ポイント
- 医師は遠隔診察室でオンライン問診および読影が可能
- クラスター発生施設でのスクリーニングや軽症者療養施設での患者の経過観察にも使用
- 医療従事者の二次感染リスクを低減
概要
国立研究開発法人産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)健康医工学研究部門【研究部門長 達 吉郎】人工臓器研究グループ 三澤 雅樹 主任研究員、医療機器研究グループ 鷲尾 利克 主任研究員、新田 尚隆 主任研究員、省エネルギー研究部門【研究部門長 堀田 照久】熱流体システムグループ 高田 尚樹 上級主任研究員、インダストリアルCPS研究センター【研究センター長 谷川 民生】フィールドロボティクス研究チーム 大山 英明 主任研究員、神村 明哉 研究チーム長らは、公益財団法人筑波メディカルセンター【代表理事 志真 泰夫】(以下「筑波メディカルセンター」という)廣木 昌彦 脳神経内科 専門部長、茨城県立医療大学、北里大学、東京都立大学、駒澤大学、株式会社フォーカスシステムズ、株式会社ピュアロンジャパンと共同で、遠隔診療機能を装備し感染防護対策されたエックス線診療車(ICXCU:Infection-Controlled X-ray Care Unit)を開発した。
エックス線診療車は、胸部エックス線撮影装置を搭載した車両に、感染防護のための換気機能、オンライン診療できる医療情報伝送システム、初期診療に必要な医療機器を搭載している。これによって、新型コロナウイルス感染症陽性患者のメディカルチェックを病院外で行うことができるため、一般患者との接触を防ぎ、検査室での陰性患者との同席を回避できるので、必要な検査を迅速に行えるようになる。なお、この技術の詳細は、2021年10月13~15日に横浜市で開催される第40回日本医用画像工学会大会で発表される予定である。
下線は【用語の説明】参照
開発の社会的背景
新型コロナウイルス感染の拡大が続くなか、医療従事者の二次感染防止と保健所負担軽減は急務である。新規感染者の増加に伴い、保健所や医療に携わる方々にはストレスが蓄積し、救急医療体制の混乱も招いている。国内感染者数は77万人を超え(2021年6月15日現在)、重症者も増えている。また、クラスター発生施設の診断や軽症者の健康管理では自治体が指揮をとり、感染症指定病院と協力して診療に当たっているが、医師や看護師の感染は医療提供体制に大きな影響を及ぼす。現在、特に大きな負荷がかかっている保健所の業務支援や地域医療の負担軽減策が望まれている。
胸部エックス線撮影は、多数の肺炎を疑う患者に対するスクリーニングや患者の経過観察に極めて有効である。一方、エックス線CT撮影は、より精密ではあるが、被ばく線量が高く、検査に時間を要するため、胸部エックス線撮影に基づき、医師が必要と判断した場合に実施される。茨城県では、新型コロナウイルス感染症陽性患者のメディカルチェックにおいて、胸部エックス線撮影が強く推奨されている。しかし、陽性患者が触れた医療機器の消毒には手間がかかり、病院内で撮影すると二次感染のリスクが高まる。現状では、胸部エックス線撮影装置を病院外に持ち出し、屋外の陰圧テント内で撮影を行っている。しかし、据え置き型のテントは、外気温や天候の影響を受けやすく、悪天候や照明が不十分な夜間時には診察できないという問題がある。また、一旦設置した陰圧テントおよび使用する医療機器は、移動や持ち出しが容易ではないため、クラスター発生施設に直ちに設置できないという問題もある。そこで、本開発では、移動車両にメディカルチェック用の診断機器とオンライン診療設備を装備することで、病院以外でも新型コロナウイルス感染症陽性患者の初期診断を可能にした。
研究の経緯
産総研と筑波メディカルセンターは、高齢化に伴って寝たきりとなる要因の第1位に挙げられる脳卒中対策として、地方自治体や日本脳卒中学会に頭部エックス線CTドクターカーの導入を提案するとともに、頭部エックス線CTドクターカーの車両設計を検討してきた。今回、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、頭部エックス線CTから肺炎スクリーニングに必要な胸部エックス線撮影装置に替える案に至った。その運用については、保健所や茨城県と協議を続けながらエックス線診療車開発を進めた。
なお、本開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「令和2年度ウイルス等感染症対策技術開発事業(実証・改良研究支援)委託事業(課題: 遠隔診療機能を装備し感染防護対策されたエックス線診療車の開発)」による支援を受けて行った。
研究の内容
【エックス線診療車の特徴】
病院外で新型コロナウイルス感染症陽性患者のメディカルチェックを行うため、オンライン診療設備と感染防護診療室を備えたエックス線診療車(ICXCU)を開発した(図1)。車内を区画分離し、前方から外気を取り込み、清潔エリアから診察エリアへの一方向の気流を発生させ、後部診察室の天井から排気する換気システムを構築した。加えて、低濃度オゾン発生器やUV照射による空気の清浄化、および診察室の抗菌フィルムコーティングにより二次感染を防止する仕組みとした(図2)。さらに、車内気流の数値シミュレーションを行い、設計どおりの気流が発生し、所定の換気状態が実現できていることを、気流計測および流れの可視化で検証した(図3)。
【エックス線診療車の利用方法】
車内には、オンライン診療を監視するオペレーターと、エックス線撮影を行う診療放射線技師が待機している。患者は後部入り口から搭乗し、血圧測定後、中央部のエックス線撮影室で胸部エックス線撮影を行い、車両後部の診察エリアで診断結果を聞く。車内前方の清潔エリアには、インターネットに接続された医療情報伝送用のオンライン診療システムがあり、 医療関係者間コミュニケーションアプリを介して、病院内の診察室にいる専門医に胸部エックス線画像を転送する。オンライン診察画像やエックス線画像を遅延なく送受信できるシステムを構築したことで、予診から問診、診断報告までの全体情報を医療チームが共有できるため、感染リスク低減とともに、迅速かつミスの少ない診断が期待される。
エックス線診療車には、胸部エックス線撮影装置のほか、自動血圧計、エコー装置、バイタルモニター、心電計、電子聴診器等が搭載されているため、必要に応じて、基礎疾患をもつ患者への初期介入も可能である(図4)。
現行の陰圧テントでのメディカルチェックに比べて、会話が外に漏れないなどプライバシーを確保でき、空調管理され、悪天候や照明が不十分な夜間の制約を受けない点も特徴である。
【クラスター施設、宿泊療養施設での利用】
もう一つの使い方として、移動診療車としての特徴を生かし、保健所等の要請に応じ、クラスター発生施設や宿泊療養施設へ赴き、メディカルチェックを現地で行い、最適療養先の決定にも利用できる。自治体内運用体制構築のため、茨城県の新型コロナウイルス対策担当課、地域保健所、市医師会、健診協会等と意見交換し、今後に向けて、地域全体での活用方法を検討している。さらには、新型コロナウイルス感染症対策のみならず、災害時の救護拠点支援としての利用なども期待できる。
図2 上から見た車内の空気の流れ
清潔エリアの給気ファンとエアコンから外気を取り込み、送風機によって車両後部の診察エリアに送風し、
エックス線撮影室の排気ファンに設置されたHEPAフィルタで除菌され外部に排気される。
今後の予定
本開発のエックス線診療車による実証試験は、令和3年度茨城県DXイノベーション推進プロジェクト事業に採択され、茨城県の支援を受けて、本年度中に筑波メディカルセンター病院に配備、陰圧テントと併用して、メディカルチェックを行う予定である。比較的軽症の患者はエックス線診療車に搭乗し、搭乗できない患者は従来の陰圧テントでメディカルチェックを受ける。また、年度後半には、自治体や保健所の要請に基づき、クラスター発生施設や宿泊療養施設に出向いてのスクリーニングや経過観察を想定した運用デモ、医療過疎地域での遠隔診療デモ、地震や水害などで医療機関が被害を受けた場合の一時的な救護施設支援としての機能検証を予定している。
【取材に関する窓口】
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 広報部 報道室
〒305-8560 茨城県つくば市梅園1-1-1 中央第1
つくば本部・情報技術共同研究棟
TEL:029-862-6216 FAX:029-862-6212
E-mail:hodo-ml●aist.go.jp(●を@に置き換えてください。)
用語の説明
◆遠隔診療
距離を隔てた医師と患者が、インターネットなどの情報通信機器を利用して行う、健康増進、医療、介護に資する行為。
◆エックス線診療車
エックス線一般撮影装置、血圧計、パルスオキシメーター、非接触体温計を装備して、新型コロナウイルス感染症陽性患者のメディカルチェックおよび初期診療を実施でき、感染防護対策が施され、医療情報伝送機能を装備した移動診療車。
◆医療情報伝送システム
胸部エックス線画像やエコー画像を伝送する医療画像伝送系およびオンライン診療で患者と医師がリアルタイムに対話できるビデオ画像伝送系から成る。医師が、診察室で医療画像を参照し、ビデオ画像伝送系で診断結果を患者に伝えることができる。また、医療クルーがタブレット端末により診断状況を共有できるメリットもある。
◆新型コロナウイルス感染症陽性患者のメディカルチェック
PCR検査で陽性確定後の療養先を決める初期診断。自治体ごとに取り組みは異なるが、茨城県では胸部エックス線一般撮影(レントゲン撮影)、血圧、酸素飽和度、体温測定の4項目が推奨されている。