1.概要
東京都立大学大学院理学研究科の吉田貴大助教と愛媛大学農学部の安藤清志博士(客員研究員)は、トカラ列島の中之島で採集されたゴミムシダマシ科甲虫が新種であることを突き止めました。本新種は非常に変わった形態をしており、頭部の太長く左に湾曲した角や先端に向かって少し右側にねじれたオス交尾器は近縁種には見られない特徴です。本新種はツジヒラタヒメコクヌストモドキPlatycotylus merkli sp. nov.と命名されました。和名の“ツジ”は採集者の辻尚道氏に、学名の“merkli”は今年急逝されたゴミムシダマシ科の分類学の権威Ottó Merkl博士に因んでいます。
また、本新種のねじれたオス交尾器や本新種の含まれるPalorini族の180度半回転したオス交尾器は枯木の樹皮下のような、空間に制約のある生息環境への適応である可能性が示唆されました。珍奇な形態を持つ本新種の発見は、昆虫の多様な形態の謎に迫るための重要な研究対象の発見であると言い換えることができます。
図1.ツジヒラタヒメコクヌストモドキPlatycotylus merkli sp. nov.の全形図
図2.ツジヒラタヒメコクヌストモドキのオス交尾器 ― 全形図(A)と拡大図(B-D) ― 背面図(A, B)、斜め上からの図(C)、腹面図(D) ― Cの先端が形態的に背面にあるべき角度であるが、右側に少しねじれているため、背面図はAのようになる。
2.ポイント
- トカラ列島の中之島から新種のゴミムシダマシ、ツジヒラタヒメコクヌストモドキPlatycotylus merkli sp. nov.を発見・記載
- 近縁種では見られない特徴的な頭部の太長く左に湾曲した角や先端に向かって少し右側にねじれたオス交尾器を確認
- 特殊なオス交尾器形態は、枯木の樹皮下のような空間的制約のある生息環境で通常とは異なる交尾姿勢をするための形態である可能性を示唆
3.研究の背景
甲虫に含まれる大きな一群、ゴミムシダマシ科は世界から約20000種、日本から450種以上が知られており、ミールワームとしてペット業界に流通するコメノゴミムシダマシやチャイロコメノゴミムシダマシなども含まれます。Platycotylus属はPalorini族に含まれるゴミムシダマシで、アフリカ、東南アジア、台湾の分布が知られていましたが、日本から発見されたことはありませんでした。本属は扁平な体型をしており、枯木の樹皮下で生活すると考えられています。
トカラ列島は屋久島と奄美群島の間に位置する列島です。悪石島と小宝島の間には渡瀬線と呼ばれる有名な生物地理学の分布境界線が引かれており、日本の生物相を鑑みるうえで重要な地域となります。九州大学生物資源環境科学府昆虫学教室の博士課程学生である辻尚道氏は、トカラ列島における調査許可を取得した後、2019年7月にトカラ列島の中之島に調査で訪れ、科不明の甲虫を採集しました。辻氏は筆頭著者の吉田に標本を託し、吉田は第二著者の安藤とゴミムシダマシ科の分類学の権威で今年急逝されたハンガリー自然史博物館のOttó Merkl博士と協議した結果、本種が日本から未記録だったPlatycotylus属の新種であることを明らかにしました。
4.研究の詳細
本新種はオス1個体しか発見されていませんが、非常に特徴的な形態をしていることが判りました。まず、頭部には左に湾曲した太長い角を備えています。同属のオスは一対の小さな突起を備えていますが(突起のない種も存在します)、本新種のように長い1本の角を備える種は知られていません。おそらく、本新種のオスの特徴であると考えられます。次に、オス交尾器も特殊な形態をしており、先端に向かって少し右側にねじれた形状をしています。本属他種のオス交尾器はシンプルな構造をしており、このようにねじれた構造をしたオス交尾器は今まで知られていませんでした。また、本属にはオスが知られていない種も存在します。しかし、これらの種についても、触角の形状、前胸背板の点刻の形状、鞘翅の表面構造、複眼の大きさや側頭の形状で区別することができることが判明しました。
以上の検討により、本新種は他種と明らかに区別できる形態を示していることが明らかとなり、本種は新種であると判断されました。そこで、本新種の形態を記載し、ツジヒラタヒメコクヌストモドキPlatycotylus merkli sp. nov.と名付けました。和名の“ツジ”は採集者の辻尚道氏に由来し、学名の“merkli”は研究協力者のOttó Merkl博士の生前の功績と協力への謝意を含め、彼に献名しています。
本新種のオス交尾器の形状は特殊ですが、本新種が含まれるPalorini族のオス交尾器形態もゴミムシダマシ科の中では特殊で、基本的に180度半回転した配置となっています。このような特殊なオス交尾器形態にどのような意義があるのか、あまりよく分かっていません。一方で、オオキノコムシ科のソテツの雄花で生活する特殊なグループでも180度半回転した配置やねじれた形状のオス交尾器を持つことが知られており、これらの形態はソテツの雄花の狭い空間でメスの上に乗らずに交尾(腹部の先端と先端を突き合せた交尾姿勢)するための構造である可能性が指摘されています。同様に、180度半回転したオス交尾器を持つチビヒラタムシ科では、実際にメスに乗らずに腹部の先端と先端を突き合せた交尾をする種が確認されています。以上のことから、本新種やPalorini族でも枯木の樹皮下といった空間的制約のある環境で交尾するために特殊なオス交尾器を進化させた可能性が示唆されました。
5.研究の意義と波及効果
上述の通り、本新種は頭部の太長く折れ曲がった角やねじれたオス交尾器などの特殊な形態を示しており、生物学的に非常に興味深い種です。今後、これらの形態がなぜ進化したのかについて研究を進めることで、昆虫のきわめて多様化した形態の謎について理解を進めることができると期待できます。そのような観点から、本新種の発見はひとつの重要な研究対象の発見であると言い換えることができます。
また、このような特徴的な新種がトカラ列島から発見されたことも特筆すべき点であると考えられます。この研究成果から、トカラ列島にはまだまだ知られざる重要な発見が残っていることが再確認されました。生物地理学的に重要なトカラ列島の自然環境を保全するとともに、精力的な調査研究を継続する必要があると言えるでしょう。
【論文情報】
<タイトル>
Discovery of the genus Platycotylus Olliff, 1883 (Coleoptera, Tenebrionidae) in Japan: Description of a new and remarkable species.
<著者名>
Takahiro Yoshida, Kiyoshi Ando
<雑誌名>
ZooKeys
<HP/DOI>
https://zookeys.pensoft.net/article/75846/
【問合せ先】
(研究に関すること)
東京都立大学大学院 理学研究科 生命科学専攻 助教 吉田 貴大
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