【研究発表】鳥は海から陸に肥料を運び、肥料は150年で流れ去る -南硫黄島の原生自然が教えてくれた海鳥の役割-

報道発表

ポイント

  • 原生自然が残る南硫黄島で、海鳥が海から陸に運ぶ窒素の循環を明らかにした。
  • 海鳥が運んだ窒素は植物の栄養となり、食物網を通じて昆虫、トカゲ、陸鳥、甲殻類に行きわたり、特に山域にいるカクレイワガニによって拡散されていた。
  • 海由来の窒素は海鳥絶滅から50年は維持されたが、150年経つと大幅に減少した。
  • 原生自然での窒素循環も、海鳥絶滅後の窒素減少のプロセスも、世界で初めて解明。

概要

 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、東京都立大学、小笠原自然文化研究所、神奈川県立生命の星・地球博物館、自然環境研究センターは、世界自然遺産地域である小笠原諸島において、原生自然を維持する島で海鳥が海から陸に運ぶ窒素の循環と、海鳥絶滅後の窒素の消失について世界で初めて明らかにしました。窒素は肥料の三大要素の一つであり、植物の成長に欠かせないものです。
 まず、原生自然を維持している南硫黄島*1では、海鳥が海から窒素を大量に運んでおり、その窒素は食物網を通じて多様な生物に行き渡っていることを明らかにしました。陸上での窒素の拡散には海岸から山頂まで広く生息するカクレイワガニが分解者として貢献していることがわかりました。
 次に、海鳥の繁殖集団の絶滅から50年以上経った北硫黄島には海由来の窒素が残されているものの、150年以上経った父島や母島では大幅に減っていることが明らかになりました。これは土壌とともに流出したものと考えられます。
 原生自然での窒素循環が明らかになったことで、海鳥の生態系の中での役割という観点から、生態系保全事業の目標となる状態を示せました。また、海鳥絶滅から50年は海由来の窒素が陸上に維持されていたことから、この期間に海鳥繁殖地を復元して海と陸のつながりを回復すれば、植物が利用できる窒素の欠乏の影響を最小限に抑えられると言えます。
 本研究成果は、2025年5月22日に国際学術誌Oecologiaで公開されました。

背景

 世界自然遺産に登録された島である小笠原諸島は、過去に他の陸地とつながったことのない海洋島です。海洋島にはキツネやイタチのような捕食者がいないので、地上に巣を作る海鳥が高密度で繁殖します。 そして海鳥は生態系の中で多くの機能を発揮します。たとえば彼らは海で魚を食べて陸で排泄するため、海から陸に多くの物質を運びます。窒素は海鳥が運ぶ主要な物質のひとつですが、肥料の三大要素の一つにもなっており植物の成長に欠かせない栄養です。このため、海鳥は森林生態系にとって大切な役割を果たしています。
 本来は多数の海鳥がいたはずの海洋島ですが、人間の移住とともに侵入したネズミなどの外来生物の影響により、世界各地で海鳥の絶滅が生じています。これは、単にその種類がいなくなるだけでなく、生態系の中で担う機能も失われることを意味します。そんな状況の中、最近は小笠原諸島でも生態系保全のための外来種対策が進められ、海鳥繁殖地も回復しつつあります。
 しかし、原生自然において海から持ち込まれた窒素がどのように陸で循環しているかはこれまでに調査されていません。このため保全の目標となる状態が具体化されていませんでした。また、海から陸にもたらされた窒素が、海鳥の絶滅後どのぐらいの期間で減少するかもわかっていません。

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内容

 この研究では、まず原生自然が残されている南硫黄島を対象に、海由来の窒素の循環を明らかにしました(図1)。生態系をつくる主要な要素である植物、食植性昆虫、その捕食者となるトカゲや陸鳥、動物の死体を分解するハエや甲殻類、海鳥などのサンプルを採集し、それぞれの生物に含まれる窒素安定同位体比*2を分析しました。その結果、南硫黄島では窒素の安定同位体比が高く、海由来の窒素が生態系の中を循環していることがわかりました(図2)。そして、島の海岸から山頂まで広く分布するカクレイワガニ*3が海鳥の死体を食べて分解することで、窒素が生態系の中に拡散されていました(図3)。また、標高が低いほど窒素安定同位体比が高い傾向がありましたが、これは標高が低いほど体が大きく生態系の上位に位置する海鳥が繁殖しているためと考えられました。

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 次に、海鳥がいなくなってから50年以上経つ北硫黄島、150年以上経つ父島・母島で同じ分析を行い、南硫黄島と比較しました。その結果、海鳥が運んだ窒素は絶滅後50年程度であれば地上で循環しており大きく失われていないことがわかりました。一方で150年経つと海由来の窒素が大幅に減少しており、これは土壌の流出によるものと考えられました。小笠原ではあちこちの島で、野生化したノヤギの食害により森林が減少し土壌流出が生じています。また、北硫黄島でも父島・母島でも、昆虫、トカゲ、陸鳥の窒素安定同位体比がとても似た状態になっていました。これは、外来種のネズミなどの影響で生物多様性が減少して食物資源が貧弱になった結果、似たようなものしか食べられなくなっているためと考えられます。なお、南硫黄島の調査は東京都・日本放送協会・東京都立大学により、北硫黄島の調査は東京都により自然環境調査として行われました。
 原生自然を維持する島における窒素循環を明らかにしたのも、それが時間とともにどのように減少するかを明らかにしたのも、世界で初めてのことです。

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今後の展開

 小笠原諸島では外来種対策が進み、海鳥の個体数が回復しつつあります。今回の研究により、海鳥が果たす機能という観点から、生態系保全事業の目標となる原生自然の状態を示すことができました。また、この研究では陸生カニの機能も明らかになりました。陸生カニもやはり外来ネズミの影響で減少しており、健全な森林生態系を回復するにはその回復も必要だと言えます。
 海鳥が絶滅した後も少なくとも50年程度は海由来の窒素が維持されていることがわかりました。つまり絶滅してからその影響が生じるまでに時間差があるということです。この期間に保全を進め海鳥の繁殖地を復元できれば、植物が利用できる窒素が大幅に減少する前に海からの供給を回復できるため、生態系への影響を最小限に抑えることができるはずです。これらの成果は世界自然遺産地域としての小笠原諸島の生態系管理に貢献します。

論文
タイトル The distinctive material cycle associated with seabirds and land crabs on a pristine oceanic island: a case study of Minamiiwoto, Ogasawara Islands, subtropical Japan (原生の海洋島における海鳥と陸ガニが特徴づける物質循環:小笠原諸島、南硫黄島の事例)
著者 Nozomu Sato(佐藤臨・都立大), Rumiko Nakashita(中下留美子), Tetsuro Sasaki(佐々木哲朗・小笠原自然文化研究所), Hidetoshi Kato(加藤英寿・都立大), Haruki Karube(苅部治紀・神奈川県立生命の星・地球博), Hideaki Mori(森英章・自然研), Kazuto Kawakami(川上和人)
掲載誌 Oecologia
論文URL https://doi.org/10.1007/s00442-025-05725-0
共同研究機関

 東京都立大学、小笠原自然文化研究所、神奈川県立生命の星・地球博物館、自然環境研究センター

用語解説

1 南硫黄島
過去に人間が住んだことがなく、原生自然が保存されている島。海岸から標高916mの山頂付近まで、開放地にも森林にもミズナギドリやカツオドリなど多くの海鳥が繁殖している。北硫黄島は南硫黄島と似た環境を持つが、過去に人間が住んだことがあるため外来のネズミが侵入しており、海岸近く以外の場所で海鳥が絶滅している。

2 窒素安定同位体比(δ15N)
窒素には重さの異なる2つの同位体14N、15Nがある。14Nに対する15Nの比率を窒素安定同位体比と呼び「δ15N」と表す。15Nは、食べる・食べられるの関係(栄養段階)を通じて濃縮されるため、δ15Nは生態系の上位に位置する生物ほど高くなる。一般に栄養段階が1段階あがると、窒素安定同位体比が3‰程度上昇する(‰は%の10分の1)。15Nの濃縮は海の中でも起こっているため、海から運ばれた窒素は陸上の窒素よりδ15Nが高くなることが過去の研究から示されている。このため、δ15Nの高さから海由来の窒素が持ち込まれているかどうかがわかる。
同様に、炭素にも2つの安定同位体12C、13Cがあり、炭素安定同位体比(δ13C)により食物連鎖における出発点が海由来か陸由来かを識別できる。本研究ではδ13Cも合わせて分析することで、陸上生態系にも海由来の窒素が取り込まれていることを証明した。

3 カクレイワガニ
産卵の時のみ海に降りるが、それ以外の期間は陸地で過ごす陸生のカニ。小笠原の原生自然の主要な分解者となっており、南硫黄島では海岸から山頂まで多数が生息する。ネズミが侵入すると捕食されて激減する。

お問い合わせ先

(研究に関するお問合せ)

森林総合研究所 北海道支所
地域研究監 川上和人
Tel:011-851-4131 E-mail:kazzto@ffpri.affrc.go.jp

東京都立大学 都市環境学部
特任教員 佐藤臨
E-mail:luciolalights@gmail.com 

(報道に関するお問合せ)

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel:029-829-8372 E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp

東京都公立大学法人
東京都立大学管理部企画広報課広報係
TEL: 042-677-1806
Email: info@jmj.tmu.ac.jp

報道発表資料(1.3MB)