今回用いたイオン液体は、水への溶解が極めて遅いことが知られています。イオン液体は、疎水的なイオンを含んでいるため、水にエタノールを混合することで溶解過程が劇的に早くなると予想して実験を行いました。水・エタノール混合比を変化させたところ、溶解過程が早くなるだけではなく、2成分溶媒系特有の溶解過程を見出しました。溶けるか溶けないかの臨界点近傍において、界面付近での濃度揺らぎにより、自発的に穴が開く現象が今回の実験によって初めて確認できました。
このような自発的に変化する物質をアクティブマターとよび、ナノマシンやドラックデリバリーへの応用が期待されています。今回発見された現象は新しいタイプのアクティブマターであり、非平衡現象の学術的発展だけでなく、産業的な応用も期待されます。
■ 本研究成果は、5月10日付(英国時間)でRoyal Society of Chemistryが発行する英文誌Soft Matterに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤B No. 17H02945、挑戦的萌芽 No. 16K13865、若手B No. 17K14356)の支援を受けて行われました。
研究の背景
エタノールが水に溶けるような液体が液体溶媒に溶ける過程は、臨界点(注2)を境に変化します。臨界点より上では拡散的に溶け、下では界面付近で局所的に飽和状態になるため、界面を残したまま徐々に溶けます。このような溶解過程は、1成分の溶媒ではよく調べられていました。溶媒が2成分になると、臨界点は温度だけでなく、溶媒の成分比によって決まります。温度と異なり、溶媒の成分比は空間依存性があり、また、溶質との親和性が関わってくるため、2成分溶媒における溶解過程は複雑であることが予想されます。この2成分溶媒における溶解過程を調べた実験例は少なく、実験の行いやすいイオン液体を用いて、実験的研究を行いました。
研究の詳細
首都大学東京理学研究科物理学専攻の及川典子助教(当時。現:大阪府立大学准教授)、深川啓太(当時大学院生)、栗田玲准教授らの研究グループは、水・エタノール2成分溶媒にイオン液体を注入し、2成分溶媒への溶解過程を調べました。水・エタノールの混合比を変化させ溶解過程を調べたところ、1成分系のような界面を残したまま溶ける過程、拡散的に溶ける過程以外に、その2つの溶解過程の境目において、自発的に穴を開けながら(Active hole generation)溶解する過程を見つけました(図1)。
図1
(a) 臨界点のエタノール濃度と温度依存性:横点線は実験温度、DMIは界面を伴う溶解過程、DDは拡散的に溶解する過程を表している。DMIとDDの間にアクティブホール(AH)が生成される特異な溶解過程が存在する。
(b) アクティブホールが生成されるときの溶解過程のスナップショット:白い部分がイオン液体。穴が自発的に生じ、それが生成消滅したり、移動したりしながら、溶解していく。
このアクティブホールの生成はこれまで報告されたことのない溶解過程であるため、その挙動を詳しく調べました。図2はアクティブホール生成後のイオン液体の液滴の挙動です。穴が生成消滅したり、移動することで、全体の液滴も移動している様子がわかります。穴の生成は界面エネルギーを増加させるため、常識に反する挙動です。そこで、生成過程を詳しく調べると、界面が時間とともに凸凹になっていくことがわかりました。これは一種の界面の不安定現象(注3)として考えられます。界面付近は、局所的に飽和状態になっていますが、2成分溶媒の成分比の揺らぎによって、その飽和状態が壊れ、イオン液体が溶けやすくなります。さらに、溶けたイオン液体の親和性によって、2成分溶媒の成分比の揺らぎをより大きくするため、どんどんと界面状態が変化していきます。界面張力が不均一になるため、界面が凸凹になり、最終的に穴が空いたと考えられます。
図2
エタノール濃度が31%のときのイオン液体の溶解挙動:10秒おきのスナップショット。穴が生成し、移動している様子がわかる。
研究の意義と波及効果
今回の研究では、2成分溶媒系特有の溶解過程を発見したこと、さらには、界面における不安定現象が起こっていることを見出しました。また、アクティブホールは新しいタイプのアクティブマターと考えることができます。この研究は溶解過程という身近に溢れる現象の理解につながり、非平衡現象の理解を進めるという学術的に大きな役割を果たすと期待しています。溶解過程は身近である一方で、産業においてもよく使われる現象であり、アクティブマターはドラッグデリバリーやナノマシンといった応用が期待されています。そのため、この研究は産業においても大きな発展が期待できるものと考えています。
【用語解説】注1)イオン液体
常温で液体状態である塩のこと。「塩」は、通常、食塩のように固体であるが、イオン液体は常温で液体状態であり、分子構造が水になじみやすい部分(親水基)と油になじみやすい部分(親油基・疎水基)を持つ界面活性剤のような性質を持っていることが多い。
注2)臨界点
溶解するか共存するかを決める状態の上限値のこと。臨界点以上では、どの濃度でも混ざり合う。
注3)不安定現象
揺らぎなどの少しの揺動で状態が連続的に変化していく現象。軽い液体の上に重い液体をのせた時に、わずかな外乱が加えられると瞬く間に2つの液体が入り乱れるレイリーテイラー不安定性など多くの不安定現象が存在する。
【発表論文】
“Active hole generation in a liquid droplet dissolving into a binary solvent”,
Noriko Oikawa, Keita Fukagawa, Rei Kurita
Soft Matter(2018)、DOI: 10.1039/c8sm00357b
http://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2018/sm/c8sm00357b/unauth#!divAbstract
問合せ先
首都大学東京 大学院理学研究科 准教授 栗田 玲
TEL:042-677-2505(内線3333) E-mail:kurita@tmu.ac.jp
大阪府立大学 大学院工学研究科 准教授 及川 典子
TEL:072-252-6168 E-mail:oikawa@pe.osakafu-u.ac.jp