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東京都立大学の「学び」を体験! ― 藤江 裕道

Profile
藤江 裕道 教授
  【教員紹介】

システムデザイン学部 機械システム工学科

キーワード
バイオメカニクス, 再生医療, 生体工学

ロボットシステムで膝の動きを解明、新たな治療法確立へ

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膝の自由な動きと安定性を両立させる靭帯

ヒトの膝(ひざ)関節は、いろいろな動きができるようになっている分、構造としては、非常に不安定です。そうした不安定な膝関節を安定させ、歩いたり走ったりできるようにしているのが、靭帯(じんたい)や腱(けん)、半月板などの組織です。靭帯のひとつである前十字靱帯(ACL)は、膝が前方へ異常に移動するのを防止したり、膝を伸ばすときに下腿(かたい)を外向きに回したりする働きをしています。

確立されていない前十字靱帯の最適な治療法

膝のスムーズな動きには欠かせない前十字靱帯ですが、スポーツや事故などによって損傷しやすい組織でもあり、野球選手やサッカー選手など、アスリートの多くは、前十字靱帯を損傷した経験を持っています。そうした傷つけやすい組織でありながら、前十字靱帯の力学的な特性はまだよくわかっておらず、最適な治療方法も確立されていません。よりよい治療方法を確立するためには、前十字靭帯の力学的な特性についての詳しいデータが必要になりますが、そのためには、膝関節の複雑な動きを正確に再現する必要があります。

ロボットシステムで膝の実際の動きを再現

膝関節の動きを再現する上で役に立つのが、工学的なアプローチです。膝関節の動きを調べるためのロボットシステムもバイオメカニクス(生体力学)を用いて開発されました。これは、ヒトの膝関節が動くときに各組織に加わる力の変化を解析する装置で、これを使うことにより、実際に歩いたり走ったりするときの骨や筋肉の動きに加え、靱帯を構成する細かい線維が具体的にどのように機能するかも理解できます。また、この装置を使って手術のシミュレーションをすることもでき、測定したデータを元に手術方法の改善を図ることもできます。
 工学というと、機械や電気などの分野の学問と思われがちですが、近年は、医学や生物学の分野でもバイオエンジニアリング(生体工学)、バイオメカニクスといった工学の研究が進んでいるのです。

組織培養時に、運動をさせると細胞の形や機能が変化する!

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再生医療に用いられる工学的アプローチ

工学というと、機械や電気の分野だと思われがちですが、近年は、バイオエンジニアリング(生体工学)、バイオメカニクス(生体力学)など、医学や生物学と工学を融合させた研究も盛んに行われています。再生医療の中心である幹細胞の研究でも、バイオメカニクスが採り入れられています。

培養皿の形状が細胞の強度を増す

ヒトの膝(ひざ)の滑膜(かつまく)から採取した幹細胞から滑膜由来幹細胞自己生成組織(scSAT)を作製する研究でも、バイオメカニクスが使われています。scSATは生体内に採り入れた時に、拒否反応を起こしにくいという特徴から、膝の腱(けん)や靭帯(じんたい)、軟骨などに利用する再生医療用材料として期待されていますが、実用化のためには、強度の向上が課題です。scSATの強度を高める方法として、培養皿の形を変える方法があります。表面にマイクロミリメートルという単位の溝を付けた培養皿でscSATを培養すると、細胞の組織が溝に沿った方向に向き、溝方向への引っ張り強度が向上するという結果が出ています。

運動すれば細胞も強くなる

 さらに、培養環境の中でscSATを引っ張ったり戻したりする力を加えることを1日、1~2時間程度繰り返すと、組織の強度に関わるコラーゲン線維量が増大し、強度が向上することもわかっています。一般的には、細胞の形や機能は持って生まれたものなので、外的な因子には影響されないと考えられがちですが、培養皿の構造や外からの力といった力学的因子で影響を与えることができるのです。「運動すれば筋肉がつく」ということを私たちは、経験的に知っていますが、細胞レベルでも、「力学的作用が身体を変える」ということが言えるのです。
 このscSATを使った再生医療の研究は、動物実験の段階まで進んでいます。将来、この技術が実用化されれば、怪我の治療だけでなく、高齢者に多い変形性関節症の治療にも役立てることが期待されています。

高校生・受験生の皆さんへのメッセージ

 工学というと、機械産業についての学問というイメージが強いことから、進路の選択肢に入れていないという人も多いかもしれません。しかし、近年、工学は、機械産業だけでなく、医学分野への貢献も大きくなっています。しかも、医学の根幹を変えるような革新的な貢献も少なくありません。また、医学分野で得られた知識をもって機械工学の新しい道を開くことも考えられます。このように新しい可能性を秘めた工学に、より多くの人が関心を持ってくれることを期待しています。

夢ナビ編集部監修