【研究成果発表】泡沫の崩壊を解明 ~泡沫の安定化とその応用に期待~

報道発表


 液体の中に気泡を入れ続けると、液体と気泡が混合した泡沫が形成されます。この泡沫はフォームとも呼ばれ、食料品や化粧品、洗剤、断熱材といった日常的によく見かけることができる状態です。泡沫は断熱性といった気体の性質と拡散という液体的な性質をあわせ持ち、幅広い分野に応用されている産業的に重要な技術です。しかし、泡沫は安定的な状態ではなく、時間がたつにつれ崩壊し、なくなります。そのため、どのように、どうして泡沫が壊れるのかという理論的な解明は重要な課題です。
 首都大学東京大学院理学研究科の栗田玲准教授らの研究グループは、高速度カメラを用いて、泡沫が崩壊する挙動を観察し、泡沫の崩壊には伝搬と貫通の2種類の崩壊過程があることを初めて発見しました。その崩壊過程で重要となる膜の崩壊速度の解析を行い、理論的に解明しました。
 このような崩壊過程の解明は、崩壊を防ぐために重要であり、泡沫の安定化に深く関わっています。泡沫が安定化されることで、酸化防止や断熱といった産業的な応用から、消火剤などの災害関連分野まで広い範囲にわたって応用されることが期待されます。一方で、泡沫が意図せずに形成され、薬品や可燃性液体の吹きこぼれによる災害という泡沫形成がデメリットになる場合もあります。この研究結果は、泡沫が崩壊しやすく形成されにくくすることにもつながります。このような泡沫の制御による産業への貢献が期待されます。

ポイント
(1)泡沫の崩壊には2種類の過程があることを初めてみつけました。
(2)泡沫の崩壊速度を理論的に解明しました。
(3)食料品、化粧品、洗剤、断熱材、消火剤への応用や動物の生態解明など広範な展開が期待されます。

■本研究成果は、3月26日付けでNature Publishing Groupが発行する英文誌Scientific Reportsに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤B No. 17H02945)の支援を受けて行われました。

研究の背景

 液体中に気泡が高密度につまった泡沫は、食料品、化粧品、洗剤といった日常に見られるほかに、乾燥を防ぐ、形状を保つといった泡沫の性質を利用している動物も存在します。このように有用性が高いにも関わらず、泡沫が関わる現象は未解明なことが多くあります。たとえば、泡沫の性質は液体量によって変わりますが、泡沫の状態が明確に区別できるのかわかっていません(注1)。他にも、液体量が少ない泡沫において、一気に崩壊(協同的崩壊)することが起こるのは知られていますが、その協同的崩壊が起こる仕組み(メカニズム)は解明されていません。特に、この協同的崩壊過程は、泡沫の安定性にかかわるため、そのメカニズムの解明は以前から望まれていました。しかしながら、泡沫が崩壊する瞬間は約10 μs(マイクロ秒)と非常に短時間で実験が難しいために、そのメカニズムは未解明なままでした。
 今回、泡沫が崩壊していく過程を、高速度カメラを用いて直接観察し、協同的な崩壊過程のメカニズムの解明を目指しました。

研究の詳細

 首都大学東京理学研究科物理学専攻の柳沢直也(大学院生)、栗田玲准教授らの研究グループは、界面活性剤溶液(注2)にポンプから気泡を打ち込み、泡沫を作成しました。その泡沫を平行板で挟み込み、一番外側の気泡を針で割り、誘起された協同的崩壊を高速度カメラを用いて観察しました。外側の気泡が崩壊した後、内部に崩壊が伝搬していく様子が観察できました。図1(a)は内部に伝搬していく様子を表しています。破れた液膜が内部に吸い込まれていくときに、その勢いによって隣り合う液膜が破れる伝搬モード(図1(a))と、破れた液膜が液滴となって内部に飛び出し離れた液膜を破る貫通モード(図1(b))の2種類があることがわかりました。
 液体の量を変えて実験を行ったところ、崩壊する気泡の数は液体量が増えるにつれて貫通モードが急激に少なくなることがわかりました。これらの結果から貫通モードが協同的崩壊において重要であることが示唆されます。また,液膜の粘性を大きくしても崩壊する数は変わらないことがわかりました(図2)。
 さらに、貫通モードを引き起こす重要なパラメータである液膜が吸い込まれる速度Vを液体分率を変えて調べました。速度Vは液体分率の増加とともに遅くなることがわかりました(図3(a))。また、泡沫において、浸透圧(注3)は重要なパラメータであり、速度と浸透圧の関係を調べると図3(b)のように比例関係にあることがわかりました。ナビエ・ストークス方程式(注4)を用いて理論的に導くことができました。これらの結果から速度Vに関して物質による変化は小さいことがわかります。
 以上のことから、泡沫を安定化させるためには、これまで粘性をあげるなどの可能性が考えられてきましたが、崩壊の数や液膜速度Vは液膜の粘性は関係しないことがわかりました。安定化させるためには、数種類の界面活性剤を混ぜて、液膜をたわみやすくし、貫通しにくくさせるなどの工夫が必要であることが明らかになりました。

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図1(a) t = 0 s〜1.33 msの間の泡沫の協同的崩壊過程の様子
図1(b)泡沫の崩壊過程の模式図
 赤丸の部分で伝搬モードが起こっている。一方、液滴が飛び出し遠くの膜を貫通する(青矢印)。

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図2 崩壊数と液体分率の関係
 液体分率(濃度φ)が高くなると、崩壊数(N)が少なくなる。記号(□、○、△、◇)の違いは異なる粘性での実験結果。粘性が大きくなっても崩壊数は変わらない。

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図3(a)破れた液膜速度の濃度依存性
図3(b)破れた液膜速度と浸透圧Πの関係
 ○と□は異なる粘性の結果。破れた液膜の速度は、液体の粘性の違いに依存せず液体の濃度(φ)が高くなると遅くなり(a)、浸透圧(Π)が高くなると速くなる(b)ことがわかる。

研究の意義と波及効果

 今回の研究では、泡沫の協同的崩壊過程には伝搬モードと貫通モードの2種類があり、貫通モードが重要であることを明らかにしました。また、貫通モードを引き起こす液膜の速度は液体分率の増加とともに小さくなり、これは泡沫の浸透圧が小さくなるためであることがわかりました。液膜の速度と浸透圧の関係を理論的に説明することに成功し、このことから液膜の速度は理論予想が可能となりました。以上から、泡沫の安定性は液膜の貫通しにくさに強く依存していることが示唆されました。
 泡沫は、食料品や化粧品、洗剤、断熱材といった日常的によく見かけることができる状態です。また、泡沫は断熱性といった気体の性質と拡散という液体的な性質をあわせ持ち、産業的にも重要です。本研究成果により、泡沫の安定性に対する理解が発展することが期待され、産業応用が期待できるものと考えています。

【用語解説】
注1)泡沫の状態
経験的に液体分率が小さいときをドライフォーム、液体分率が多い時をウェットフォームと呼びます。

注2)界面活性剤
親水基と疎水基の両方をもった分子からなる物質の総称です。水と油などの界面張力を下げることで、通常混ざり難いものを混ぜ合わせる効果があります。せっけん・洗剤や食品(マヨネーズやアイスクリーム)などをはじめとして、身近な様々なところで使われています。

注3)浸透圧
泡沫に水を触れさせると、水は泡沫に吸い込まれます。この水が吸い込まれる圧力のことを指します。

注4)ナビエ・ストークス方程式
力によって流体の速度がどう変化するかを記述する方程式。流体(連続体)に対する運動方程式になります。

【発表論文】

“In-situ observation of collective bubble collapse dynamics in a quasi-two-dimensional foam”

Naoya Yanagisawa and Rei Kurita
Scientific Reports 9, 5152(2019)
DOI: 10.1038/s41598-019-41486-6

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