【研究発表】医薬mRNAの新たな評価方法の開発 ~COVID-19などのウイルス性疾患や遺伝性疾患の予防・治療医薬の品質評価に有効~

お知らせ
1.概要

 東京都立大学大学院 理学研究科化学専攻 田岡万悟 准教授と理化学研究所 環境資源科学研究センター 中山洋 専任研究員の共同研究グループは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの有効成分であるRNA部分を精度良く評価する方法を開発しました。
 mRNAを利用した医薬品は、COVID-19などのウイルス性疾患の予防や遺伝性疾患の治療法として期待されています。mRNA医薬の品質を管理するためには、有効成分である長鎖RNA分子を解析して評価する方法が必要です。この研究では、同位体希釈液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)をベースに、標的医薬に含まれるmRNAと同一の配列を持つ標識標準mRNAと比較することにより、定量的にmRNAの特徴部分を解析する標準的な方法を開発しました。この方法では、化学修飾を含む200〜4300塩基のmRNAの一次構造の確認、配列の欠陥の検出・同定、5'キャッピングの効率やポリ(A)構造の完全性の解析が可能となり、mRNAワクチンやその他のmRNA医薬の定量的な特性評価に有効であることが示されました。

 本研究成果は、2022年12月27日(現地時刻)に、分析化学分野の国際誌である『Analytical Chemistry』のオンライン版に掲載されました。

2.ポイント
  • mRNA医薬の有効成分であるmRNAの評価を容易にする方法を開発しました。
  • 様々な医薬mRNAの評価に実際に適用できることを示しました。
3.研究の背景

 mRNAを用いた予防・治療医薬は、医学の様々な分野を革新する大きな可能性を持っています。この医薬は、あらゆる種類のタンパク質を合成できるため、感染症予防のためのワクチンとしてすでに利用されているほか、がんや代謝性疾患など様々な疾患の治療薬としても開発が進められています。また、この医薬は宿主細胞ゲノムへの組み込みを起こさないという顕著な安全性を持っているため、従来の医薬からの置き換えも期待されています。工業的に見ても、設計や試験製造、スケールアップが容易で市場投入までの時間短縮が可能であるため、多くの製薬会社が開発に取り組んでいます。
 安全なmRNA医薬品を効率的に製造するためには、その有効成分であるmRNAを評価・管理するための分析基盤の開発が必要です。近年、mRNA医薬品の特性評価や品質管理のための方法が報告され始めていますが、未だmRNAを構成する様々な化学修飾ヌクレオシド、キャップ構造、ポリ(A)構造(注1)などの特徴部分の一括分析に対応できていません。このため、商業生産されたワクチンの特定のロットでは断片化されたRNAが多く含まれ、完全な構造を持ったmRNAの量が予想外に少ないことが欧州医薬品庁によって明らかにされています(文献1)。mRNA医薬品の薬効本体であるmRNA分子は特徴部分の変化が薬効に直接影響します。また不完全分子や副生成物は免疫系を過度に刺激するため、医薬品として利用するmRNA分子の品質は高度に保たれている必要があります。こうした状況のなかで、新たな品質評価法の開発が待たれていました。

4.研究の詳細

・医薬 mRNA 配列の完全性の解析

 この研究では、安定同位体で標識した標準mRNAと自然な同位体分布を持つmRNA医薬品のmRNA(医薬mRNA)とを比較することにより、品質を評価する方法を開発しました。まず、標準mRNAについてはウリジン(U)のかわりにN1メチルシュードウリジン(m1Ψ)を、グアノシン(G)のかわりに炭素をすべて13Cで標識したGを用いて合成し、次に医薬mRNAについては標準mRNAと同じ配列でキャップ構造とm1Ψ、自然な同位体分布を持つ炭素原子を含むGを用いて合成しました。この標準mRNAと医薬mRNAを1:1の割合で混合し酵素で断片化して、得られたRNA断片混合物をLC-MSにより分析しました。図1では、テスト用の標準mRNA・医薬mRNA混合物から得られたデータをその全体像が見やすくなるようにバブルチャートで示しています。図中、標準mRNAおよび医薬mRNAのRNA断片のバブルは、キャップとポリ(A)構造の部分を除き、すべて同じサイズの二重バブルとして検出されました。この結果は、医薬mRNA由来の断片が標準mRNA由来の断片と質・量ともに同じであること、特徴部分である修飾ヌクレオシドもきちんと導入されていることを示しています。あらかじめ標準mRNAがRNA有効成分として問題がないことを示しておけば、常に同じ品質の医薬mRNAを合成できるようになります。

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図1 テスト用の標準mRNAと医薬mRNAへの適用。RNA断片のLCでの保持時間、質量電荷比、MSでのシグナル強度をプロットしたバブルチャート。低分子量の青バブルは医薬mRNAを、高分子量の赤バブルは標準mRNAから得られた断片の質量分析シグナルを示す。

 

・キャップとポリ(A)構造の解析

 次に、同じデータから標準mRNAと医薬mRNAのキャップ構造を解析しました。図1では、キャップの周辺構造は、大きさの異なる二重バブルと一重のバブル(図1*)として検出されました。この二重と一重のバブルはそれぞれ、キャップを含まない5'末端構造とキャップを含む5'末端構造に由来します。標準mRNAと医薬mRNAからのキャップを含まない5'構造の質量分析によって得られたシグナル強度を比較すると、キャップ効率は90%であることがわかります(図2A)。同時に取得したデータから、修飾ヌクレオシドだけでなく、ポリ(A)構造も医薬mRNAと標準mRNAの3'末端構造のスペクトルの強度を比較することで容易に評価することができました(図2B)。

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図2 キャップ構造の修飾率もポリ(A)構造の品質の評価。医薬RNAの非キャップ効率は10%なのでキャップ構造の導入率は90%とわかる。また、ポリ(A)構造の品質は標準RNAと遜色ないことが容易に視覚化できる。

 

・この方法の他のmRNAへの適用

 上記の方法を欠損型のmRNAや異なった修飾を持ったmRNAおよび長さの異なったmRNA(200〜4300 塩基長)に適用したところ、問題なく品質評価が可能でした。例えば図3では、分子量140万を超える新型コロナウイルス感染症のワクチンの主成分である長鎖mRNAを合成して分析しており、この方法が実際の医薬mRNAの品質評価に有効であることが示されました。

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図3 新型コロナウイルス感染症のワクチンの有効成分mRNAへの適用。有効成分mRNAをワクチン合成と同じ方法で合成し、この論文で提案した方法を適用して得られたバブルチャート。全く問題なく有効成分mRNAを評価できた。

5.研究の意義と波及効果

 この論文で提案した方法は製薬会社や医薬品製造受託機関の研究所や工場での利用を想定しています。現在、mRNA医薬品は数社の海外企業によって製造されていますが、今後のmRNA医薬品市場の急拡大に伴って、国内でも多くの企業が参入し、mRNA医薬品の製造が行われます。こうした過程で、この方法は研究所での開発の過程や工場での品質管理に利用される可能性があり、その利用によってmRNA医薬品の開発が加速され、より高品質かつ安定した品質のmRNA医薬品が社会に届けられることが期待されます。
 この方法やその構成要素となる技術は基礎から応用研究まで幅広い学術研究に利用できます。例えば、高分離なRNAを含む核酸のクロマトグラフィーの方法や質量分析によって得られたデータの高速な処理法などは、そのまま自然界に存在するRNAの分析とその解釈を研究するエピトランスクリプトーム研究などのRNA基礎生物学の研究に適用することができます。

 

【参考文献】

1.Tinari, S. The EMA Covid-19 Data Leak, and What It Tells Us about MRNA Instability. BMJ 2021, 372, n627, DOI: 10.1136/bmj.n627

【用語解説】

注1)mRNAを構成する修飾ヌクレオシド、キャップ構造、ポリ(A)構造
 mRNA医薬は数千塩基を超える長い一本鎖のRNAを薬効成分として持っている。この鎖には、5'末端のキャップ構造、RNA医薬の特異的配列、3'末端のポリ(A)構造とよばれる共通の構造要素がある(下図)。キャップ構造は効率よくタンパク合成を開始し、かつ、生体が持っている自然免疫系を活性化させない働きを持っている。特異的配列は、合成されるタンパク質のアミノ酸配列をコードし、普通のmRNAがウリジンを含んでいる部分が医薬用のmRNAではすべてN1メチルシュードウリジン (m1Ψ) で置換されている。m1Ψは生体内でRNAに対する自然免疫反応の減衰を引き起こす。ポリ(A)構造はRNAの安定性を高めることで細胞内での残存期間を延長し、タンパク質の合成を向上させることができる。

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【発表論文】

タイトル:“Liquid Chromatography–Mass Spectrometry-Based Qualitative Profiling of mRNA Therapeutic Reagents Using Stable Isotope-Labeled Standards Followed by the Automatic Quantitation Software Ariadne”
著者名 :Hiroshi Nakayama, Yuko Nobe, Masami Koike, and Masato Taoka
雑誌名 :Analytical Chemistry
DOI  :https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.analchem.2c04323

6.問合せ先

<研究に関すること>
東京都立大学大学院 理学研究科 化学専攻 准教授 田岡万悟
TEL:042-677-1111 E-mail:mango@tmu.ac.jp

<大学に関すること>
東京都公立大学法人
東京都立大学管理部 企画広報課 広報係
TEL:042-677-1806 E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp

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理学研究科 化学専攻 田岡万悟 准教授