- 複数の植物が同じ送粉者(昆虫や鳥など)を利用する場合、送粉者を介した異種間送粉がもたらす悪影響(繁殖干渉)によって、安定的な共存が困難になることが知られています。
- 本研究によって、自家受粉(同一花内のおしべとめしべで起こる受粉)の進化が、送粉者を共有する植物2種の長期的な共存を可能にすることが明らかになりました。
- 植物に普遍的にみられる自家受粉の進化と多種共存メカニズムを結び付けた世界初の研究です。
岡山大学学術研究院環境生命科学学域(工)の勝原光希助教(当時所属:神戸大学大学院人間発達環境学研究科)、東京都立大学大学院理学研究科の立木佑弥助教、理化学研究所数理創造プログラムの入谷亮介研究員(当時所属:University of California Berkeley, University of Exeter)、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の丑丸敦史教授は、個体ベースモデルを用いたシミュレーションを行い、同じ種の送粉者を共有し競争関係にある植物2種において、個体数の少ない種でより高い自家受粉率が進化することで個体数が増加に転じる進化的救助が発生し、それによって2種の長期的な共存が促進されることを明らかにしました。この研究成果は、令和3年9月17日(金)15:01(日本時間)に、英科学雑誌「Journal of Ecology」に掲載されます。 本結果は、複数の植物種が同所的に開花して共存できる理由にまったく新しい理論を加えると共に、植物で多様な繁殖戦略が進化してきた要因についても新たな視点を与えるものです。陸上生態系の根幹を支える植物の多様性の創出・維持メカニズムを理解することは、生物多様性の源泉の理解のみならず、生態系と調和した持続可能な社会形成を考える上でも不可欠であり、基礎・応用の両面において重要な知見であるといえます。 |
◆研究者からのひとこと 修士課程の学生だった頃、研究していた花たちを野外で見ていて思いついたアイデアを、数理生物学の専門家の力を借りながらじっくりと煮詰めて作り上げたのがこの研究です。現象の全てを理解するには自然界は複雑すぎますが、その一端の理解に自分が貢献できたと思うと、とても感慨深いです。 |
勝原光希 助教 |
■発表内容
<現状>
“よく似た花を持つ植物種は同じ場所で同時には開花できない”とこれまで考えられてきました。植物の多くは、昆虫や鳥などの動物(送粉者)に花から花へと花粉を運んでもらうことで繁殖を行っています。そのため、似た花が同じ場所で、同時に開花すると、送粉者が花を見分けられず、異なる種の花の間で花粉が運ばれてしまうのです。このような異種間送粉による繁殖干渉は互いに種子生産量を低下させあい、やがて一方の植物種が他方の種を駆逐してしまうとされているからです。
一方で近年、筆者らの先行研究を含むいくつかの研究から、よく似た花をつけ、同じ送粉者を共有する植物が、お互いに繁殖干渉による悪影響を及ぼしながらも、野外で同所的に共存していることがわかってきました。筆者らは野外での観察などから、先行自家受粉(1)が繁殖干渉の悪影響を軽減することで、似た花を持つ種の共存が可能になるという仮説を提案してきました(参考:https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2019_05_01_01.html)。しかし一般的に、自家受粉で作られる自殖種子には、送粉者の運んでくる他家受粉で作られる他殖種子よりも発芽率や成長能力が劣るなど、近交弱勢(自殖のコスト)がみられることが知られています。そのため、繁殖干渉を軽減する先行自家受粉を行うことが有利になるかどうかは、「繁殖干渉の悪影響の大きさ、つまり競合種がどれくらい開花しているか」と「近交弱勢による自殖のコストの程度」の両方に依存して決まります。この両方の要因を考慮した上で、[疑問1]送粉者がもたらす繁殖干渉が高い先行自家受粉率の進化を引き起こすのか、[疑問2]またそのような進化が繁殖干渉下で似た花を咲かせる複数種の共存を可能にし得るのか、についてはこれまで明らかになっていませんでした。
<研究成果の内容>
本研究では、送粉者を共有する植物2種を想定し、個体数、先行自家受粉率、近交弱勢の程度が世代ごとに変化するモデルを構築して様々な条件でシミュレーションを行うことで、「先行自家受粉率の進化が繁殖干渉下で植物の共存を促進する」という新しい仮説について検証を行いました。
まず、送粉者の訪花が十分であり、近交弱勢の程度が弱い条件では、2種ともに高い先行自家受粉率は進化せず、強い繁殖干渉によって一方の種が速やかに絶滅してしまうことがわかりました。この結果は、自家受粉の進化について考慮されていない先行研究において、送粉者を共有する植物は共存することができないとされてきたことと整合性があります。
次に、送粉者の訪花が極端に少ない場合には、2種ともに先行自家受粉率が限りなく1に近づく進化が起こり、お互いに相手からの繁殖干渉の影響を受けなくなることで共存が可能になることが明らかになりました。しかし、さらに解析を進めていくと、この共存状態は短期的には維持されうる一方で、長期的には安定して維持されない(2)ことがわかりました。
一方で、送粉者の訪花が中程度であり、近交弱勢の悪影響が集団の自殖率に応じて変化する条件(3)では、2種の長期的に安定な共存が促進されることが明らかになりました。この共存状態は、個体数の多い種で相対的に低い先行自家受粉率が進化する一方で、個体数の少ない種ではより高い先行自家受粉率が進化し個体数が回復する、進化的救助(4)と呼ばれる現象が2種で交互に発生することによって実現していることがわかりました(図1)。
<社会的な意義>
本研究は、これまでの理論では説明することができなかった送粉者を共有する植物の共存機構について、“自家受粉の進化”という新たな視点から説明することに成功しました。古くから群集生態学における中心的な議題であり続けてきた植物の多種共存メカニズムの解明に新たな知見を加えた本結果は、生物多様性の維持・管理を考える上でも重要な知見となることが期待されます。
図1.繁殖干渉下で進化的救助が共存を促進するメカニズムの概要。繁殖干渉の悪影響の大きさは、自種と他種の相対的な個体数(頻度)に依存して決まるため、より個体数の少ない種ではより高い先行自家受粉率が進化し、それによって個体群増殖率が増加し絶滅を回避することができる。「個体数の減少→高い先行自家受粉率の進化→個体数の増加」の進化的救助のサイクルが2種で交互に繰り返されることによって、長期的に安定な共存が可能になる。
■論文情報
論 文 名:The eco-evolutionary dynamics of prior selfing rates promote coexistence without niche partitioning under conditions of reproductive interference
掲 載 紙:Journal of Ecology
著 者:Koki R. Katsuhara, Yuuya Tachiki, Ryosuke Iritani and Atushi Ushimaru
D O I:10.1111/1365-2745.13768
U R L:https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/1365-2745.13768
■研究資金
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費」(17J01902, 20J01271, 16H04845, 17K15197, 20K15876, 19K22457, 19K23768, 16K07517 & 19K06855)、理化学研究所・数理創造プログラムの支援を受けて実施しました。
■補足・用語説明
- 先行自家受粉:一部の植物では、送粉者を伴わずに同じ花の中で能動的におしべとめしべを接触させ送粉を行う仕組みを持っており、これらは自動自家受粉と呼ばれています。自動自家受粉の中でも、花が開く前、つぼみの段階でおしべとめしべが接触し行われるものを先行自家受粉と呼びます。本研究では、「自分の持っている胚珠のうち、何割を先行自家受粉によって受精するか」を先行自家受粉率として扱い、解析を行っています。
- 長期的には安定して維持されない:2種ともに先行自家受粉でのみ繁殖を行う進化が起こり、お互いに繁殖干渉の影響を受けなくなった場合には、2種の競争能力には完全に差がない状態になります。このとき、2種の個体数はランダムウォーク(ただ無作為に、どちらかがたまたま増えたり減ったりする挙動)を示すようになります。この場合、長期的には「個体数の少ない種でたまたま個体数の減少が続く」ことが起こりうることによって、どちらかの種の絶滅が起こります。これは進化的救助が発生する条件では「個体数の少ない種で必ず個体数が増える仕組み」が存在するのとは対照的です。
- 近交弱勢の悪影響が集団の自殖率に応じて変化する条件:近交弱勢の原因は有害潜性遺伝子です。有害潜性遺伝子によって自殖種子が集団内で生き残りにくいことによって、集団内に存在する有害潜性遺伝子の頻度は集団の自殖率の増加と共に減少していきます。このことから「近交弱勢の悪影響は平均的には、集団の自殖率が低いときほど大きく、集団の自殖率が高いときほど小さくなる」ということが知られており、本研究でも同様の仮定をモデルに組み込んでいます。
- 進化的救助:適応進化によって集団の増殖率が増加し絶滅が回避されるプロセスのことをいいます。集団の数の変化と同じ時間スケールで起こる迅速な進化を考慮した上で種の共存や絶滅を扱う枠組みは生態‐進化ダイナミクスと呼ばれ、その重要性への認識が高まっています。