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健康福祉学部 放射線学科
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がんの放射線治療の最前線に立つ「医学物理士」とは
なぜ日本では、がんの放射線治療が進まないのか?
日本人の原因別死因の第1位は、がんです。がん治療の3本柱は、「外科療法(手術)」「薬物療法(抗がん剤など)」「放射線療法」とされています。欧米では放射線療法を受けている患者さんは50~70%にのぼりますが、日本では25%前後にとどまっています。
欧米に比べ、日本で放射線療法が進まない原因には、外科治療の偏重(切らないと治らないという思い込み)、放射線は体に悪いという間違った認識、そして「放射線腫瘍(しゅよう)医」や「医学物理士」などの専門家の不足が挙げられます。放射線腫瘍医や医学物理士の人材不足は深刻で、米国ではそれぞれ4000人が活躍していますが、日本では放射線腫瘍医は1000人弱、医学物理士も800人程度です。
医学物理士は、治療を最適に行うための専門家
医学物理士は、放射線療法が適切に行われるように、医療の現場において放射線物理の専門家として関わる医療職です。治療計画を立てるのは放射線腫瘍医ですが、医学物理士は、医師が処方した放射線治療を実行に移すための計画作成や、装置の精度管理を行います。がんの位置や形、大きさを把握し、放射線の照射方法を調整することで放射線治療の効果を高めていきます。実際に患者さんへの照射を行うのは、診療放射線技師です。
治療の高度化で、医学物理士の存在が不可欠に
これまでは、診療放射線技師が、こうした業務をしていました。しかし治療機器の技術革新による高度化、高い精度でがんと正常細胞を見分けて照射をすることが必要なこと、線量検証の複雑化などで、医学物理士という専門職の存在が不可欠になってきたのです。実際に欧米では、医師と対等な立場で患者さんの治療にあたっています。
今後は、日本でも欧米並みに高度な放射線治療が行われていくと予想されます。それにともなって、がんの放射線治療の最前線に立つ医学物理士の育成が求められているのです。
数学や物理を駆使して、「医学」に貢献する方法がある!
放射線治療で、患部の位置を正確にとらえる
放射線によるがん治療では、患部に放射線を照射することで、がんの縮小や消滅をめざします。患部に放射線を当てる際には画像を見ながら位置を合わせ、ずれのないよう狙いを定めて照射する必要があります。エックス線検査で使われる放射線は10万ボルト程度ですが、がん治療で使われるものは600万ボルトにのぼります。がん治療で使う放射線は強いので、治療時に体のどこに当てているのかがわかりにくくなってしまいます。
腫瘍を見ながら照射するため、画像をシャープに
今までの画像では照射する腫瘍(しゅよう)の位置は、ボヤッとしか見えないので、骨の位置を目安にしていました。また体内に金属のマーカーを挿入して位置決めをすることもありますが、最近の放射線治療は通院して行うスタイルに変わりつつあり、体の中にマーカーを入れたままにするのは無理があります。そのため、治療を行うたびに、画像を見ながら照射位置を特定する必要があります。
そこで現在、研究が進められているのが、治療前や治療中にターゲットを正確にとらえるための画質の向上です。数式や確率などの数学を駆使して画像化プログラムを改善し、腫瘍をはっきりと視認しながら照射できるプログラムの開発が続けられています。
画像の処理速度アップで、患者さんの苦痛を少なく
また画質向上と同じくらい重要なのが、処理スピードの高速化です。従来は、患部がはっきりと見えるレベルまで画像を処理するのに30分ほどかかっていました。しかし現在は、わずか7~8秒で処理は終了します。おかげで患者さんは、30分間も体位を保ったまま耐える必要がなくなりました。これは従来の乱数を用いて数万回の計算を繰り返して統計的に答えを出すモンテカルロ・シミュレーションという手法から、超並列計算などを駆使する手法に変えることで可能になりました。このように、数学や物理学を駆使して新しい技術を開発することでも、医学への貢献はできるのです。
高校生・受験生の皆さんへのメッセージ
実は私は、高校時代、数学がとても苦手で、テストでもよい点数をとったことがありませんでした。しかし現在はその数学を使った研究をしています。計算が苦手だったからこそ「自分でやらなくてもいいように、プログラムに計算させよう!」と考えたのです。
苦手なことこそ芽が出ることがあるのかもしれません。高校時代には苦手なものや何の役に立つかわからないことにもチャレンジしてほしいと思います。大学に入るとその必要性がわかります。特に、放射線物理学の分野では高校の数学の考え方は必須です。苦手でも、努力を続けてください。
夢ナビ編集部監修