事例を机上で学ぶだけではないところ。実際の現場に赴いて、そこで何が起こっているのかを実体験として学べることだと思います。現場での経験を得ることができるのはとても貴重ですね。
――川原研究室で学んだことを将来どのように活かしたい?
卒論やプロジェクトを通して、地域の良いところや知らなかった歴史、生活文化に深く触れて、改めてその場所や日本全体に愛着を持つようになりました。地域の課題をどう捉え、どのように解決すべきかを考え続け、これからも観光まちづくりを通して地域の発展に貢献していきたいですね。
狭間「将来的には、出身地の過疎化の問題にも取り組みたい」
――印象に残るプロジェクトは?
ユネスコ世界遺産にも認定されている、ベトナムのフエにある広大な皇帝陵の研究成果を伝えるハイブリッドツアーを、フエの現地ガイドや研究者たちと協働して企画して運営したことです。
ハイブリッドツアーとは、現地で実際に行われているツアーを中継し、オンラインツアーも同時に行うツアーのことです。
コロナ禍で現地に旅行に行けない中で、オンラインツアーに参加する方にも、現地のベトナム人のツアー参加者と一緒に巡るように感じてもらえる工夫をいろいろ考えました。山や湖と一体となった皇帝稜の魅力を伝えるベトナム語のガイドのお話しや図を使った解説を、オンラインで参加する日本人にどう伝えるか、などです。
プロジェクトメンバーとのやりとりは全て英語で大変でした。でも、オンラインツアーに参加した方からは、「フエに行きたくなった」「とても興味を持った」などの感想が寄せられ、達成感を得ることができました。
――川原研究室の魅力とは?
僕は別の大学に在籍していたのですが、川原研究室ではフィールドワークを通じて学べることや、実際に進めているプロジェクトの内容に魅力を感じ、大学院の博士前期課程から都立大に進学しました。地域と密接に関わり、現地の人との関係をつくるところから始まり、観光を通じて地域活性化を目指す取り組みに参加できることにやりがいを感じます。普段の勉強では得られない経験ができるところが魅力ですね。
現場では、経験豊富な川原先生が地域の人たちとどのように接しているかを見ることも参考になります。また、研究室には学部生から修士、社会人ドクターまで幅広く在籍しているため、いろいろな視点から議論ができるところもいいですね。
――川原研究室で学んだことを将来どのように活かしたい?
卒業後はホテル業界への就職が決まっています。新たにホテルを建設するとまちがどう活性化されていくのか、といった視点を持ち、ホテル開発を通じたまちづくりに取り組みたいと考えています。
それから僕は離島出身で、地元では過疎化が課題になっているので、今後社会でキャリアを重ね、いつかは地元の課題も解決できる人材になりたいです。
卒業生への期待:論理性とクリエイティブ性の両輪で
卒業生の進路は、行政やまちづくりコンサルタント、ディベロッパーなど、観光振興や地域づくりを手掛ける職種が多く、「卒業生と一緒に仕事をするのが夢」と川原先生は話します。
卒業生への期待を次のように話していました。
観光科学科は、学生が少人数であることを活かして、多様な専門性を持つ教員が一堂に会して講評する機会をできるだけ多く作るようにしてきました。そのため、学生は異分野の人に説明する機会を持ち、議論し合う中で経験を積みます。このことは社会に出て大きな強みになると思います。観光業界にとって「観光を科学する」という発想はまだまだこれから。だから、こうした力を活かして様々な分野の人とコラボして切り開いていってほしいですね。
また、データサイエンスに強い教員が多い分、川原研では社会科学、人文科学的なアプローチにも力を入れています。
オーラルヒストリー調査といって観光やまちづくりに取り組んできた人の想いを深く聞き取とり、地域資源をそれを愛でる人と結びつけながら整理したり、地域の取り組みの蓄積として形づくられた産業や文化的景観を読み解き、保全すべき価値を明らかにするなどをしています。
それらを次の行政施策や観光ビジネスにつなげていくには、論理性とクリエイティブ性の両輪が大切です。川原研の学生にはそこも頑張ってほしい。そして近い将来一緒に仕事をしたいですね。