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【研究発表】3密避けられぬスズメバチ 女王の多回交尾は病気を防ぐ進化の結果か

 岐阜大学応用生物科学部の佐賀達矢特別協力研究員(岐阜県立多治見高等学校教諭を兼務)、土田浩治教授、奥野正樹特別協力研究員(当時)、東京大学大学院総合文化研究科の嶋田正和特任教授、大林夏湖特任研究員、東京都立大学理学部生命科学科の岡田泰和准教授、Georgia Southern 大学のKevin J. Loope助教らの国際研究グループは、クロスズメバチ属の女王蜂が複数のオスと交尾することで、巣内個体の遺伝的多様性を増加させ、病気による巣の崩壊を防いでいることを裏付ける知見を得ました。スズメバチ科の女王が複数のオスと交尾すること(多回交尾)には多くのコスト[注1]が考えられ、なぜ女王の多回交尾が進化したのかは40年以上前からの謎でした。今回得られた結果から、スズメバチ科では初めて女王の多回交尾が巣内の病気との関係で進化したことが示唆されました。
 本研究成果は、日本時間2020年7月16日(木)に行動生態学のトップジャーナルの一つである英国の学術誌Behavioral Ecology誌のオンライン版で発表されます。本研究は、クロスズメバチ属の蜂の子を食べる食文化がある岐阜県中津川市や愛知県豊田市の蜂愛好家の方々の協力を得て実施されました。

発表のポイント
◆どのような成果を出したのか

ハチやアリの巣では、遺伝的に似た個体が3密(密集、密閉、近密)の状況で生活しており、一度病原菌が巣に侵入すると巣の個体が全滅する危険性があります。シダクロスズメバチの女王は多回交尾することで、異なる父親由来の個体で巣を構成し、巣レベルで様々な病原体への抵抗性を獲得し、病気によって巣の崩壊を防ぐことを裏付ける知見を得ました。

◆新規性(何が新しいのか)

女王が多回交尾するシダクロスズメバチでは、異なる父親の働き蜂では病原菌への抵抗性が異なり、また、病原菌の株系統によって働き蜂への病毒性が異なることをスズメバチ科で初めて明らかにしました。

◆社会的意義/将来の展望
ハチやアリは集団生活を送ることによって、多数の個体での協力や分業、情報交換などの強みをもつ反面、遺伝的に均質な個体が3密な状態で生活することにもなり、感染症の蔓延に対して弱くなります。シダクロスズメバチが巣内個体の遺伝子型に多様性をもたせることによって、感染症の蔓延を回避しているという今回の知見は、野生生物の病気への対抗進化を考える上で重要な知見と考えられます。
中部日本の里山ではクロスズメバチ属の蜂の子を食べる昔からの文化があり、今回の研究では蜂愛好家の協力を得ることによって、スズメバチ科では世界初の現象が発見されました。伝統的な地域文化が科学研究を促進した好例だと考えられます。

概要

 ハチやアリなどの社会性昆虫では一夫一妻の祖先種からミツバチやアリ、スズメバチなどのグループが進化してきました。また、各グループに進化した後で、それぞれ独自に女王の多回交尾が進化したことが分かっています。スズメバチ科の女王の多回交尾は、性感染症やエネルギーの損失、被食リスクの増大などのコストがある一方で、その利益はよく分かっておらず、多回交尾の進化背景は未解明でした。女王の多回交尾の利益仮説の一つとして、異なる父親由来の個体ごとに病原菌への抵抗性が異なれば、女王が多回交尾して様々な父親由来の個体で巣を構成することにより、ある病原菌が巣に侵入した際にも、巣内個体への蔓延が防げ、全滅を免れるという仮説が提唱されていました。
 本研究では、働き蜂の父親によって病原菌への抵抗性が異なるか、また、病原菌の株系統によって働き蜂への病毒性が異なるかを調べるために、シダクロスズメバチの父親の異なる働き蜂に病原菌を塗布して個別飼育し、生存日数を調べました。その結果、父親によって働き蜂の病原菌への抵抗性に差があり、また、病原菌の株系統によって働き蜂への病毒性が異なることが明らかになりました。この結果から、シダクロスズメバチの女王の多回交尾は、巣レベルでの病原菌への抵抗性を獲得できる利益によって進化したと考えられました。

背景

 ハチやアリなどの社会性昆虫では一夫一妻の祖先種からミツバチやアリ、スズメバチなどのグループが進化した後で、それぞれ独自に女王の多回交尾が進化したことが分かっています。つまり、社会性昆虫は、巣レベルで見たときには遺伝的に単純な社会から複雑な社会へと進化してきました。スズメバチ科では女王の多回交尾には様々なコストが知られる一方で、その利益仮説はいくつもあるものの、よく調べられていませんでした。ハチやアリは血縁個体が群れて生活しており(図1)、多数の個体の協力や分業といった強みをもつ反面、巣内は3密状態でもあるため、病気への脆弱性が指摘されている昆虫です。女王の多回交尾の利益仮説の一つとして、異なる父親由来の個体ごとに病原菌への抵抗性が異なれば、女王が多回交尾して様々な父親由来の個体で巣を構成することにより、ある病原菌が巣に侵入した際に巣内個体への蔓延が防げ、全滅を免れるという仮説(Parasite-Pathogen Hypothesis: PPH)が約30年前に提唱されています。
 2000年以降に女王が多回交尾するミツバチとヒメハキリアリでPPHが実証されましたが、この2種は女王の交尾回数が10回以上の”超多回交尾”種と言われる種です。上記2種とは独立に女王の多回交尾が進化し、交尾回数が5回程度に収まっているスズメバチ科のハチでは、PPHによって女王の多回交尾の進化が説明できるかどうかは分かっていませんでした。そこで本研究では、病原菌も多く生息する土中に巣を作るクロスズメバチ属のシダクロスズメバチを材料に研究を行いました。

研究の経緯

 佐賀達矢特別研究員が、シダクロスズメバチを野外で飼育している途中で崩壊した巣からカビ(糸状菌)が生えた女王を発見し、カビはハチの死因になることが観察されました。また、愛知県豊田市で開催された蜂祭り[注2]において女王蜂の幼虫の死体を5個体採集でき、そこから今回の実験に用いた糸状菌(Beauveria bassiana)を運良く入手できました。別の国際研究チームでは、ウイルスを用いてスズメバチ科でのPPHの検証が行いましたが、それを裏付けるデータは得られませんでした。本研究で、世界に先駆けて私たちがPPHを支持する結果が得られたのは、東海地域でクロスズメバチを飼育する文化があったことも一つの要素だと考えられます。

研究の成果

 本研究では、父親の異なる働き蜂に病原菌を塗布して人工条件下で約800個体を個別飼育し、生存日数を調べました(図2, 3)。菌塗布実験に用いた個体は、実験後にDNAを抽出し、核DNAのマイクロサテライト[注3]9領域をPCRで増幅し、父系解析を行って父親を特定しました。その結果、父親によって働き蜂の病原菌塗布後の生存時間に差があり(図4)、また、病原菌の株系統によって働き蜂への病毒性が異なることをスズメバチ科で初めて明らかにしました。以上の結果から、女王の多回交尾は巣内の遺伝的多様性を増加させ、様々な病原菌に対して巣レベルでは多様な抵抗性を獲得する利益があり、それにより進化したと考えられました。

今後の展開

 シダクロスズメバチの女王の多回交尾は、ミツバチやヒメハキリアリと同じように病気との関わりによって進化したことが示唆されました。一方で、シダクロスズメバチの女王の交尾回数は3回程度と、ミツバチやヒメハキリアリの女王の10回以上の交尾回数とは大きく異なります。交尾回数は増えれば増えるほどそのコストが大きくなる反面、巣内個体の遺伝的多様性を増やす効果は漸減していきます。今後は、女王の交尾回数がどのように決まっているのかについてコストの面や、生活史の面から研究を進めていきます。
 スズメバチ科の中には女王が一匹のオスとしか交尾をしない種も存在します。その種の巣は、遺伝的に均一な個体ばかりで構成されることが考えられますが、どのような病原菌への対抗策を進化させているのでしょうか。集めてくる巣材や餌によっても病気に対する抵抗性に差が生じる可能性が考えられ、それを検証したいと考えています。
 家畜や農作物では、より多くの収量を得たり、成熟時期や品質を均一に揃えるために遺伝的に均一な個体を飼育、栽培しています。また、そのような遺伝的に均一な種を高密度で飼育、栽培することも多く、遺伝的に似通った生物が3密な状態にあり、疫病が爆発的に流行することがあります(鳥インフルエンザや、クローンのジャガイモ飢饉)。今回の研究からは、野生生物の遺伝的多様性と病原菌の進化を考える上で重要な知見が得られたと考えられます。

図1: 幼虫と蛹、成虫が3密で生活するシダクロスズメバチの巣盤(外被は取ってある)。 図2: 糸状菌の塗布実験で死亡した働き蜂。死亡後に糸状菌が虫体を覆う。
図1: 幼虫と蛹、成虫が3密で生活するシダクロスズメバチの巣盤(外被は取ってある)。 図2: 糸状菌の塗布実験で死亡した働き蜂。死亡後に糸状菌が虫体を覆う。
図3: 個別飼育の様子。糸状菌を塗布した個体は温度一定の恒温室で個別飼育した。 図4: 菌塗布実験の結果(一部)。色の違いは父親の違いを示す。父親が異なると同じ菌株系統の糸状菌を塗布した場合でも生存率が異なった。
図3: 個別飼育の様子。糸状菌を塗布した個体は温度一定の恒温室で個別飼育した。 図4: 菌塗布実験の結果(一部)。色の違いは父親の違いを示す。父親が異なると同じ菌株系統の糸状菌を塗布した場合でも生存率が異なった。

◆ 論文情報

雑誌名:Behavioral Ecology
タイトル:Polyandry and paternity affect disease resistance in eusocial wasps
著者:Tatsuya Saga, Masaki Okuno, Kevin J. Loope, Koji Tsuchida, Kako Ohbayashi, Masakazu Shimada, Yasukazu Okada
DOI番号:10.1093/beheco/araa062
論文公開URL:https://doi.org/10.1093/beheco/araa062 外部リンク

◆ 研究支援

本研究は、武田科学振興財団、藤原ナチュラルヒストリー振興財団、長野県科学振興会、下中記念財団、タカラハーモニストファンド、ニッセイ財団環境問題研究助成及び有限会社Come on Upの夢応援企画の支援を受けて行われました。

◆ 補足説明

注1)女王の多回交尾のコスト…性感染症やエネルギーの損失、鳥などの捕食者からの被食リスクの増大。
注2)蜂祭り…中部地方の山間部で秋に行われる蜂愛好家の方々が育てた蜂の巣の大きさを競い合ったり、飼育技術を紹介し合うお祭り。
注3)マイクロサテライト…DNA配列中に存在する、数塩基の反復単位が数個〜数十個繰り返した反復配列。個体間での変異が大きいので、親子鑑定にも用いられる。

報道発表資料 (1.22MB)Adobe PDF

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