【研究発表】縄文人ゲノムから見えてきた 氷期を生きた東ユーラシア狩猟採集民の寒冷適応 ――古代DNAから探る後期旧石器時代の進化的遺産――

報道発表

発表のポイント

◆新規の25個体を含む42個体の縄文人ゲノムを統合解析し、縄文人の祖先が約2.7万〜1.9万年前に大陸東ユーラシア集団から分岐した、後期旧石器時代東ユーラシア系統に由来することを示しました。
◆ゲノム情報にもとづく「自然選択スキャン」によって、FTOAPOA5などの遺伝子領域に寒冷環境への適応に関わる痕跡を見出しました。
◆縄文人ゲノムは、日本列島人の成り立ちを知る手がかりであると同時に、氷期を生き延びた東ユーラシアの人々の進化と適応を読み解く貴重な記録であることを示しました。

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旧石器時代日本列島人の集団史と寒冷環境適応

概要

 東京大学 大学院理学系研究科の渡部裕介特任助教、脇山由基大学院生、太田博樹教授、東京都立大学 人文科学研究科の山田康弘教授、出穂雅実准教授、九州大学 大学院芸術工学研究院の西村貴孝准教授らの国際共同研究グループは、縄文人(注1)ゲノムを用いて、東ユーラシアの後期旧石器時代(注2)狩猟採集民の形成史と寒冷環境への適応の痕跡を明らかにしました。
 本研究では、新たに私たちが抽出・シークエンシングした25個体と既出の17個体の縄文人42個体の古代ゲノム(注3)を統合し、大型計算機をもちいたデータ解析をおこないました。その結果、縄文人の祖先集団は、大陸の東ユーラシア集団から約2.7万〜1.9万年前に分岐した系統に由来することが示されました。この時期は、考古学的には後期旧石器時代にあたり、ちょうど最終氷期のもっとも寒い時期とほぼ重なっています。
 私たちは、全ゲノムを対象とした自然選択スキャンにより、褐色脂肪組織での熱産生、脂質代謝、寒冷感覚などに関わる複数の遺伝子領域に、寒冷環境への適応と整合的な痕跡を見出しました。特にAPOA5遺伝子領域では、最終氷期に相当する時期に変異の頻度が急速に上昇した可能性が示されました。本研究により、縄文人ゲノムは日本列島人の成り立ちを知る手がかりであるばかりか、氷期を生きた東ユーラシアの人々の進化と適応を読み解く貴重な記録でもあることが示されました。本成果は、古代ゲノムから過去の環境適応を復元する新たな枠組みを提示するものです。

発表内容

 これまでの古代ゲノム研究により、縄文人は東ユーラシアの中でも早い段階で分岐した系統であり、現代日本人の祖先の一部を構成することが示されてきました。一方で、縄文人が後期旧石器時代から日本列島に居住していた狩猟採集民の直接的な子孫なのか、それとも、日本列島の後期旧石器時代の人々と縄文人は、直接の祖先-子孫の関係にないのかは分かっていませんでした。さらに、どちらの場合でも、縄文人は、東ユーラシア大陸であれ日本列島であれ、後期旧石器文化を経て最終氷期最盛期(Last Glacial Maximum: LGM、注4)の環境を生きてきた人々の子孫であることに変わりありません。その過酷な環境で縄文人の祖先である後期旧石器時代の狩猟採集民がどのように生き残って来たのか?また、彼らにどのような生物学的適応が生じたのか?は大きな謎として残されていました。図1のようにLGM前後の日本列島では、海水準の変化により大陸との接続や島嶼化が現在と大きく異なっています。これらの未解決の謎を解き明かすために、私たちは考古学的証拠とゲノム情報を統合して検討しました。
 私たちは、新たに25個体の縄文人骨からDNAを抽出、全ゲノムをシークエンシングし、既報の17個体と合わせて計42個体の縄文人ゲノムを統合し解析を行いました(図1)。
 まず、縄文人の系統が辿った集団史を探るため、縄文人の人口動態(有効集団サイズの推移、注5)および東アジア集団との分岐年代を推定する解析を行いました(図2)。その結果、縄文人の祖先系統は約2.7万〜1.9万年前、すなわち後期旧石器時代中ごろから後半にかけて、東ユーラシア大陸の集団から分岐したと推定されました。また、縄文人系統はLGMに有効集団サイズが低下し、その後、本州以南の縄文人系統では縄文時代の開始期に回復したことが示唆されました。北海道縄文人については、本州以南の縄文人と約1万〜8,800年前に分岐したと推定され、北海道の旧石器時代集団が後の縄文人へ単純に連続したのではなく、完新世に本州由来の縄文人が北海道へ広がった可能性が示されました。
 次に、縄文人と他のユーラシア大陸の集団との遺伝的関係を明らかにするための集団遺伝学的解析を行ったところ、縄文人ゲノムには、北東アジアの後期旧石器時代集団に由来する可能性のあるごく弱い遺伝的影響が検出されました。考古学的証拠から、ホモ・サピエンスは、ヒマラヤ山脈以南のルート(南回りルート)とバイカル湖周辺を通ったルート(北回りルート)の2つのルートでユーラシア大陸の東端に到達したことが示されてきました。2018年に報告された伊川津縄文人ゲノム解析では、この個体(IK002)については、南回りルートの子孫であり、北回りルートの遺伝子流入の痕跡は検出されませんでした。しかし、本研究の42個体の縄文人ゲノムについて、北回りルートの遺伝子流入の痕跡を調査した結果、日本列島の北から出土した縄文人骨の方が、南から出土した縄文人骨より、北東アジアの後期旧石器時代集団に由来する可能性のある遺伝子流入の影響が相対的に高いことが示されました。この結果は、日本列島の後期旧石器時代文化に見られる北方的要素と整合的であり、東ユーラシアへの人類拡散を考えるうえで、考古学とゲノム研究をつなぐ新たな手がかりとなります。今後、もし日本列島の北方、特に北海道の後期旧石器時代のヒトゲノム情報が得られれば、検証が大きく進むと期待されます。

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図1:縄文人ゲノムの出土地と後期旧石器時代の日本列島周辺環境

左上:最終氷期の海面低下時に想定される日本列島周辺の地形。当時、現在の本州・四国・九州は一つの島である「古本州島」となっていた一方、北海道はサハリン・千島列島を介してユーラシア大陸側とつながる「古サハリン・北海道・千島半島」の一部であった。この地理的背景は、後期旧石器時代の人類集団がどのように日本列島へ移動し、その後どのように隔離されたのかを考えるうえで重要である。右上:本研究で解析した42個体の縄文人ゲノムの出土遺跡。菱形は本研究で新たにゲノム解析した25個体、丸は先行研究で報告された17個体である。下段:各遺跡の較正年代。

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図2:縄文人系統の有効集団サイズの変化

横軸は年代を表し、右側ほど古く、左側ほど新しい時代を示している。水色は最終氷期、淡赤色は縄文時代。縄文人系統では、後期旧石器時代末から縄文時代の開始期にかけて有効集団サイズが低く、その後、縄文時代に入る頃から増加したことが示された。なお、横軸・縦軸はいずれも常用対数軸で示している。

 本研究でもっとも特筆すべき成果は、縄文人ゲノムを集団レベルで解析することにより、彼らが受けた自然選択の痕跡が検出できたことです。私たちが遺伝子変異の頻度を調べたところ、縄文人では、UCP1TRPM8など、先行研究で寒冷環境との関連が報告されてきた遺伝子上の変異が高い頻度で見られることがわかりました。これは、縄文人の祖先に起こった寒冷環境への遺伝的適応の結果かもしれません。これを明らかにすべく、全ゲノムの自然選択スキャンを行いました。その結果、FTOAPOA5など、体格や脂質代謝に関わる遺伝子領域で正の自然選択の痕跡が検出されました(図3)。これらの遺伝子領域は、褐色脂肪組織による非ふるえ熱産生(注6)や中性脂肪の利用と関係しており、寒冷環境下で効率よく体温を維持するための適応に関与した可能性があります。特に、APOA5については最終氷期に相当する時期に変異の集団内の頻度が急激に上昇したことがわかりました。このことは、縄文人にみられる寒冷適応に関わる遺伝的特徴が、縄文時代以降に偶然残ったものではなく、後期旧石器時代に生きていた縄文人の祖先集団において、最終氷期の寒冷環境のもとで強められた可能性を示しています。縄文人ゲノムは、東ユーラシアの後期旧石器時代人が厳しい寒冷環境にどのように適応したのかを知る手がかりになると考えられます。

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図3:寒冷適応に関わる遺伝子領域にみられる自然選択の痕跡

体格や脂質代謝に関わる遺伝子領域を対象に、縄文人で正の自然選択が働いた痕跡を探索した結果を示す。縦軸のrXP-nSL(注7)は、縄文人で特定の遺伝的変異が急速に頻度上昇した可能性を示す指標であり、値が高いほど自然選択の痕跡が強いことを表す。横軸は染色体上の位置を示す。赤い点線は、ゲノム全体の経験分布に基づく上位5%の閾値を示す。三角で示した点は、BMI、中性脂肪(TG)、総コレステロール(TC)、HDLコレステロール(HDL-C)などの形質と関連する遺伝子領域であり、上向きの三角は縄文人で選択されたハプロタイプがその形質を上昇させる方向に、下向きの三角は低下させる方向に働くことを示す。FTO, ZPR1-APOA5, ALDH1A2-LIPCなど、体格や脂質代謝に関わる複数の領域で強い自然選択の痕跡が検出された。

 本研究の意義は、縄文人ゲノムが、単に「現代日本列島集団の祖先」を知るための資料であるだけではなく、後期旧石器時代の東ユーラシア人の集団史、生理的特徴、環境適応を復元するための「ゲノムのアーカイブ」として位置づけられることを示した点にあります。縄文人ゲノムには、氷期を生きた東ユーラシアの狩猟採集民が、寒冷環境の中でどのように生き抜いたのかを読み解く手がかりが残されています。さらに、先行研究では、現代日本人に残る縄文人由来の遺伝的要素が、肥満や脂質代謝などに関与する可能性も示唆されています。そのため本研究は、古代の環境適応を復元するだけでなく、古代人ゲノムが、現代人の体質や健康関連形質にどのような影響を残しているのか重要な示唆を与え、古代ゲノム学と現代人を対象とした健康科学や予防医学とをつなぐ具体的なデータを提示している点で、社会的影響の大きい研究と考えています。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院理学系研究科 生物科学専攻
太田 博樹 教授
渡部 裕介 特任助教
脇山 由基 (博士課程4年)
東京都立大学
人文科学研究科 文化基礎論専攻
山田 康弘 教授
出穂 雅実 准教授
九州大学
大学院芸術工学研究院 人間生活デザイン部門
西村 貴孝 准教授

論文情報

雑誌名: Science Advances
題 名::Jomon genomics reveal cold adaptation in Upper Paleolithic hunter-gatherers of eastern Eurasia(8月13日付掲載)
著者名:Yusuke Watanabe, Yoshiki Wakiyama, Daisuke Waku, Guido Valverde, Akio Tanino, Mizuki Hayashi, Izumi Naka, Yuka Nakamura, Tsubasa Suzuki, Kae Koganebuchi, Takashi Gakuhari, Takafumi Katsumura, Motoyuki Ogawa, Atsushi Toyoda, Pornlada Nuchnoi, Suwanna Chaorattanakawee, Hathairad Hananantachai, Jintana Patarapotikul, Soichiro Mizushima, Tomohito Nagaoka, Kazuaki Hirata, Minoru Yoneda, Midori Motoi, Hideo Toyoshima, Takafumi Maeda, Takayuki Nishimura, Tadayuki Masuyama, Yasuhiro Yamada, Ryuzaburo Takahashi, Masami Izuho, Jun Ohashi, NCBN Controls WGS Consortium, Hiroki Oota
DOI:10.1126/sciadv.aea7469

研究助成

本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04836、23H04838、23H04840、21H05362)」、「基盤研究(A)(課題番号:22H00020、22H00421、21H04779、18H03590、18H03593、17H01453、26251050)」、「基盤研究(B)(課題番号:22H00718、17H03738、25284157)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:21H00337)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:21K19289)」、「若手研究(課題番号:21K15175)」、「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0654、22KF0092)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)『学術研究支援基盤形成』(課題番号:16H06279)」、「学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)(課題番号:22H04925)」、および三菱財団自然科学研究助成(課題番号:202110009)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)縄文人
約1万6千年前から日本列島に定住し、世界最古級の土器文化をもちながら1万年以上にわたって狩猟採集生活を営んだ、先史ヒト集団。「縄文人」という語が指す人びとは、1万年を超える長い時間幅と日本列島各地にわたる広い空間的広がりを含んでおり、縄文時代の人びとや文化は、地域や時期によってさまざまであった。本研究では、考古学的に縄文時代に属する遺跡から出土した人骨に由来する古代ゲノムを対象として、「縄文人」という語を資料上・研究上の呼称として用いている。

(注2)後期旧石器時代
旧石器時代のうち、現生人類(ホモ・サピエンス)が世界各地へ拡散し、多様な石器技術を発達させた時代を指す。本研究では、とくに日本列島に最初のホモ・サピエンスが到達した約3万8千年前から約1万5000年前までの時期を指す。この時代の内部にも時期区分があり、本研究ではその中ごろから後半にかけて、縄文人の祖先集団が大陸の東ユーラシア人集団から分岐したと推定した。

(注3)古代ゲノム解析
遺跡から出土した人骨などに残るDNAを抽出し、過去の人々の遺伝的特徴や集団の歴史を調べる研究手法。古代DNAは分解や汚染の影響を受けやすいため、専用の実験施設(クリーンルーム)が必要である。

(注4)最終氷期最盛期(LGM)
約2.6万〜1.9万年前にかけて地球規模で寒冷化が強まった時期。海水準が現在より低く、日本列島周辺の地形や人類集団の移動・孤立にも大きな影響を与えた。

(注5)有効集団サイズ
遺伝的多様性から計算される理論上の個体数。実際の人口そのものとは一致しないが、過去の集団の大きさの変化を反映するため、人口の増減や集団の縮小・拡大を推定する手がかりになる。

(注6)非ふるえ熱産生
筋肉を震わせることなく熱を産生する仕組み。主に褐色脂肪組織で起こり、細胞内のミトコンドリアが脂肪酸などを利用して、エネルギーを熱として放出する。寒冷環境への適応に関わる重要な生理機構の一つ。

(注7) rXP-nSL
本研究で用いた、ゲノム上の領域単位で自然選択の痕跡を評価する解析手法。ハプロタイプに基づく選択シグナルとゲノムワイド関連解析により得られた遺伝子座と表現型の関連情報を統合し、形質と関連する領域での進化的変化を検出する。

問合せ先

<研究内容について>
東京大学大学院理学系研究科
             教授 太田 博樹(おおた ひろき)
              Tel:03-5841-7580 E-mail:hiroki_oota@bs.s.u-tokyo.ac.jp

<機関窓口>
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
              Tel:03-5841-7585 E-mail:media.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

東京都公立大学法人東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
    TEL:042-677-1806 E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp

九州大学 広報課       
Tel:092-802-2130 E-mail:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

人文科学研究科 文化基礎論専攻 歴史学・考古学分野 山田 康弘教授
人文科学研究科 文化基礎論専攻 歴史学・考古学分野 出穂 雅実准教授

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