ポイント
- プラスチックごみ問題(プラごみ問題)の解決に向けて、ポリマー注1)を効率良く原料へ変換する革新的な手法開発が切望されている。
- ポリエステル注1)とアルコールを混合・加熱するだけで、完全に原料へ分解する2種類の高性能触媒(酸化カルシウム触媒とチタン触媒)を開発した。この触媒により、植物油注2)から付加価値の高い化学品の合成も可能となった。
- 入手が容易で安価なポリエステル分解触媒により、ケミカルリサイクル注3)の飛躍的な発展および高性能触媒によるプラごみから付加価値の高い化学品への変換など、関連研究の活性化が期待できる。
JST 戦略的創造研究推進事業(以下、CREST)および国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)(以下、SICORP)において、東京都立大学 大学院理学研究科の野村 琴広 教授らの研究グループは、ポリエステルや植物油から有用化学品を効率良く合成する2種類の高性能触媒を開発しました。特に、ポリエステルとアルコールを混合・加熱するだけで、原料への変換を実現したことは大きな成果と言えます。
プラごみ問題は、早期に解決すべき重要課題ですが、現状はほとんどが燃料として再利用され、原料として再利用(ケミカルリサイクル)される割合はわずかです。カルボン酸とアルコールとの反応による「エステル結合」注1)の繰り返しからなるポリエステルは、ペットボトルや衣料などに利用されています。このエステル結合を完全に切断すれば原料に変換できますが、従来法では高温で過剰な酸・塩基などが必要とされるため、シンプルで安価、環境負荷の低い手法が切望されていました。
本研究グループは、非可食の植物油から、洗剤・化粧品やポリマーの原料など付加価値の高い化学品(ファインケミカルズ)の合成を可能とする触媒開発に取り組み、2種類の高性能触媒(酸化カルシウム触媒とチタン触媒)を見いだしました(SICORPの研究チームによる成果)。さらにこの触媒が同じ化学反応(エステル交換反応)であるポリエステルの分解にも有効で、ほぼ100パーセントの選択率注4)で原料に変換できることを明らかにしました(CRESTの研究チームによる成果)。
酸化カルシウムは入手が容易で安価であり、工業的な使用実績も豊富です。今回の着想のように、植物油のエステル交換の触媒をそのままポリエステル分解触媒に適用した研究例はなく、安価で環境負荷の低いプロセス開発への展開が期待されます。また、触媒性能に優れるチタン触媒は幅広い応用展開が可能で、植物油からポリマー原料や各種精密化学品の合成、プラごみから付加価値の高い化学品への変換(アップサイクル注5))も期待されます。
本研究のうち、酸化カルシウム触媒の研究は、タイ・チュラロンコン大学 石油・石油化学院のBoonyarach・Kitiyanan(ブーンヤラ・キティヤナン)教授と共同で行いました(SICORPで、タイ国家科学技術開発庁(NSTDA)とともに支援している国際共同研究課題のタイ側共同研究者)。
本研究成果は、2022年9月16日午前6時(日本時間)に米国化学会「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」のオンライン版で公開されます。また、ポリマーの分解などの成果は、9月21日に富山大学で開催される第130回触媒討論会で発表予定です。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括:高原 淳 九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授)
研究課題名:「機能集積型バイオベースポリマーの創製・分解・ケミカルリサイクル」
研究代表者:野村 琴広(東京都立大学 大学院理学研究科 教授)
研究期間:令和3年10月~令和9年3月
CREST「分解・劣化・安定化の精密材料科学」領域では、外部刺激により材料を自在に分解する手法を開発するとともに、分解を自在に制御できる材料の開発、それら材料の階層構造制御による高機能化に関する研究、材料における環境に優しい劣化や安定化の制御法の開発を通じて、材料の分解・劣化・安定化の精密制御を達成し、究極の相反する物性である分解性と安定性の自在制御が可能なサステイナブル材料開発のための精密材料科学の確立を目指しています。上記研究課題では、豊富な非可食植物資源からのバイオベースポリエステル・アミドの精密合成と高機能材料の開発、ポリマー分解によるモノマーや機能化学品の合成を可能とする高性能触媒の開発に取り組んでいます。
国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)(SICORP)
サブプログラム名:e-ASIA 共同研究プログラム(材料(ナノテクノロジー))(研究主幹:玉田 薫 九州大学 副学長、先導物質化学研究所 主幹教授)
研究課題名:「触媒的効率炭素-炭素結合形成を基盤とする植物油由来の高分子機能材料の開発」
研究代表者:野村 琴広(東京都立大学 大学院理学研究科 教授)
研究期間:令和2年4月~令和5年3月
e-ASIA 共同研究プログラムは、環太平洋諸国およびASEAN諸国等において、科学技術分野の研究開発力の強化を目指し、研究交流を加速するとともに、アジア諸国が共通して抱える課題の解決に資するべく、多国間の国際共同研究を推進するプログラムです。上記研究課題では、タイやフィリピンのチームと共同で、ASEAN諸国に豊富に存在する非可食の植物資源(植物油)から、高性能触媒によるモノマー合成法の開発や精密重合によるリサイクル可能なバイオベースポリマーの創製に取り組んでいます。
<研究の背景と経緯>
使用済みのプラスチックを原料に戻すケミカルリサイクルは、「プラごみ問題」を解決する重要な技術と認識されていますが、利用されている割合はプラごみ全体のわずか3パーセント程度にすぎません。現状、ペットボトルのケミカルリサイクルのプロセスには高温で多量な酸・塩基や添加剤が必要で、反応後の後処理(目的物の回収や廃水処理など)やポリマー原料以外の化合物の生成・分離にも課題があります。従って、リサイクル原料による品質低下が懸念され、原料費が高く経済的にも不利になるのが実情です。また、使用可能なアルコールがメタノールに限定されるという例も多く見られます。
非可食の植物資源である植物油からファインケミカルズを合成する手法は、化石燃料を使用しない化学品の合成を指向した重要技術で、エステル交換反応はその基幹技術と考えられます。しかし、植物油の主成分であるトリグリセリドの分解(エステル交換反応)による長鎖脂肪酸エステルの合成やファインケミカルズ合成のためのエステル交換反応に関する研究事例は多数あるのに対し、分解で得られた長鎖脂肪酸エステルからファインケミカルズの合成に有効な高性能触媒の研究開発事例は限定されていました。
そこで、本研究グループとタイ・チュラロンコン大学のKitiyanan教授のグループは、植物油の分解触媒を長鎖脂肪酸からのファインケミカルズ合成に適用することをと考えました。さらに同じ反応(エステル交換反応)である脂肪族ポリエステルの分解へも展開できると考え、研究に取り組みました(図1)。
<研究の内容>
ポリエステルとアルコールを混合・加熱するだけで原料へ完全に変換する、酸・塩基の要らない2種類の効率の良い高性能なポリエステル分解触媒の開発(酸化カルシウム触媒とチタン触媒)に成功しました(図2)。植物油に多く含まれる長鎖脂肪酸エステルから、優先的に(高選択率で)ポリエステルの原料を含むファインケミカルズを合成できる高性能触媒です。2種類の触媒とも各種ポリエステルとアルコールの反応が進行する点が特徴ですが、特に植物油のエステル交換反応の触媒探索で見いだしたチタン触媒の活性は、酸化カルシウム触媒の約50~100倍以上で、エステル交換には各種エステル化合物やポリエステル、アルコールの使用が可能であるため、適用範囲が広いと考えられます。
本研究の着想のように、植物油脂の分解触媒をファインケミカルズの合成触媒、さらにはポリエステル分解触媒へ適用した例は今までにありません(すべてエステル結合の交換反応)。
<今後の展開>
酸化カルシウム触媒は入手容易で安価であり、工業的に使用実績が豊富で、ポリエステルをほぼ100パーセントの選択率で原料に変換できます。この着想を基盤に、サーキュラーエコノミー(資源循環型社会)の実現に向けた研究開発の加速が期待されます。
また、元素戦略上有利な高活性チタン触媒は適用範囲が広く、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリカプロラクトン(PCL)などの各種ポリエステルでもその有効性を確認できました。各種アルコールが使用できるため、使用済みのポリマーから原料のみならず高付加価値品への化学変換(アップサイクル)が可能になります。また、植物油から高付加価値品の製法の重要技術として期待されます。
本研究成果は、バイオベースケミカルの合成における重要な手法への展開と使用済みポリマーのケミカルリサイクル・アップサイクルへの展開が期待されます。
<参考図>
図1.本研究の目的と着想。植物油に多く含まれる脂肪酸エステルから付加価値の高い化学品の合成やプラスチック(ポリエステル)を原料に変換(ケミカルリサイクル)する高性能触媒の開発(エステル交換・トランスエステル化反応)。
図2.ポリマーの分解反応(ケミカルリサイクル)の様子。(a)反応前[ポリ(エチレンアジペート)500ミリグラム、エタノール5.0ミリリットル、チタン触媒1.0モルパーセント]、(b)反応後の様子(150度、6時間、ほぼ透明な溶液が得られる※白色物は撹拌子)、(c)反応後に溶媒(エタノール)を留去後の反応液の様子(ポリマー原料のエチレングリコールとアジピン酸ジエチルのみが得られる)。
<用語解説>
注1)ポリマー、ポリエステル、エステル結合
アルコールの水酸基(ROH)とカルボン酸のカルボキシ基(R’COOH)とが脱水することで生成する化学結合(R’COOR)をエステル結合と言い、エステル結合を繰り返し単位とする重合体(ポリマー)をポリエステルと言う。
注2)植物油
植物に含まれる脂質を抽出・精製することで得られる油で、油脂の主要成分は、「グリセリン」という炭素原子が3つのアルコールに「長鎖脂肪酸」と総称される複数の炭素原子の鎖状構造を持つカルボン酸がエステル結合によりつながった構造(トリグリセリド)をとる。グリセリドの分解(アルコールとのエステル交換反応・トランスエステル化)により長鎖(飽和・不飽和)脂肪酸を得る。
注3)ケミカルリサイクル
使用済み資源を化学的に処理し、他の化学物質に転換して再利用するリサイクル手法。ここでは、使用済のプラスチックを製造(合成)前の原料に変換することを意味する。
注4)選択率
反応した基質(原料)に対する目的の化合物の割合。
注5)アップサイクル
捨てられるはずだった廃棄物や不用品を、新しい製品にアップグレードすることをいう。この場合には、使用済みのプラスチックから、原料よりも付加価値の高い化学品へ変換すること。
<論文タイトル>
“CaO Catalyzed Transesterification of Ethyl-10-undecenoate as a Model Reaction for Efficient Conversion of Plant Oils, and their Application to Depolymerization of Aliphatic Polyesters”
(酸化カルシウム触媒による植物油の効率化学変換と脂肪族ポリエステルの分解反応への適用)
DOI:10.1021/acssuschemeng.2c04287
著者: Swetha Sudhakaran, S.M.A. Hakim Siddiki, Boonyarach Kitiyanan, and Kotohiro Nomura
“Transesterification of Methyl-10-Undecenoate and Poly(ethylene adipate) Catalyzed by (Cyclopentadienyl)Titanium Trichlorides as Model Chemical Conversions of Plant Oils and Acid-, Base-Free Chemical Recycling of Aliphatic Polyesters”
(植物油の効率化学変換や酸・塩基フリーの脂肪族ポリエステルの分解反応に高性能を発現する均一系チタン触媒)
DOI:10.1021/acssuschemeng.2c04877
著者: Kotohiro Nomura, Tomoyuki Aoki, Yuriko Ohki, Soichi Kikkawa, Seiji Yamazoe
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
野村 琴広(ノムラ コトヒロ)
東京都立大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授
〒192-0397 東京都八王子市南大沢1-1
Tel/Fax:042-677-2547
E-mail:ktnomura@tmu.ac.jp
<JST事業に関すること>
嶋林 ゆう子(シマバヤシ ユウコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:crest@jst.go.jp
佐藤 正樹(サトウ マサキ)
科学技術振興機構 国際部 事業実施グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-5214-7375 Fax:03-5214-7379
E-mail:easiajrp@jst.go.jp
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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東京都立大学 管理部 企画広報課 広報係
〒192-0397 東京都八王子市南大沢1-1
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E-mail:info@jmj.tmu.ac.jp
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