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東京都立大学の「学び」を体験! ― 園田 みどり

Profile
園田 みどり 教授
  【教員紹介】

人文社会学部 人文学科
ドイツ語圏文化論教室

キーワード
言語, 文学, 文化

「文学」は、時代を超えて心を揺さぶるもの

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「コミュニケーション言語」と「文学の言葉」

芸術にもなりうる文学や文化に関わる人間の営みは、すべて「言語」からはじまります。私たちが日常生活で使っている言葉は、意思を伝え合うためのコミュニケーション言語であって、互いに理解し合うことが一番の目的です。しかし文学の言葉は、コミュニケーション言語とは異なり、わかりづらいというところにポイントがあります。なぜなら、わかりづらいと人間はそこで立ち止まって考えるからです。

最小の文学「ヴィッツ」

ドイツの文学の最小単位の一つに「ヴィッツ」というものがあります。これは小説よりも短い文章で、なおかつ時代を超えて読めるジョークのようなものです。その一例を紹介しましょう。
「ミンナ、このクモの巣はどこから来たんだい?」「きっとクモからですよ、奥さま」
これは奥さまと、ミンナという家政婦とのやりとりです。奥さまは家政婦に、ちゃんとそうじしないからクモの巣が張っているのだと指摘し、家政婦の怠慢をとがめようとしています。家政婦の「すみません」という返事を期待しているのです。しかし家政婦は無意味な答えを返すことで、奥さまが本当に聞きたかった回答を回避し、その非難をかわしています。これは現在の漫才やお笑いにも通じる、文学的な効果です。

文学は時代を超える

文学は時代の産物だという側面もありますが、このように人間に関わる文化の一形態として、普遍的な人間を追究するという側面もあります。優れた文学作品というのは時を超えて、人間そのものの性質を伝え、コンピュータ時代の私たちの心をも揺さぶるような力があるのです。ドイツ文学研究者の小岸昭は著作『マラーノの系譜』の序文で、「文学は、ある意味では勝利者の手によってつくられてゆく歴史への反逆である」と書いています。
ドイツ語は歴史も物語も同じ「Geschichte」という単語を使って表しますが、一つしかない歴史に対して、歴史では語られないいくつもの物語があるということがいえるでしょう。

支配関係をもくつがえす「文学」の力

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庶民が手に入れた、読み書きする力

宗教改革を行ったルターが聖書をドイツ語に翻訳するまで、聖書はギリシア語やラテン語で書かれていました。つまり僧侶や貴族にしかわからない書き言葉です。それをルターは初めて庶民の言葉であるドイツ語に翻訳しました。これによって庶民は読み書きを始めるようになり、それと並行して小説の源流となる散文が流行しました。こうして識字率が上がった地方の農民たちは、迷信やデマによって惑わされることなく自主的に考える態度を身につけるようになったのです。

ヘーベルの作品『びんた』に込められた風刺

そのようにして書かれた短い散文に、ヨハン・ペーター・ヘーベルという作家が書いた『びんた』と題された一編があります。小さな男の子が母親に泣きつきました。「お父さんがぼくをひっぱたいたよ」。すると父親が来て言いました。「またうそをついてやがる。もう一発くらいたいのか」。
これはたった2、3行の作品ですが、その中に大きなどんでん返しがあります。子どもが父親にたたかれ母親に泣きつくのですが、父親は「“もう”一発くらいたいのか」という余計なひと言によって、否定しようと思っていた自分の罪を暴露してしまうのです。この時代、農村という狭い生活圏の中ではこういった暴力が日常的に行われていました。おそらく父親は日頃から暴力をふるっていたから、無意識に自分の罪を認めてしまうような重大発言がポロリと出てしまったのでしょう。父と子という絶対的な支配関係に対して疑義を呈し、ひっくり返して転覆させてみせる、これは一種の社会風刺なのです。

文学は直接には語らない

人間は昔から、やりきれないことに対して暴力をふるうのではなく、言葉によって自分たちに対する圧力を跳ねのけてきたという歴史があります。へーベルの作品には、むやみに暴力をふるってはいけないという直接的な言葉は全く使われていません。直接語るのではなく、そこはかとなくそう思わせる、それが「文学」の力なのです。

高校生・受験生の皆さんへのメッセージ

18世紀の哲学者カントは『啓蒙とは何か』という著作の中で、「自分の頭で考えることができない未熟な状態を脱しなさい」と呼びかけています。これは今のあなたには、「インターネット上の怪しげな情報などに惑わされず、書物や新聞から得られた知識をもとに、時間をかけて考え批判する勇気を持ちなさい」という教えになるでしょう。スマートフォンを、時々は文庫本に持ちかえてみましょう。
人間にはさまざまな生き方があって、可能性は無限にあるのだと気づかせてくれます。そして何よりも、生き続ける勇気を与えてくれるでしょう。


夢ナビ編集部監修