新合成不良タンパク質を認識し分解系へ誘導する細胞内システムを発見・解明
私たちの細胞は、タンパク質の働きによって機能が保たれています。タンパク質を合成する反応は極めて重要であり、正確に遂行されていると考えられていても不思議ではありません。実際、高校・大学で使われている生物学の教科書には、転写・翻訳のシステムが精密機械のように巧みにタンパク質を作り出す様子が記されています。しかし、実際のタンパク質合成の現場では、このプロセスの成功効率は必ずしも高くありません。健康な我々の細胞でも、膨大な数量の不良(出来損ない)タンパク質が日常的に産生されているのです。
これら不良構造をとった新合成タンパク質の多くは、生成した直後にその異常性が認識され、分解系にターゲットされるのですが、これがうまくいかないと、神経変性疾患や知的障害、1型・2型糖尿病、免疫疾患、発癌リスクの上昇など、種々の病理的現象が誘導されます。私たちの研究室では、これら、新合成不良タンパク質を認識し分解系へ誘導する新しい細胞内システムを発見し、その解明に取り組んでいます。
最近、とみに注目されているのは、不良タンパク質の分解産物です。これらは無用の廃棄物ではなく、免疫系に必須の役割を果たしていることが分かってきました。私たちの体内を循環している免疫担当細胞(リンパ球)は、全身の細胞表面に提示されている抗原ペプチドを自己識別(ID)番号として認識しています。抗原ペプチドが自分のタンパク質由来の分解断片(自己ID)であればリンパ球は攻撃しないのですが、「異物」由来の分解断片であれば、その細胞はリンパ球の攻撃対象となります。リンパ球の標的となる抗原ペプチドこそ、私たちが研究している不良タンパク質の分解産物なのです。
それでは、「異物」由来の分解断片とはどのようなものでしょうか。代表的な「異物」は、私たちの細胞に侵入したウイルスです。ウイルスは、人間の細胞に侵入(感染)した後、自らの子孫を作るためにウイルス遺伝子由来のタンパク質をヒト細胞内で作ろうとします。タンパク質合成は必ずしも上手くいくものではないが故に、ウイルスタンパク質も一定の歩留りで不良品を生じ、これらの分解産物が「異物」由来の抗原ペプチドとして、リンパ球の活性化を促していくことになります。最近、接種が進んでいる新型コロナウイルスワクチンは、ウイルス由来の不良タンパク質を私たちの細胞内で生成・分解することで、リンパ球の標的となる抗原ペプチドを積極的に産生させることにより成り立つものです。
このように、私たちが研究する不良タンパク質の認識・分解システムは、生物の恒常性維持にきわめて重要ですが、その作動メカニズムにはいまだ不明な点が多く残されています。今後の新しいワクチン開発などにも役立てるため、都立大の研究室では、活発に基礎研究を進めています。
Profile
理学研究科 生命科学専攻
川原裕之教授
北海道大学大学院薬学研究科博士後期課程修了。博士(薬学)。