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健康福祉学部 看護学科
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これからの看護に必要となる、「医療人類学」と「異文化理解」
求められる「医療人類学」
自分と異なる文化の人たちに触れ、文化や社会というものが人の「生」にどのように関係しているのかを研究する「文化人類学」という学問があります。その文化人類学をベースに、病気や医療に関連した事柄を文化的側面、社会的側面から見て研究するのが、「医療人類学」という分野です。1970年代以降に、北米から日本に入ってきた比較的新しい学問領域ですが、今後、医療や看護の分野では、医療人類学の考え方がより求められるようになるでしょう。
医療や死生観の違い
近代的な科学技術が浸透していない地域では、病気に対して民間・伝統医療、妖術や呪術(じゅじゅつ)のようなものを用いることがあります。人々がどのように「病気」や「病い」と折り合いをつけながら生きているのか? それはどういう信仰や文化に基づくものなのか?を調べるのも、医療人類学のテーマとなります。人間の病いや死の概念は文化によってさまざまです。
例えばスリランカでは、入院時の在院日数の平均が約4日です。日本の一般病棟での平均在院日数が約16日ですから、大幅に短いことがわかります。つまり入院してすぐ退院/転院するか、あるいは亡くなる最期のときだけを病院で過ごし、多くの人が自宅で亡くなっているのかもしれません。延命治療の概念も日本とは異なり、日本のような手厚い延命はほとんどありません。これは、どちらがいい悪いということではありません。死生観を考えることは、人にとって「何が幸せか」を考えることでもあるのです。
看護は何をめざすのか
「何が幸せか」を考えることは、看護や医療とはどうあるべきかという問いにもつながっています。それを考えるにはグローバルな視点が大切で、多様性のある看護のとらえ方が必要です。文化の多様性、そして人間の多様性に触れることで、自国や自分の中での医療への取り組みを改めて見直すことができます。看護の中で「人間とは何か」「健康とは何か」を問い直すことにもなります。異文化理解は、看護の根本である他者理解にもつながるものなのです。
スリランカの認知症高齢者はなぜ地域で暮らすことができるのか?
スリランカの高齢者事情
2004年のスマトラ島沖地震で、スリランカは津波で大きな被害を受けました。津波によって心的被害を受けたことが、将来的に認知症の発症に影響を及ぼすのではないかということで、2006年からスリランカで調査が行われました。
調査でわかったことは、「被災した高齢者が心的外傷を負っていること」「調査した時点で日本と同じくらいの割合で認知症の疑いのある人がいる」ということでした。しかし、この結果は統計学的な数値です。数字で表された集団の「傾向」と、実際の住民の「暮らし」は大きくかけ離れています。それは、この調査中に、現地で認知症と思われる人とほとんど出会わなかったからです。
日本と異なる生活のあり方
では、スリランカの認知症高齢者は、地域でどのように暮らしているのでしょうか? 認知症の人を見かけないというだけで、「いない」と断言することはできません。スリランカは信仰心があつく、高齢者を敬ったり、みんなでケアすることが当たり前だと考えます。老人ホームのような施設はありますが、入所するのはごく一部の人で、地域の中で高齢者が孤立せず、暮らしていける何らかの仕組みがあるのかもしれません。こうした暮らしが認知症の発生を抑えたり、あるいは認知症になったとしても不安なく生活していけることにつながっているとも考えられます。
文化と医療の違いを探る「医療人類学」
こうした環境と病気の関連性については、今後の詳しい研究を待つ必要がありますが、そこで得た知見が、将来的に日本の医療や看護を見直すきっかけになりえます。ただ、スリランカのやり方をそのまま日本に当てはめることはできません。スリランカと日本では、生活様式も家族形態も違っているからです。
しかし、その差異を踏まえたうえで、日本の高齢者医療に役立つことがあるはずです。そのためには、スリランカと日本の文化の違い、そして医療に関する考え方の違いをきちんと把握することが必要になります。そういったことを探究していくのが、「医療人類学」という学問です。
高校生・受験生の皆さんへのメッセージ
高校生から「どんな勉強をしたらいいですか」と聞かれることがあります。私は2つの力を養うことをお勧めしています。1つめは「問いを立てる力」です。問いを立てるとは、時代に流されずあたり前を疑うということです。そしてもう1つは「生き抜く力」です。自分が困ったとき、誰に聞けばわかるのか?という社会性を身につけることです。時間がかかってもよいので、自分が「なんだろう?」と思ったことについては、とことん追求、探究してください。これは大学生として学ぶ姿勢であり、看護の基本である「人間理解」にもつながります。
夢ナビ編集部監修