発表のポイント
- 外部から電圧を印加するだけで、対象となる無機機能性材料のアニオン(陰イオン)の組成を容易に、幅広く制御する技術を開発しました。
- 従来的な材料合成技術では実現できない反応条件で材料合成できることが特徴です。
- 燃料電池や蓄電池などの高効率エネルギー変換・貯蔵技術への応用や新物質探索への展開が期待されます。
概要
無機機能性材料(注1)の特性を飛躍的に促進する新たな戦略としてカチオン(陽イオン)に比べて不十分だった「アニオン(陰イオン)機能の活用」が注目されています。この新戦略を実現するためには、対象材料のアニオン組成を自由自在に制御することが必要とされます。しかし現状、アニオン組成の制御は技術的に難しく、材料開発は限られた範囲にとどまっています。
このような状況を打破するため、東北大学多元物質科学研究所 中村崇司准教授、山本孟助教、木村勇太助教、勝又琢也大学院生、雨澤浩史教授、九州大学 麻生亮太郎准教授、東京都立大学 山添誠司教授らの研究グループは、電気化学を材料合成に応用することで、アニオン組成を容易に、幅広く制御する技術を開発しました。本技術は従来的な材料合成技術では困難な「アニオン組成の精密な制御」、「極限的な反応条件での新材料探索」を可能とするものであり、全く新しいアニオン組成制御型機能材料の創出につながることが期待できます。
本研究成果は、2023年9月7日(現地時間)に科学雑誌Advanced Functional Materialsに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
エネルギー・環境、情報通信、ロボット、建築、バイオなど幅広い科学技術分野において、無機機能性材料は技術の根幹を支える重要な基盤材料です。これまで、無機機能性材料の開発ではカチオン(陽イオン)組成を制御することで高機能化が進められてきました。しかしこれまでに様々なカチオン組成制御の検討が大規模に進められてきたため、次第に材料開発戦略としての有効性が薄れつつあります。これに代わる新たな戦略の一つとしてアニオン(陰イオン)組成制御によるアニオン機能の活用が注目されています。しかしイオンの大きさや揮発しやすさが大きく異なるアニオン組成の制御は技術的に難しく、限られた材料系でしか取り組まれてきませんでした。
今回の取り組み
本研究では、電気化学を材料合成に応用することで、アニオン組成を容易に、幅広く制御する技術を世界で初めて開発しました(図1)。この技術では、外部から電圧を印加することで電解質のイオンを駆動し、任意量のアニオン種を注入することで対象材料のアニオン組成を制御します。つまり本技術は、①流した電流の量により、注入するアニオン量を容易に制御できる、②「外部から電圧を印加する」という簡便な操作により、従来技術では実現できない極限的な反応条件を実現できる、という優位性を有しています。
このコンセプトの実証として、高機能触媒や燃料電池電極として利用されるペロブスカイト型酸化物(La,Sr)CoO3(注2)を対象に、酸素の一部をフッ素に置き換えることを検討しました。その結果、狙った量のフッ素を酸化物粒子の内部にまで注入できること(図2-a)、およびその量を制御できること(図2-b)を実証しました。また大電圧を印加し、既存の合成方法よりも大きな駆動力で反応を進めることで、通常の合成条件では出現しないナノ結晶を含む準安定相を合成することにも成功しました(図2-c)。
今後の展開
本技術は原理的にどのような無機機能性材料に対しても応用可能な汎用性の高い技術であるため、「アニオン機能の活用」という新しい材料戦略に基づいた新材料開発に大きく貢献できると考えています。研究グループでは、特に高効率エネルギー変換・貯蔵技術への応用を目指して発展研究を進めており、将来的にグリーントランスフォーメーションの実現に貢献したいと考え、さらなる技術の高度化に取り組んでいます。
図2. (a) 粒子内部の元素分布(TOF-SIMSにより計測)。本技術により粒子内部までフッ素を注入できることを実証した。
(b) F 1s XPSスペクトルより、F供給量に応じてF量が増加していることを確認した(電流密度300 μA/gにてドーピング)。
(c)大電圧処理による表面ナノ結晶領域の電子顕微鏡像。電流を制御することで自在にナノ結晶を合成することができる。
謝辞
本研究は、JST さきがけ(JPMJPR20T6)、科学研究費補助金(JP19H05814、JP22K04927、JP22H04620、JP22K19079、JP22H02174)、木下記念事業団および村田学術振興財団の助成により実施されたものです。
用語説明
注1. 無機機能性材料:カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)から構成される、酸化物、水酸化物、硫化物、炭化物、窒化物などの炭化水素(基)を含まないセラミックスで、優れた、電子物性、磁性、誘電性、イオン伝導性、触媒活性、酸素貯蔵能などの機能を発現する。
注2. ペロブスカイト酸化物(La,Sr)CoO3:2種類のカチオンA、Bおよび酸素からなる酸化物。ペロブスカイト構造を維持したまま、A、Bに多様なカチオン種が存在できるため、カチオン組成の制御による機能制御が広く検討されてきた。
論文情報
タイトル:Development of Electrochemical Anion Doping Technique for Expansion of Functional Material Exploration
著者:Takuya Katsumata, Hajime Yamamoto, Yuta Kimura, Koji Amezawa, Ryotaro Aso, Soichi Kikkawa, Seiji Yamazoe, Takashi Nakamura*
*責任著者:東北大学多元物質科学研究所 准教授 中村 崇司
掲載誌:Advanced Functional Materials
DOI:10.1002/adfm.202307116
URL:https://doi.org/10.1002/adfm.202307116
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理学研究科 化学専攻 山添 誠司 教授