発表のポイント
◆ 植物の生殖細胞※1を人工的に授精する手法を活用し、4つのイネ品種を同時に交雑する世界初の「多品種交雑技術」を確立しました。
◆ 従来法では困難であった4品種の特性を一度に組み合わせることのできる本技術は、農作物の収量や機能性の向上に資する育種技術としての活用が期待できます。
◆ 本技術により育成されたイネは、4つの親品種の平均値に対して約1.7倍の種子重量を示し、収量性に優れる可能性があります。今後は実用品種化に向けて野外フィールドでの有用性実証をめざします。
NTT株式会社 (本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」) と東京都立大学大学院 (本部:東京都八王子市、学長:大橋 隆哉) 理学研究科の岡本 龍史教授の共同研究グループは、三大穀物の1つであるイネを対象に4つの品種を同時交雑する技術を世界で初めて確立しました。これにより、従来法では困難であった4品種の特性を一度に組み合わせたイネの育成を実現しました。将来的には農作物の収量や機能性などの向上が可能となり、農業における生産量の増強や安定化、環境負荷の低減への貢献が期待されます。
本成果は、2026年8月20日に英科学誌 New Phytologist に掲載されました。
1.背景
NTTは、2021年9月に策定された環境負荷ゼロと経済成長を同時実現する環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040※2」のもと、環境負荷の小さい農業の実現につながる植物育種技術の研究開発を進めています。この一環として、NTTと東京都立大学の共同研究グループは、収量や機能性に優れるだけでなく、CO2吸収能力が高く、化学肥料・農薬の要求量の少ない農作物の育成をめざして、植物育種技術の研究開発に取り組んできました。
植物育種において、人工授粉などによって異なる2つの品種を組み合わせる交雑(図2:従来法①)と、薬剤処理などによってゲノム※3のセット数を増やす倍数化※4 (図2:従来法②)が重要な手法として用いられてきました。交雑により得られる雑種第一代 (以下「F1」) は両親よりも優れた生育や収量、環境ストレス耐性を示す場合があり、雑種強勢として知られるこの現象は育種で広く用いられてきました。雑種強勢を利用した実用品種は数多く育成され、国内で流通する野菜などの多くはF1品種※5であると推定されています。また、ゲノムが倍化した植物では器官の大型化や環境ストレス耐性の向上、有用成分の増加などが期待でき、古くから育種に活用されてきました。食用として流通している栽培イチゴは、その原種である野生イチゴと比較してゲノムのセット数が4倍に増加しており、その果実は野生イチゴよりも大きく、味や香りも優れることが知られています。
一方、これら従来法にもそれぞれ欠点があります。通常の交雑では、基本的に一度に2つの親しか交雑することができません。よって、単一種内の交雑で得られる子どもは親と同じゲノム数となり、倍数化の利点を得ることができません。また、薬剤処理などによる倍数化は単一品種のゲノムが倍数化されるため、異なる親由来のゲノムの組み合わせによる交雑の利点を得ることができません。
見方を変えると、”複数の親に由来するゲノムを組み合わせながら倍数化する”ことができれば、交雑と倍数化の利点を同時に得ることができ、従来にない優れた特性を持つ農作物の育成に資する新たな育種法としての活用が期待できます。
2.技術のポイント
NTTと東京都立大学は、植物から単離した卵細胞※6と精細胞※7を融合させる顕微授精法※8 (以下、IVF法) を活用することで、従来法では困難であった4品種の交雑を伴う倍数化を世界で初めて実現しました。IVF法により作出した受精卵から培養を経て植物体を取得する系は、三大穀物であるイネ、コムギ、トウモロコシにおいて確立されています。重要な点として、IVF法は融合する卵細胞・精細胞の数と組み合わせを柔軟に設計できるという特長があります。本研究では、イネをモデルケースとして、IVF法の適用により4品種に由来する卵細胞と精細胞を融合した受精卵を作出しました (図3)。さらに、その受精卵の培養によって、4つの親に由来するゲノムを併せ持ちながら、ゲノムのセット数が通常の2倍に増えたイネの作出に成功しました。
3.実験の概要
①IVF法による4つの品種を同時に交雑したイネの作出
本研究では、IVF法を用いて4つの親品種に由来するゲノムを併せ持つイネの作出に取り組みました (図4)。親品種として、二倍体であるジャポニカ型※9の日本晴と台中65号、アウス型※10のカサラス、インディカ型※11のIR26を供試しました。それぞれの親品種から単離した卵細胞と精細胞を電気刺激により融合し、4品種に由来する卵細胞・精細胞を組み合わせた受精卵を作出しました。得られた受精卵を複数種の培地を用いて培養し、細胞の塊であるカルスを経て植物体を取得しました。フローサイトメトリー※12により、得られた植物体は通常のイネの2倍のゲノムセット数を持つ四倍体イネであることが確認されました。さらに、全ゲノムにわたる多数の品種特異的SNPマーカー※13を用いて解析した結果、作出したイネは4品種に由来するゲノムをそれぞれ均等に保持していることが明らかとなりました。以上のことから、IVF法を適用することで、4つの親に由来するゲノムを併せ持つ四倍体雑種のイネ (以下「Quad」) を作出できることが実証されました。
②4つの親品種を同時に交雑したイネにおける形質の評価
Quadは、親品種とは大きく異なる形質を示しました (図5)。生育は旺盛であり、登熟期※14における草丈と止葉※15の長さは、4つの親品種のうち最も大きい品種と同等、あるいはそれを上回る値を示しました。また、Quadは種子の長さや幅、厚みについて全ての親品種を上回り、玄米十粒重は4つの親品種の平均値に対して約1.7倍の値を示しました。また、日本晴とカサラスの2品種を親とする四倍体雑種と比較しても、Quadは有意に高い玄米十粒重を示しました。これらの結果は、4つの親由来のゲノムを組み合わせた四倍体化によって、従来法と比較してより収量性に優れるイネの育成が実現できる可能性を示しています。加えて、Quadではいずれの親品種にも認められなかった赤色の芒 (のぎ) ※16が観察されました。これは、異なる複数のゲノムを同一個体内に共存させることで、各親の中間的な形質にとどまらない、新たな形質を獲得できる可能性を示しています。特筆すべきことに、日本晴のみを親品種として作出した四倍体はほとんど種子をつけなかった一方で、Quadは各親品種と同様に多くの種子をつけました。このことは、異なる複数のゲノムの組み合わせを伴うQuadにおける倍数化が、同一イネ品種の倍数化により生じる稔性※17の低下を克服しうることを示しています。以上より、本研究で確立した多品種交雑技術は、交雑と倍数化の利点を統合する新たな育種法として有効となる可能性が示されました。
③多親雑種の概念定義
本研究では、同一種内で3つ以上の遺伝的に異なる親に由来するゲノムを有する倍数体を、新たに「多親雑種 (Polyparental hybrid)」と定義しました。この概念は、従来の2つの親の交雑を前提とした育種学的枠組みを拡張するものといえます。
4.各機関の役割
・NTT:植物のIVF法や栽培、評価に関する知見を活用し、研究の立案と計画、および多親雑種の作出とその形質評価を行いました。
・東京都立大学:植物のIVF法に関する基盤技術を整備するとともに、技術に関する知見を提供しました。さらに、植物のゲノム情報の解析に関する知見を活用し、作出した多親雑種が4つの親品種のゲノムをそれぞれ均等に保持することを明らかにしました。
5.今後の展開
今後は、作出したイネ多親雑種について収量性、環境ストレス耐性、品質に関連する特性を詳細に解析し、多親雑種化が植物の収量や食味、機能性に与える影響を解明すると同時に、実用品種としての有用性の実証をめざします。
本研究で確立した技術はイネにとどまらず、IVF法が確立された他の植物種への適用も期待できます。今後は、様々な植物種におけるIVF法の確立や、交雑する品種の組み合わせを最適化する技術開発を進めることで、本技術の適用範囲の拡大と効果の最大化をめざします。それら技術を活用することで、収量や機能性、CO2吸収能力に優れながら、肥料や農薬の投入を必要としない、”低環境負荷型の農作物や樹木”の育成に取り組みたいと考えています。将来的には、農業生産量の増強・安定化による食料安全保障の確保、ならびに農地や森林におけるCO2吸収量の増加による気候変動対策への貢献をめざします。
【研究担当者の情報】
NTT株式会社 宇宙環境エネルギー研究所
迫田 和馬 准特別研究員
東京都立大学大学院 理学研究科 生命科学専攻
岡本 龍史 教授
TEL:042-677-2566 E-mail:okamoto-takashi@tmu.ac.jp
【用語解説】
※1. 生殖細胞:次の世代の個体をつくるもとになる半数性(1倍体)の細胞。
※2. https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/09/28/210928a.html
※3. ゲノム:生物が持つ遺伝情報の一式。DNA配列としての生物の設計図全体を指し、生物の形や性質などを決定する主要因。
※4. 倍数化:生物が持つゲノムのセット数が増えること。
※5. F1品種:異なる2つの親品種を交配して得られる雑種第一代 (F1) を品種化したもの。両親よりも優れた収量や品質などを示すことがあり、多くの農作物を対象に育成されている。
※6. 卵細胞:植物のメス性の生殖細胞。
※7. 精細胞:植物のオス性の生殖細胞。
※8. 顕微授精法:生殖器官 (植物の場合は花) から単離した生殖細胞に電気的な刺激を与えることでそれらを顕微鏡下で人工的に融合 (授精) させたのち、作出した受精卵を培養して植物体などに発生させる方法。
※9. ジャポニカ型:イネの主要な系統の一つで、日本を含む東アジアで広く栽培されている。一般に、粒が比較的短く丸みを帯び、粘り気のある米になりやすい特徴を持つ。
※10. アウス型:イネの系統の一つで、主に南アジアで栽培されている。一般に高温や乾燥などの環境条件に適応した特徴を持つものが含まれる。
※11. インディカ型:イネの主要な系統の一つで、主に東南アジアやインドなどで広く栽培されている。一般に、粒が細長く、粘り気が少ない米になりやすい特徴を持つ。
※12. フローサイトメトリー:単離された細胞やその含有物にレーザー光を当て、DNAの量や細胞の性質を個々に測定・解析する方法。
※13. SNPマーカー: DNA配列中の1塩基の違い (一塩基多型, SNP) を目印として用いる遺伝マーカー。品種や系統の違いの識別や、どの親に由来するゲノムが受け継がれているかなどを調べるために利用される。
※14. 登熟期:イネなどの穀物において、受粉・受精後に種子が発達し、内部にでんぷんなどの養分が蓄積して種子として成熟していく時期。
※15. 止葉:イネなどの植物において、茎の最上部につく最後に展開する葉。
※16. 芒 (のぎ):イネやムギなどの穂にみられる、籾(もみ)の先端から伸びる針状の突起。
※17. 稔性:植物が正常に花粉や種子を形成し、次世代を残す能力。
■本件に関する報道機関からのお問い合わせ先
NTT株式会社
情報ネットワーク総合研究所
広報担当
問い合わせフォームへ
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部企画広報課広報係
TEL:042-677-1806 E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp





