【ポイント】
●従来の研究では、ナノチューブの電子構造がいろいろと混ざっていたり、ナノチューブの向きが不規則であったり、フェルミレベルの調整がなされていない薄膜に対してしか物性が明らかにされていなかった。
●本研究では、一方向に配向した単層カーボンナノチューブの大面積薄膜に高密度にキャリア注入制御を実現し、単層カーボンナノチューブの軸の垂直方向に新たな光吸収が生じることを発見した。
●単層カーボンナノチューブの量子カスケードレーザーの実現や、配向制御ナノチューブ薄膜の熱電物性の解明による高性能なフレキシブル熱電変換素子の開発につながる。
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JST 戦略的創造研究推進事業において、首都大学東京の柳和宏教授らは、一方向に配向した単層カーボンナノチューブ(以下、「ナノチューブ」)の大面積薄膜に高密度にキャリア注1)(電子・正孔)を注入制御し、これまで発見されていなかったナノチューブ軸に垂直方向の巨大な光吸収現象を見いだすことに成功しました。
ナノチューブは筒状の一次元物質で、その構造の一次元性を反映した様々な面白い物性が理論的に予想されています。従来は、ナノチューブを一方向に並べたり、電子密度を精密に制御したりすることが困難であり、一次元的な性質を大面積の薄膜で発見することはできていませんでした。
本研究グループは、一方向に配向したナノチューブの薄膜を作製し、高密度のキャリア注入制御注2)に成功しました。その結果、ナノチューブの軸に垂直方向の偏光に応答する巨大な光吸収があることを世界で初めて確認しました。
この光吸収では、1ナノメートル(nm)程度というナノチューブのサイズに極限レベルで閉じ込められた多くのキャリアが同時に光と応答(プラズモン吸収注3))しており、ナノチューブを用いた量子カスケードレーザー注4)の実現にもつながります。また、この薄膜作製やキャリア注入制御技術の発展は、高性能なフレキシブル熱電変換素子の実現にもつながるものです。
本研究は、ライス大学の河野淳一郎教授と共同で行ったものです。
本研究成果は、2018年3月16日(英国時間)に科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 研究領域:「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」(研究総括:丸山茂夫(東京大学教授)) 研究課題名:「フレキシブルマテリアルのナノ界面熱動態の解明と制御」 研究代表者:柳 和宏(首都大学東京 理工学研究科 教授) 研究期間:平成29年11月~平成35年3月 |
研究の背景と経緯
現在、200度以下の中低温領域の熱は、環境中に大量に放出されていますが、そのほとんどが全く活用されていません。資源の乏しい日本では、この中低温領域の排熱を有効利用できる技術の開発はとても重要な課題であり、様々なものがインターネットにつながるIoTを実現するためにも、環境から効率良くエネルギーを取り出すことが可能な電源の開発が強く求められています。たとえば、我々の身体をはじめ、様々な形状の熱源から電力を取り出せる、柔軟で伸縮性を備えた高性能なフレキシブル熱電変換素子の開発は重要課題の1つです。
ナノチューブは、フレキシブル熱電変換素子の候補となり得る材料ですが、その熱電変換特性を理解するためには、①単一電子構造のナノチューブに対して、②そのフェルミレベル注5)(電子密度)を制御し、かつ③配列状況が制御された薄膜の熱電特性を明らかにしていく必要があります。従来の研究では、ナノチューブの電子構造がいろいろと混ざっていたり、ナノチューブの向きが不規則であったり、フェルミレベルの調整がなされていない薄膜に対してしか物性が明らかにされていませんでした。高性能で精密なデバイスを視野に入れるためには、ナノチューブを一方向に配列した均一な薄膜を作製し、フェルミレベルを自在に制御する技術を確立する必要がありました。
研究の内容
首都大学東京の柳教授らは、キャリア注入によって極めて高純度に電子構造の揃ったナノチューブを得る手法や、そのフェルミレベルを自在に制御する手法を持っています。一方、ライス大学の河野教授らはナノチューブを一方向に配向させた大面積薄膜を作製する技術を持っていました。本研究では、河野教授らが作製した一方向に配向した大面積ナノチューブ薄膜に対して、柳教授らが高密度にキャリア注入制御を行う研究を進めました。
配向が制御されているかどうか、またキャリア注入が出来ているかどうかは、光吸収スペクトルの偏光依存性から確認できます。一般的にナノチューブは、軸に平行の偏光方向を持つ光を吸収し、軸に垂直方向の偏光を持つ光を吸収しません。また、キャリア密度が増えると光吸収が無くなります。作製した大面積のナノチューブ薄膜に偏光を当てながら電圧をかける実験により、ナノチューブが一方向に配向していることとキャリア注入量が制御されていることが確認できました。
さらに、電圧を増していくと、ナノチューブの軸に垂直方向に非常に大きな光吸収が起こることを世界で初めて発見しました。このような現象は、金属型のナノチューブや半導体型のナノチューブといった特定の電子構造を有するナノチューブを一方向に配列させた薄膜でも確認できました。
ナノチューブの軸に垂直方向の偏光に応答する大きな光吸収が見られた背景は、半導体量子井戸注6)において見られるサブバンド間のプラズモン吸収と同様のものとして解釈できます。通常の半導体量子井戸におけるサブバンド間のプラズモン吸収は、約1~10ミリエレクトロンボルト(meV)ほどの遠赤外光・中赤外光領域であるのに対し、今回、ナノチューブで確認されたのは1エレクトロンボルト(eV)ほどの近赤外光領域という従来の1000倍にも相当する大きなエネルギー領域です。これは、1nm程度というナノチューブとしては量子閉じ込めの極限状態にあるプラズモン吸収を見いだしたことを意味します。
今後の展開
半導体量子井戸におけるこのサブバンド間の光遷移現象は、量子カスケードレーザーという遠赤外・中赤外領域のレーザー光源に応用されています。よって、ナノチューブにおいてサブバンド間のプラズモン吸収が可能であるということは、将来的にナノチューブを用いた量子カスケードレーザーへの応用の可能性を示唆するものです。また、一方向に配列したナノチューブの大面積薄膜を作製し、そのキャリア注入制御を精密に行う技術も確立しました。今後、配向ナノチューブ薄膜の熱電特性を解き明かしていき、高性能なフレキシブル熱電変換素子の実現を目指していきます。
【参考図】
(上図)大面積のナノチューブ配列薄膜の写真。
(下図)ナノチューブ軸に対する偏光方向とキャリア注入状態の違いによる光吸収特性。
ゲート電極の電圧がゼロ(VG=0.0ボルト(V))の時と、高密度に電子注入を行った時(VG=4.3V)のナノチューブ軸に平行方向の光吸収スペクトル(左下図・青線)と軸に垂直方向の光吸収スペクトル(右下図・赤線)。S11,S22,M11は、それぞれ半導体型ナノチューブの第一、第二吸収帯、および金属型ナノチューブの第一吸収帯を示している。ISBP(Intersubband Plsasmon)はサブバンド間のプラズモン吸収帯である。通常の状態(VG=0.0V)では、軸に平行方向の吸収が大きいが、高密度に電子を蓄積した状態(VG=4.3V)では、軸に垂直方向の吸収(右下図・赤線)が1eV程度のエネルギーに大きなピークを作っていることが分かる。
用語解説
注1)キャリア
固体において電荷を運ぶ担体をキャリアとよび、負の電荷の担体は電子であり、正の電荷の担体を正孔とよぶ。
注2)キャリア注入制御
イオン液体という陽イオンと負イオンを持つ溶液にナノチューブ配列薄膜を浸して、電界をかけることで、ナノチューブ表面に電気二重層という微小なコンデンサを形成させ、電界の正・負や大きさを制御することで、ナノチューブに蓄積させる電荷の正負や量を制御する。
注3)プラズモン吸収
例えば、ステンドグラスの色など、金属ナノ粒子はその大きさに依存して様々な光を吸収することが知られている。金属などの自由電子キャリアが光と応答し、その光を吸収することをプラズモン吸収という。ナノチューブにおいてその吸収がユニークなのは、その自由電子キャリアが、1nmという微小極限の空間に閉じ込められた状況でのプラズモン吸収であることである。
注4)量子カスケードレーザー
レーザーポインタなどにも応用される通常の固体レーザーにおいて、レーザー光を出すためには電子(負の電荷)およびホール(正の電荷を持つ電子)の両方を必要とするが、量子カスケードレーザーでは、例えば、電子側に生じる飛び飛びのエネルギー準位を利用する共鳴トンネル現象という現象を用いるため、電子だけでレーザー発振が可能なレーザーである。
注5)フェルミレベル
固体物質が有している電子密度の量を示す指標。
注6)半導体量子井戸
半導体材料を積層していくことで、面内の二次元方向には自由にキャリアが動くが、積層していった方向には、井戸のようにキャリアの動きが制限されている状態。
論文タイトル
タイトル:“Intersubband Plasmons in the Quantum Limit in Gated and Aligned Carbon Nanotubes”
(量子極限におけるゲート印加配列制御ナノチューブにおけるサブバンド間プラズモン)